見つめるだけの恋なんて

第10話

騒がしい教室のなか、ぴんと背筋を伸ばして本を読む君の横顔を見つめる。


真っ直ぐ伸びた黒髪。

ページを繰るそのしなやかな指。

長い睫毛が頬に落とす影。


君とほんの少しでも会話がしたくて。話題がほしくて。

俺は昨夜も君が読んでいた本を読んだのに。


……やっぱり今日も、少しの一歩が踏み出せない。



君と同じクラスになって、君に恋をして。

俺は一体何冊の本を読んだことだろう。

いつの間にか現代文の偏差値だけ随分上がってしまった。



ふ、と。

彼女が本から目を離した。

頬杖をついて窓の外をぼんやり見つめている。

どこか憂いを帯びた儚げなその表情に、心臓が締め付けられる。ああ、胸が、苦しい。



「あ、の。神崎さん」



見つめるだけの恋なんて。


──そんなの、嫌だ。



「え?」



彼女の綺麗な瞳に、俺が映る。


髪の毛は整っているだろうか。

目の下にクマはできていないだろうか。


そんな女々しいことを考えてしまう。



「この間、神崎さん『消えた流星群』って本、読んでたじゃない?」

「あ、うん」

「神崎さんが読んでておもしろそうだなーって、タイトルが気になって、俺もその本読んでみたんだ」



嘘だ。

タイトルが何であろうと俺は、神崎さんに話しかけたくて、神崎さんが知った本の世界を知りたくて、神崎さんが読む本を読みたくなるんだ。


だけどそんな気持ち悪いこと、言えるわけないから。

そんな恋心を悟られるなんて、俺の精神がもつわけないから。


嘘をつく。

嘘をついてまで、君に近付きたいと思った。


こんな俺を、君はどう思うだろうか。



「本当?」



そう、心の底から嬉しそうに頬を緩めるものだから。

はじめて俺に、俺だけに向けられた笑顔だから。


嘘をついたことへの少しの罪悪感と。

どうしようもない程の歓喜が俺の中を巡る。


はじめて話しかけることができた。

はじめて君の笑顔が俺に向けられた。



「嬉しいなぁ。同じ本を読んだ人が身近にいるなんて」



本当は君以上に嬉しくて君以上に頬が緩みそうなのに、精一杯それを抑えて、小さく微笑むだけにとどめてとく。



見つめるだけの恋なんて、そんなの嫌だ。

一歩踏み出さなきゃ、前にも後ろにも進めない。

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