Chapter19 「星の数ほど」

 米子とカンナは信濃町の施設で吉村に赤い連隊の会合を襲撃した結果を報告していた。

「多少の見込み違いはあったが赤い連隊の主要メンバーの殲滅に成功したようだな。同志如月と沢村君の連携も上手くいったようだし」

吉村が言った。

「AK74MNはいい銃でした。普段はM4A1とHK416Cを使ってますが遜色ありませんでした」

米子が言った。

「敵の赤い連隊はどうだった?」

「モラルが低かったです。敵の動きや会話から推察すると、統率が取れているとは思えませんでした。襲撃の時間が遅かったせいもありますが、ほぼ全員がアルコールを飲んでいたようです。山荘に突入するところで運悪く発見されましたが、撃ってきたのは2人です」

米子はレーザーセンサーの事も、敵が毒ガス攻撃の事を知っていた事も敢えて報告しなかった。作戦が漏れている事を気付いていない振りをしたのだ。

「何にしても無事で良かった。赤い連隊も落ちたものだな。かつては真革派の実行部隊として恐れられていたが、今では素人の集まりだ。思想はあるのだろうが、戦闘力が低下している。東京駅のSATの公開訓練でテロを行ったのが最後の精鋭メンバーだったのだろうな。君たちが殲滅させたようだが」

「あの集団は赤い連隊だったのですね。でも何でレッドフォックスは赤い連隊を潰そうとしてるのですか? 同じレッドチームではないのですか?」

「赤い連隊は我々赤い狐に取り入りたいのだ。あの東京駅のテロはそのための実績作りだったようだ。だが我々は拒否することにしたのだ。共産主義や社会主義の熱に浮かされた極左集団など相手しない」

「だったら放っておけばいいじゃないですか。潰す必要があるのですか? 私とカンナがリスクを侵してまで襲撃する必要があったのでしょうか?」

米子が訊いた。

「君の復讐の為だ。神崎さんからはそう聞いている。だから同志如月を君の支援のために付けたのだ。同志如月はどうだったんだ。敵を倒したのか?」

吉村が訊いた。

「私は米子の指示で、テラスに脱出した敵をAK74で撃った。トドメを刺すときにベレッタを使った。実に撃ちやすい良い銃だった。見た目も美しい。素晴らしい銃だ」

カンナが答えた。

「赤い連隊の主要メンバーは殲滅しました。私の復讐もほぼ終わりました。協力を感謝します」

米子が言った。

「君もすぐに我々の仲間になるようだな。実に頼もしい。神崎さんには宜しくいっておいてくれ」

「米子が私達の仲間になるのか? そのために私は米子を支援したのだな?」

カンナが訊いた。

「まあそういう事だな。同志如月には沢村君と一緒に戦う事で沢村君を評価してもらおうと思ったのだが、その必要はないようだな。沢村君は合格だ。素晴らしい戦闘能力だ。ぜひ我々の仲間になってほしい」

「米子が仲間になるのは嬉しいぞ。同志吉村、米子は強い。私は射撃でも格闘術でも米子に敵わなかった。それだけではない。米子は作戦能力も高く、観察力も鋭いのだ」

「同志如月がそこまで認めるとは珍しいな」

「私も祖国では優秀な工作員として認められていた。日本の工作員などには負ける気がしなかった。だが米子は違うのだ。よく分からんが、何かが違うのだ」

カンナが言った。

「吉村さん、まだ私はレッドフォックスに入ると決めたわけじゃありません」

「おかしいな。復讐が終われば君は我々の組織に入ると神崎さんから聞いている」

「話が嚙み合いませんね。今日は帰ります。お借りしたAK74MNはお返しします。P229はもうしばらく貸して下さい」

米子は肩に掛けたキーボードケースをテーブルの上に置いた。

「その拳銃は君にプレゼントしよう。うちの組織では、357SIG弾仕様のSIGなど誰も使いたがらないからな」


【警視庁本部庁舎公安本部長室】

「沢村米子は赤い連隊の主要メンバーを殲滅したようだな。報告書を読んだが会合を襲わせたのか?」

阿南が言った。

「はい。赤い連隊の会合の情報を沢村米子に教えました。赤い連隊にも襲撃者がいるという情報を流しました。部長がおっしゃっていた通りに赤い連隊と沢村米子をぶつけたのです」

「ほう。赤い連隊にも情報を流したのか」

「はい。如月カンナの上司の吉村という男から聞いた襲撃作戦の内容を流したのです」

「それでも沢村米子が勝ったということだな。たいしたもんだ。私の予想通りだな」

「その通りです。毒ガスを使う作戦だったようですが、その事と襲撃予定日を赤い連隊に流しました」

「毒ガス?」

「沢村米子が立てた作戦です。最終的に赤い連隊は毒ガスを使った攻撃を防ぐ事が出来ず、全員が殺されたようです」

「面白いじゃないか。気に入った。沢村米子はこちらでコントロール出来ているな? 早く我々の組織に入れるのだ」

「はい。家族を直接殺害した実行犯を餌にコントロール出来ています。沢村米子は感情に支配されています。もう赤い狐に入ったも同然です。所詮高校生の小娘です。今回も運が良かったのでしょう」

「IQ200といってもやはり人間だな。しかも18歳だ。感情を揺さぶりまくってコントールしろ」

「こっちには実行犯2人の居場所を知り、監視しているという切り札があります。沢村米子は我々の駒です」

「ならば次のミッションを実行させるんだ」

「まさか? 東郷首相と福山官房長官を・・・・・・本当に実行するのですか?」

「狼狽えるな! もはや東郷首相などどうでもいい。来月、アメリカの『ゼニゲーバ商務長官』と真野経済産業大臣の会談がある。レセプションで沢村米子を使う」

「えっ!? ゼニゲーバ商務長官ですか? マージャン大統領の逆鱗に触れますよ。ゼニゲーバ商務長官はマージャン大統領の右腕です」

神崎の顔は引きつり、心なしか手が震えていた。

「君は覚悟が出来ていないのか? アメリカなど恐れるに足りん。あの国は今や分断の危機に瀕している。マージャンなど所詮不動産屋あがりの新参者だ。ディールだかなんから知らんが口だけが達者で実行力に乏しい男だ。商売と政治を同じだと考えている愚かな男だ。それに引き換え『ヤリーチン』大統領や、『紗金玉』(シャ・キンギョク)国家主席、『金玉成』(キム・オクソン)総書記の3人の方がよほど実行力と胆力がある」

「はい。しかしいくら沢村米子といえどもアメリカの高官を暗殺するのは難しいのではないでしょうか? 所詮女子高生です。世間の厳しさを知らない小娘です」

「会談の場では無理かもしれないがレセプションでは可能だろう。今回の会談は経済産業省主催で経済産業省本館の国際会議室で行われる。おおかた関税関連と鉄鋼メーカーの買収関係の話だろう。次期主力戦闘機の共同開発の予算の話しもあるようだから防衛省の関係者も出席するだろう。あの男は各国に対する関税を大幅に引き上げるようだ。馬鹿な男だ。味方を次々に失っている。あの国は遠からず孤立する。レセプションはホテルオークレ東京だ。かなり賑やかなパーティーのようだ。未来を担う若者の代表として高校生が花束贈呈をするというイベントは良くある事例だろ。それを利用しろ。捻じ込むんだ」

「はい。しかしレセプションは警備部のSPも多いでしょうし、アメリカのシークレットサービスも来るはずです。逃走経路がありません。やはり小娘には難しいでしょう」

「逃走経路などどうでもいい。警備部も捕まえた暗殺犯が内閣情報統括室の工作員なら迂闊な事は出来ない。一旦内閣の預かりになるだろう。我々の存在について話さない事を実行犯を教える条件にすればいい。あの娘なら黙秘を貫くだろう」

「なるほど。沢村米子は最強の駒となるわけですね。小娘も使いようですね、さっそく指令を出します」

「使い捨てにするのには勿体ない駒だ。可能な限り逃走の支援をするるんだ」

「はい、そのように致します。花束贈呈の件は急いで準備します」

「沢村米子に似合ような豪華な花束にしてやれよ」

「承知しました」

「当日は赤い狐がバックアップ要員を投入してくれるようだ」

「バックアップ要員ですか?」

「詳しい事は私も知らん。まだ我々は新参者だ。我々の能力を疑っているのだろう。赤い狐の信頼を得るためにもこの作戦は成功させねばならん。わかったな」

阿南が不機嫌そうに言った。

「わかりました」

神崎は背中に冷たい物が走るような気がした。赤い狐と組む事を恐ろしく感じていた。


 米子が夕方にニコニコ企画の西新宿の事務所に顔を出すと木崎の席の前の椅子にミントが座って話し込んでいた。

「米子、お疲れさん」

「ミントちゃんお疲れ。何話してたの?」

「木崎さんがさ、合コンに出たんだって。それでお嬢様っぽい女性と意気投合して電話番号を交換してデートに誘たんだって」

「へえ、木崎さんやるじゃないですか」

米子が明るい声で言ったが木崎は元気が無かった。

「その後が重要なんだよ。それでデートに行って、帰りに次のデートを約束をしようとしたら断られたんだって。「もういいです」って」

ミントが言った。

「デート、上手くいかなかったんですか?」

米子が訊いた。

「なんかデートで観た映画が『地獄のソルジャー:ハングリーウルフ小隊』って言う映画だったんだって」

ミントが説明した。

「まさかあんなにグロい内容だと思わなかったんだ! プライベートアイアンみたいな感じをイメージしてたんだ。そしたら内臓や目ん玉は飛び出すわ、拷問はするわ、レイプシーンは何度もあるわで、最後は全員死ぬんだよ、あんなのありかよ!! 元自衛隊レンジャーの俺でも引いたわ! 最初はラブロマンスにしようと思ってたんだけど、なんか下心があるみたいな感じがするだろ? だから急遽変更したんだ。戦争物ならいろいろ解説も出来ると思ったんだ。得意分野だからな。でも観た後の喫茶店で相手は無言だった」

木崎が寂しそうに言った。

「タイトルで分かりそうですけどね?」

米子が遠慮がちに言った。

「そうだよ、B級どころかC級感丸出しのタイトルだよ。それも小さい映画館で限定上映だったんでしょ? 戦争映画好きの私でも観ないよ」

ミントが呆れるように言った。

「でも凄くいい人だったんだ。お嬢様っぽくて、少し天野七海に似てて。俺が馬鹿だった、時よ戻ってくれー、3日前に戻ってくれーー! 米子、タイムマシンを作ってくれ、IQ160なんだろ!」

木崎が叫んだ。

「木崎さん、月並みだけど、女なんて星の数ほどいるんだよ。今回の事を教訓に次の恋に進みなよ。次はデートプランとか相談にのるからさ」

ミントが慰めるように言った。

「そうか、そうだな。女なんか星の数ほどいるよな? ミント、頼んだぞ!」


「ミントちゃん、木崎さん、それは違うよ!」

米子が大きな声で言った。

「米子、違うってどういう事?」

「星の数って幾つあるか知ってる?」

米子が訊いた。

「何十億とかじゃないの?」

ミントが答えた。

「私たち住んでる天の川銀河には2000億個の恒星があるんだよ。太陽みたいな星だよ。そして銀河は宇宙に2兆個もあるんだよ。だから2千億×2兆で、えーと・・・・・・4000垓だよ。宇宙には4000垓の星があるの」

「米子、4000垓って何? イメージ湧かないよ」

ミントが言った。

「女が直立してるとして、体の厚みが30cmで肩幅が多めに見積もって60cmとすると面積は0.18平方メートでしょ。だから1キロ平方メートルだと555万人か。山本さん、地球の表面積って何平方キロメートルですか? 調べて下さい。大体でいいです」

米子が一気に話した。

「地球の表面積? ちょっと待てって下さいね。今検索します。えーーと、約5億1千万平方キロメートルですね」

パソコン作業をしていたジョージ山本が答えた。

「じゃあ、555万人 × 5億1千万だと、・・・・・・2800兆か。つまり地球の表面に女をギュウギュウに立たせて並べると2800兆人収容できるって事だよ!」

米子が遠くを見るような目をして言った。

「それがどうしたの?」

ミントが不安そうに言った。

「だから、星の数の4000垓を2800兆で割ると、えーと・・・・・・1億4千万。つまり星の数の女を地球に収容しようと思うと1億4千万階層になるの。チアリーディングみたいに肩の上に乗せると1億4千万段の人間タワーになるんだよ。女の身長が160cmだすると22.58万Kmか。うわっ、まじヤバイ! 人間タワー1億4千万段。ハンパないよ! ハンパないって! ヤバイよ! ヤバイっすよ!」

米子が嬉しそうに言った。完全に目がイッている。

「米子、何言ってんの? なんの計算なの? 米子の方がヤバいよ! 電卓みたいだよ」

「山本さん、地球の半径と月までの距離を調べてください」

「はい、地球の半径と月までの距離ですねー、おっ、これか、地球の半径が6千3百78キロで、月までは38万4千4百キロです」

「そうすると人間タワーの高さは22.58万Kmだから地球の半径の35.4倍で月までの距離の6割か。凄~い!!」

米子の遠くを見る目が輝いていた。

「米子、何が凄いの?」

ミントは少し焦っていた。

「つまり地球に女が星の数ほどいると、地球の表面にびっしり立たせて、余った分を縦に積み上げると1億4千万階層になって、地球の半径が35.4倍になって、月までの距離の6割になるんだよ、凄くない!? 凄いよね!?」

「米子・・・・・」

「じゃやあさ、4000垓をそのまま一つの人間タワーにしたら階層は4000垓だよね。これに身長の1.6メートルを掛けるとその高さは・・・・・・おうっ! 6垓4000京Kmだね。月なんか余裕だよ。山本さん、太陽までの距離と銀河系の半径調べて。1光年のKm単位も調べて下さい。隣の銀河の大マゼラン星雲とアンドロメダ星雲もお願い」

「はいはい、検索しますね。しかし沢村さん楽しそうですね。えーと、太陽までの距離は1億9460万Kmです。銀河系の半径は5万光年ですね。大マゼラン星雲までの距離は16万光年、アンドロメダは250万光年です。1光年はキロ換算すると9兆4600億Kmですね。もう単位がおかしいですよ!」

「なるほど、じゃあ、6垓4000京を1億9460万で割ると、42兆7800億。つまり人間タワーの長さは太陽までの距離の42兆倍って事だよ。42兆倍って思ってたより長いよ! 銀河系の半径は5万光年だよね。だから5万 × 9兆4600億だと、47京3000兆Kmだね。6垓4000京を、47京3000兆で割ると、えーーと、えーーと、1353だね。人間タワーは銀河系の端までの距離の1353倍だよ。ってことは16光年先の大マゼラン星雲まで距離の423倍。250万光年先のアンドロメダ星雲の距離までの27倍。凄い凄い凄~い! 人間タワーがアンドロメダ星雲までの距離の27倍だよ! 凄くない!? 凄いよね! やっぱり凄いよ、もうだめーー」

米子が嬉々として言った。

「なんか米子の方が凄いっていうか怖いよ!」

ミントが呆れたように言った。

「結論からいうと、星の数ほど女はいない! もしいたら地球の半径が35.2倍になって、月までの距離の6割になるの。重さを考えたら地球が崩壊しちゃうんだよ。一つのタワーにしたら銀河系を飛び出して、大マゼラン星雲を超えて、250万光年先のアンドロメダ星雲も超えるんだよ!」

「なるほどねー、女は星の数ほどいないんだね。良く分かったよ」

ミントが言った。内心呆れていた。

「だから安易に『女なんて星の数ほどいる』なんて言ったらダメなんだよ、わかった!?」

米子が言った。

「わかったよ、ギフテッドで大変なんだね。いつも頭の中で計算してるんだね。疲れそうだよ」

ミントが言った。内心米子を憐れんでいた。

「米子、ありがとう。さすがIQ160だな。天文学的なスケールの話をしていると俺の失恋なんてちっぽけな事なんだな~・・・・・・って、なるわけねーだろーがよ!!!! もうほっといてくれ・・・・・・」

木崎が言った。

「あの、私、来週は用事があって、事務所に顔を出せません。それを言いに来たんです」

米子が言った。

「そうか。勝手にしろ。俺は失恋で忙しいんだ。日本が他国に侵略されても俺は動かん! ニコニコ企画はしばらく閉店だ!」

木崎が大きな声で言った。

「だめだこりゃ。木崎さんは重度の負傷で戦線復帰には時間が必要だね。米子、用事って例の復讐?」

「ううん、受験の関係だよ。進路相談室に呼ばれちゃって、そろそろ志望校決めないといけないんだよね。去年出席日数ぎりぎりだったから、その理由をきちんと報告しないと内申書書いてもらえないんだよ」

米子は咄嗟に言った。嘘ではなかったが、1週間事務所に顔を出せないほどの理由ではなかった。

「そうなんだ。でも受験まであと4カ月だもんね。志望校が確定したら教えてよ。私も米子と同じところ受けるよ」

「4カ月なんてあっという間だよね。まてよ、4カ月って宇宙が誕生してからの期間の何分の1なんだろう? 138憶に12を掛けて、4をその値で・・・・・・」

「米子、もういいよ」

ミントがうんざりしたように言った。

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