緋色の姫と白の騎士〜la princesse écarlate et le chevalier blanc〜

入江 涼子

第1話

 ある所に、フレンヌという国があった。


 この国自体はまずまず、領土も広くて豊かに栄えている。当代の国王は名をラインハルトと言って齢は五十三歳だ。彼には正妃たる王妃との間に、三人の王子や二人の王女をもうけていた。

 この内、四番目で長女の第一王女であるエカルラーテ姫は適齢期を迎えている。齢は十七歳。ラインハルト王は近頃、姫の縁談に頭を悩ませていた。やはり、国内の有力な貴族の子息に嫁がせるか。または異国の王族に嫁がせるか。国内には適当な相手はいるにはいる。

 が、異国となると姫が馴染めるかが心配だ。彼女には平穏無事にいてほしくはある。政治的に判断すれば、王女はあくまで異国との取引の手駒として扱った方が良いのだろう。

 ラインハルト王は穏やかだが、悪く言えば、優柔不断な面があった。彼は悩みに悩んだが。

 なかなか、答えが出せずにいた。


 そんなこんなで、新年も過ぎ、季節は春真っ盛りの四月になっていた。ラインハルト王は未だに、王女の縁談に頭を悩ませている。傍らにいる宰相や腹心の部下に胸中を吐露した。


「……なあ、宰相に騎士団長。私はエカルラーテの相手を誰にすればいいのか、考えあぐねている。そなたらはどう思うだろう?」


「ふむ、姫様のお相手ですか。私めなら、ブロンシュ公爵家の嫡男を推しますな」


「俺なら、隣国の王子殿下を推します。この方は王太子、姫様のお相手としても遜色がないかと」


「私、余は隣国の王太子はちょっと気に食わなくてな。まだ、ブロンシュ公爵の嫡男の方が良い」


「そうですか、ならば。ブロンシュ公爵に打診をしてみてはいかがでしょう?」


 ブロンシュ公爵の嫡男をやけに推す宰相に王はううむと唸る。騎士団長の意見も一理あるが。けど、隣国の王太子は見かけこそ美男だが、性格は腹黒く残忍な男だ。あんな奴に可愛い娘をくれてやるわけにはいかない。何だかんだ言ってもラインハルト王はエカルラーテ王女を溺愛していた。


「……仕方ない、余からブロンシュ公に打診をしてみる。宰相、騎士団長。手紙を書こうと思う」


「ええ、そうなさるのがよろしいかと。ブロンシュ公爵の嫡男はリカルド殿ですが、姫様とも昔からお互いによく知る仲ですから」


「まあ、そうだな。リカルドなら、安心だ」


 そう言いながらもラインハルト王はため息をつく。寂しげに表情を曇らせるのだった。


 所変わって、こちらはエカルラーテ王女の私室だ。応接室にある一人掛けのソファーに炎のような赤銅色の髪に淡いコーラルの瞳の目も覚めるような美少女が座っていた。


「エカルラーテ様、今日も陛下は悩んでおられましたよ」


「そう、父上が。相変わらずと言うか」


「まあまあ、それだけあなたが心配なのですよ」


 苦笑しながら、引っ詰めた黒髪に濃い藍色の瞳のオールドミスの女性が宥める。赤銅色の髪、コーラルの瞳の美少女がエカルラーテその人だ。オールドミスの女性は王女の専属メイドで名をシンシアと言う。


「……シンシア、私はさっさと嫁ぎたいのよ。父上には早めに選んでいただきたいわね」


「エカルラーテ様、滅多な事はおっしゃいますな」


 シンシアは真顔で注意をする。エカルラーテは見かけこそ、キツそうと思われがちだが。元来は穏やかで温厚な性格をしていた。

 見かけのせいで縁談相手が決まらずにいるのには気づいていた。仕方なく、彼女はシンシアが淹れたお茶をゆっくりと飲む。ため息をかみ殺したのだった。


 翌日、エカルラーテの私室にラインハルト王の侍従が言伝ことづてをしに来た。シンシアが応対する。


「……姫様に陛下から言伝です、「今から、執務室に来るように」との事ですので。早急にいらしてください」


「分かりました、姫様にはすぐにお伝えします」


「お願いします」


 シンシアは応接室にて待っていたエカルラーテに急ぎ伝えた。二人して頷き合う。


「成程、とうとう父上も腹を決めたわね」


「そうみたいですね」


「今で良かったわ、行きましょう!」


 エカルラーテは立ち上がると侍従が待つドアに向かう。シンシアも付き従った。三人で王の執務室に行ったのだった。

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