Chapter14 「米子とカンナ 射撃対決」
Chapter14 「米子とカンナ 射撃対決」
土曜日04:00、米子の運転する『GT-R NISMO』は助手席にカンナを乗せて夜明け前の新東名高速道路を時速200Kmで走っていた。ニコニコ企画では予算が大幅に増えたので所有する車のハリアーをより居住性の良いアルファードに買い替え、ハイエースを防弾仕様に改造し、新たにランドクルーザーを購入したが、スポーツカーも購入するように米子が提案したのでGT-R NISMOも購入したのだ。新車の購入には時間が掛かるため、まだ300Kmしか走っていない中古車を特殊なルートで購入したのだ。
「凄い車だな。こんなにスピードを出して大丈夫なのか?」
カンナが不安そうに言った。
「訓練生の時に運転技術は磨いたから。自動車メーカーのテストコースで高速運転の訓練をして時速330キロ出した事があるからこんなのたいした事ないよ。それにフロントガラスとナンバーに赤外線反射フィルムを貼ってるからオービスは大丈夫だし、外交官ナンバーに付け替えてきたんだよ」
「米子は18歳で女子高生なんだろ? この車は米子の組織の車か?」
「そうだよ、借りて来たんだよ。後ろに覆面パトカーがいるけどこの車を捕まえる事はできないよ。本物の外交官ナンバーだからね。」
米子がバックミラーを見ながら言った。
「米子の組織はそんな物まで持ってるのか。たいしたものだな」
カンナが振り返って後ろを見ると1台の車がスピード上げて近づいてくる。その車の屋根に赤い光が回転し始めた。
静岡県警交通機動隊の二野瓶巡査部長と赤石巡査はレクサス LFAの覆面パトカーに乗って新東名高速道路の走行車線を走っていた。
「おい、今の車完全にスピード違反だ。追跡しろ」
助手席の二野瓶巡査部長が言った。
「くそ。220Kmは出してます。まったくどういうつもりだ。捕まえましょう。レクサス LFAの実力の見せどころです」
赤石巡査が覆面パトカーを追い越し車線に移動させるとアクセルを踏みこんだ。
「速いな。応援を頼もう。本部に連絡を入れる」
二野瓶巡査部長が言いながらパトランプのスイッチを押した。車のルーフのフタが開き、格納していた赤色灯が現れ、光りながら回転を始めた。
「班長、前の車、外交官ナンバーです。GT-Rなんて珍しいですね。しかもNISMOです」
「そうだな。照会センターに問い合わせてみる」
《交機203より123》
《交機203へ、123照会センターです、どうぞ》
《こちら交機203、車両ナンバーの照会をお願いします》
《123了解、ナンバーを送って下さい》
《ナンバーは青い外交官ナンバー、『丸に囲まれた漢字のソト『外』に87036』です、どうぞ》
《123了解》
《123より交機203へ、問い合わせのナンバーはアメリカ大使館所有の登録あり。上2桁は国コードで『87』はアメリカです。なお、漢字が丸で囲まれたナンバーは『特命全権大使』(大使館トップ)もしくはそれに準ずる権限のある人物の車両です》
《交機203了解》
「まいったな、アメリア大使館の登録ナンバーだ。しかもかなりのお偉いさんらしい。悔しいけど見逃すしかないな。止めて注意する事はできるが罰則は課せられないから無駄骨になるだけだ。それに県警にクレームでも入れられたらやっかいだ」
二野瓶巡査部長が悔しそうに言った。
「悔しいですね。でも220キロですよ! 舐めすぎだ。事故ればいいんだ」
赤石巡査が吐き捨てるよう言った。
06:30、米子の運転する車は東京から3時間で三重県鳥羽市に到着した。米子は三輝会の別荘の駐車場に車を入れた。別荘のスタッフがGT-Rに駆け寄って来たので窓を開けた。
「沢村様ですね? 権藤会長から伺っております。部屋は用意してありますのでご案内します」
米子とカンナは和室に入って荷物を置くとスタッフの案内で射撃場に移動した。
「ご自由にお使い下さい、時間制限はありません。弾はこのリストに書いてある物がロッカーに入っています。こちらがターゲットをセットする機械の操作マニュアルです。何かございましたらフロントまで内線電話でお知らせください」
スタッフが丁寧に説明すると射撃場を出て行った。カンナが驚いた顔で射撃所を見回している。
「本格的な施設だな。日本では民間組織でも射撃が可能なのか? 法律では禁止のはずだぞ」
「ここはヤクザの施設だよ。非合法だよ。ヤクザって外国で言えばマフィアやギャングかな」
「お前の組織はマフィアとも繋がっているのか?」
「違うよ。個人的な知り合いだよ。カンナはウチの組織の射撃場を使えないからここを使う事にしたんだよ」
「知り合いにマフィアがいるのか?」
「まあ、お爺ちゃんだけどね。それより射撃の勝負始めようよ」
米子は大きなボストンバックから拳銃と弾丸を取り出してテーブルの上に並べた。拳銃はSIG-P229、ベレッタ92F、コルトガバメントMEU、スミス&ウェッソンM500だった。
「いっぱいあるな。こんなに使ってるのか?」
「普段はSIG-P229だよ。練習もしようと思って他のも持って来たんだよ。カンナの銃は?」
「これだ。祖国の軍が使っている」
カンナは黒い肩掛けカバンから『マカロフ』を取り出した。
マカロフは1951年にソビエト軍が開発した拳銃だ。弾丸は9mmマカロフ弾を使用する。9mmマカロフ弾は西側諸国の使用する9mmパラベラム弾に比べて威力が弱い。9mmマカロフ弾のエネルギーは300ジュール前後で500ジュールの9mmパラベラム弾より40%低い。マカロフの装弾数は8発である。マカロフはトカレフの後継として開発された拳銃で、ロシア軍、ヨーロッパの旧東側諸国の軍隊、中国軍、北朝鮮軍の一部で使用されている。
カンナがマカロフを構える。ターゲットまでの距離は15mに設定してある。
『パン パン パン パン パン』
カンナは10秒間隔で5発の弾丸を撃った。弾は9点ゾーンに2発、8点ゾーンに3発の合計42点だった。
「どうだ! 私は隊内の射撃大会で優勝した事があるのだ」
カンナが大きな声で誇らしげに言った。
「けっこう上手いね」
米子がレーンに立つとボタンを押してターゲットを25mに設定した。SIG‐P229を構える。
『バンバンバンバンバン』
米子の射撃する発砲音が連続して射撃場に響いた。弾はすべて真ん中の10点ゾーンに当たっていた。
「おいっ、ウソだろ! 全部真ん中じゃないか。距離も遠くして早撃ちなのに、おかしいぞ!」
カンナが叫ぶように言った。
「おかしくないよ。じゃあ銃を交換しようか」
「いいだろう」
米子とカンナは弾倉に弾を補充して銃を交換した。米子はマカロフを撃ったが、真ん中に当たったのは2発で、1発は9点、2発は8点で45点だった。
カンナはSIG-P229をゆっくり撃ち、8点に3発、7点に2発の39点だった。
「この銃は見た目が小さいのに半反動が大きいな。お前よく当てたな」
「357SIG弾だからだよ。高威力の拳銃弾だからね。威力は9mmパラベラム弾の1.5倍だよ。9mmマカロフ弾の2.2倍くらいかな。それにこのマカロフは銃身が摩耗してるよ。銃全体にガタつきがあるから、同じところを狙っても集弾がバラバラで真ん中に当たらない」
「仕方ないだろ。中国軍の中古品だ」
「悪いけど私の勝ちだよね」
米子が遠慮がちに言った。
「悔しいが負けを認める。だがライフルなら負けないぞ。格闘もな。米子達は銃の訓練をどれくらいするんだ?」
「中学生の時、訓練所で毎日200発がノルマだったよ。それを2年間、14万6千発だね。40度の熱があっても、骨折しててもやらされた。だから的に当てるだけなら目を瞑っても当たるよ」
「毎日200発? 羨ましいぞ。私は弾薬不足であまり撃てなかった。スパイ養成所に入ってやっと月に50発だった」
カンナが悔しそうに言った。
「これ撃ってみなよ。西側の拳銃は殆ど9mmパラベラム弾だよ。マカロフ弾と口径はほぼ同じだけど火薬の量が多いから威力は上だよ。でも反動は大きくないから当てやすい」
米子はカンナにベレッタ92Fを渡した。カンナは射撃レーンに入るとベレッタ92Fを5発撃った。弾は10点に2発。9点に2発、8点に1発の46点だった。
「おおっ、これは撃ちやすいな。よく当たる、いい銃だ」
「装弾数は15発だよ。マカロフは8発だよね。悪いけど、拳銃は西側の銃の方が遥かにいいよ。メーカーが競争してるからね。売れないとメーカーが潰れるから必死だよ。トカレフやマカロフなんてヤクザの下っ端くらいしか使わないよ」
「15発だって? それは凄いな」
「さっき撃ったSIGだって9mmバージョンがあるよ」
「さっそく組織に交渉してみるぞ。武器には西側も東側も関係無い。銃はいいものを使いたい。命を守る道具だからな」
カンナが続けてガバメントMEUを5発撃った。
「この銃は知ってるぞ。アメリカを代表する銃だろ。反動が強いな。そのリボルバーも撃ってみたい」
カンナがスミス&ウェッソンノハンマーを起こして狙いを付ける。
『ドンッ!』
「うおっ! 何だこれは、ふざけてるのか、銃が飛びそうになったぞ!」
カンナが驚きの声を上げた。弾はターゲットを外れた。
「ふざけてないよ。貸して」
米子はカンナからスミス&ウェッソンM500を受け取った。
『ドンッ ドンッ ドンッ』
米子の手の中で銀色のスミス&ウェッソンM500の銃身が3回跳ね上がる。弾は3発とも真ん中に当たった。
「信じられん。3発とも真ん中じゃないか。精密機械のようだな。米子とは拳銃で撃ち合いたくないな」
「500マグナム弾は火薬の量が9mmパラベラム弾の10倍あるから、肘を使って反動をコントロールしないと当たらないよ」
「米子ちゃん、久しぶりやな。突然の電話でびっくりしたわ」
後ろから声がした。声の主は権藤正造だった。
「お久しぶりです。突然のお願いですみませんでした。この前はありがとうございました」
米子が振り返って言った。米子は2日前に権藤に電話を掛けて射撃所を使わせてもらうようお願いしたのだ。
「ええんや。好きなだけ使ったらええわ。せっかくやから三上に車を飛ばさせてわしも来たんや。そちらの連れの方は組織の仲間か?」
「いえ、任務で組むことになった他の組織のアサシンです」
「いろいろ事情があるんやな。遠慮せんで使ってくれ。ゆっくりしてったらいいがな、一緒に夕食でも食べよ」
「いえ、せっかくですが今日帰ります」
「何言っとんねん、東京から車運転して来たんやろ? ゆっくり休まなあかんで。ミントちゃんと樹里亜ちゃんと瑠美緯ちゃんは元気にしとるか? 次はいつ来るんや? みんなに会いたいわ、みんな可愛いんや」
「みんな元気です。よく権藤さんの話をしてます。権藤さんは人気者です」
「おお、さよか! それは嬉しいな! 冬休みに来たらええがな。 御馳走用意しとくで。今日は泊まっていくんやで」
「じゃあお言葉に甘えて一泊だけさせてもらいます。カンナ、こちらは権藤さん」
「初めまして。如月カンナと申します。出身は北朝鮮です」
カンナが頭を下げて挨拶をした。
「北朝鮮? そらごっついな。わしは三輝会の権藤正造や。米子ちゃんとは何というか、歳の離れた友達みたいなもんや。遠慮せんで楽しんでくれ。よろしゅう頼むわ」
「私は会長のボディーガードの三上です」
三上も挨拶した。
「そや、夕食を用意させるわ。伊勢海老でええか? 松坂牛も買いに行かせるわ。三上、フロントに頼んで来い」
「はい、わかりました。あの、沢村さん、もしよかったらスパーリングをお願いしたいのですがよろしいですか?」
「いいですよ。近々カンナとも格闘訓練しようと思ってたところです」
「それは良かった。さっそくホールにマットを敷くようスタッフに伝えます」
「三上、今日は『白心会』の連中が慰安旅行で来るみたいや。荒っぽい連中や。米子ちゃんと如月さんに変な事しないように言っとくんや。失礼な事したら破門や言うとけ。まあ、米子ちゃんが本気になったらあいつらでも勝てんけどな」
「はい、きつく言っておきます」
三上は射撃場を出て行った。
「三上はこの前米子ちゃんに負けたのがよほど悔しいみたいやな。まあ三上もウチの組ではかなり強いんや。だからボディーガードやらしとる。悪いけど相手したってくれや」
米子達は和室の部屋で夕食までの間、休憩する事にした。部屋は前にミント達と来た時と同じ6階の12畳の部屋だった。米子とカンナは窓際の籐椅子に座っていた。
「米子、ここは景色が綺麗でいい所だな。窓から海と島が見えるぞ。でもマフィアの別荘なんだろ、不思議だな。なぜ犯罪集団がのさばっているんだ。我が祖国なら許されないぞ」
「資本主義には隙間もあるんだよ。まあ自由の代償だね。でもちょっと罪を犯しただけで銃殺になる社会よりいいと思うよ」
「ふんっ。そんな甘い事を言ってるから国民が堕落するのだ。おっ? 三輝会って日本で一番大きい暴力団じゃないか。えっ? 権藤正造って会長だぞ! 本当なのか? 今Googleで検索してるんだ」
「そうだよ。権藤さんは三輝会の会長だよ。ある意味裏社会のトップだよ」
「あのお爺さんがそうなのか? 米子の友達なんだろ? お前は不思議な存在だな。とても18歳の女子高生とは思えん」
『プルル プルル プルル』
部屋に備え付けられた電話機が鳴った。米子が受話器を取る。
『はい』
『三上です、準備が出来ました。夕食の前にどうですか?』
『いいですよ』
『それではホールで待ってます』
「どうした?」
カンナが訊いた。
「格闘訓練しよう。さっきの三上さんも強いよ。キックボクシングと空手だよ」
「いいぞ、望むところだ。射撃では負けたが、格闘なら負けんぞ。米子はどんな格闘技なんだ? やっぱり空手か?」
「オリジナルだよ。訓練所で習った格闘術に実戦で得た教訓をプラスしたんだよ。カンナはテコンドー?」
「テコンドーもやるが、メインは『撃術』だ。朝鮮人民軍の軍隊格闘術だ。殺害を前提にしている」
「ネットで見たよ。石やセメントを使って体の部位を鍛えるやつだよね。手刀や掌底で石やレンガを割ってたよ。お腹に上に石を載せてハンマーで叩いてた。強そうだね」
「ああ、強い。手加減はせんぞ」
「カンナ、お手柔らかにね」
米子はここ2日~3日、内閣情報統括室のデータベースにアクセスして北朝鮮の政治、経済、軍事、歴史、文化に庶民の生活や習慣について調べていた。カンナこと『金清姫』が育った背景についてもおおよそ理解することが出来た。カンナが何故ファミリーレストランであんなに喜んだのか、また、服を買う時に躊躇したのかも理解できた。
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