ココロノアリカ

江ノ島 上総

Prolog

0.───────

 薄らと。

 ゆっくりと目蓋を開き瞳を動かす。

 覚醒した意識を身体へと配ってゆく。脳から肩を通り、神経を伝って指先へ続く。

 同様に、内蔵を通り、それを足先へと伝わってゆく。

 どうやら私は"産まれた"らしい。


 暗い。

 水中、それも、薄ら黄緑に着色されている液体の中にいるからか視界がハッキリとしない。

 何やら私は、縦長のショーケースのようなものに身を任せているようだ。


「……」


 どうしてか、呼吸はせずとも平静を保っていられる。苦しいは愚か、どこか心地が良い。

 瞳、視線をゆっくりとずらして、辺りの風景を見てみる。

 やはり暗い。

 殺風景な部屋に、私と同様のショーケースが沢山備わっている。


「───」

「───」


 ───ショーケースの外側。

 黒い服を着た、

 "ヒト"だろうか。が向かい合い、立っている。

 何やら会話をしている事が伺えたが、何を言っているのかを聞き取ることは叶わなかった。

 そもそも私は今ショーケースの中にいるのだ。

 し、液体で鼓膜が塞がれている。当然と言えば当然なのだろう。


 薄ら黄緑色を彩る液体。それに包まれていると何故だか力が湧いてくる気がする。

 それに、不思議とこの液体とショーケースに嫌悪感や不信感といった感情はない。


 ───私は、一体何なのだろう。


「───」


 声を出そうとした。

 いや、確かに声は出した。口を開け、腹から伝えたいものを言葉にした。だが、今の行動から起こった事象はというと。

 コポポ。と。

 そんな音が鳴ると共に口から空気の泡が吹き出るだけであった。


「───?」

「───」

「───!」


 どうやら私は余計な事をしてしまったらしい。

 今の、私の行動に気づいた目の前の2人のヒトが口論をし始めた。


 ドン。と。


 叫んだように見えたヒトは、私のショーケースを叩いた。

 叩かれた振動により液体中に浮いた私の身体は、少し後ろへ後退する───、

 コツンと音を立て、後ろの壁に頭をぶつける。

 瞬間、その微かな痛みが脳を伝い、身体中へと広がっていった。

 そして、意識は遠のいていった。




 これが私の最初の思考であった。

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