Chapter10 「丸の内 ニセSATを潰せ 2/2」

 『早く福山官房長官と石橋防衛大臣を連れてこい! リミットまで1時間30分だ!』

バスの窓から突き出した拡声器の声が響く。米子達はハイエースの影に隠れるようにして待機していた。

《こちらA班、バスの中のターゲット7人を補足中。いつでもOKです。5秒でクリアに出来ます》

《こちらB班、バスの前のターゲットを補足中。こちらも5秒以内にクリアに出来ます》

《隊長了解。A班、B班、指示があるまで待機せよ。突入班は狙撃と同時に突入せよ》

無線機からSATの声が流れる。

「狙撃と同時に突入みたいだね」

ミントが言った。

「山本さん、あのバスのエンジンと燃料タンクの位置を調べて下さい。そのタブレットなら会社のDBに接続できますよね?」

「わかりました、やってみます」

「樹里亜ちゃん、徹甲焼夷弾ある?」

「7.62mmの方ならあります。12.7mmは通常弾だけです」

「じゃあHOUWAに徹甲焼夷弾を最初に撃てるように1発目に装填しておいて。でもバスはディーゼルで軽油だから撃っても燃えないかな」

「わかりました。最初の1発は徹甲焼夷弾、後の4発は徹甲弾を装弾します」


 時折犯行グループから官房長官を連れてくるよう催促があったが、現場は膠着した状態が続いた。

「動きがないねえ。そろそろタイムリミットだよ」

ミントが腕時計を見ながら言った。腕時計は支給されたLUMINOXのネービーシール3001だ。

《沢村から荻野さん、そろそろタイムリミットです。官房長官と防衛大臣は来るんですか?》

《こちら隊長荻野。官房長官は来ない。13:30に狙撃と同時に突入する。君達は待機してくれ》

《沢村了解》

米子が無線機で荻野と交信した。

「樹里亜ちゃん、バレットでバスのエンジンを狙って」

「わかりました。エンジンと燃料タンクの位置は山本さんに聞いたので大丈夫です。都合のいい事に燃料タンクはこっち側の側面です」

伏せた樹里亜の前にはバレット82とHOUWA‐M1500が並んでいる。樹里亜は地面に腹這いになり、バレット82の銃床を肩に当ててスコープを覗いた。

「米子、どうするの?」

「運転席に1人座ったよ。あいつらバスで逃走するつもりだよ。エンジンを掛けたら樹里亜ちゃんが撃って、私達とミントちゃんは突撃するよ。瑠美緯ちゃんは援護射撃よろしく。SATは13:30に突撃らしいけどそれは無視して。私の指示だけ聞いて」

「了解です」

樹里亜が答えた。


 『タイムオーバーだ! これより法務大臣の処刑を行う。この責任は腐った国家権力とその犬であるお前ら警察にある!』

スピーカーの声が広場に響く。バスの乗降口が開き、法務大臣の江川洋子が犯行グループの男に銃を突きつけられて降りて来た。男は1人で機動隊員の服装をして『MP5』を持っている。バスの横で銃を構えていたニセSAT隊員7人のうち4人がバスに乗り込み、残りの3人が法務大臣と機動隊の姿の男の後ろに並んだ。

『これより処刑を実行する!』

スピーカーの声が大きく響く。

《隊長よりAチーム及びBチーム、20秒以内に各自のタイミングで狙撃せよ》

《Aチーム了解》

《Bチーム了解》

法務大臣の後ろに立った機動隊姿の男がMP5の銃口を法務大臣の後頭部にあてた。法務大臣は首をうなだれ、目を瞑っている。

『ビッ』 『ビッ』 『ビッ』 『ビッ』

『バシ』 『ピシ』 『バシ』 『バシ』 『バシ』 『バシ』 『バシ』

江川法務大臣の後ろにいた男達の頭から血が飛び散り、次々に倒れた。バスの窓にも銃弾が当たるが、防弾ガラスだったため、ヒビが入るだけだった。

《こちらAチーム、人質背後のターゲットを狙撃、全てヒット!》

《こちらBチーム、バスの中のターゲットを狙撃するも防弾ガラスのためヒットせず》

《突入班、突入せよ!》

無線機から荻野の声が響く。江川法務大臣は頭を押さえて地面に俯せになって伏せた。

紺色の戦闘服とボディーアーマーの上にオレンジ色のベストを着たSAT隊員が2人1組の4組に分かれてMP5を構えながら走り出した。米子の忠告通りにニセのSAT隊員と見分けが付くようにベストを着けていた。バスの窓が上にスライドした。

『ダダダダダダダダダダダダ』 『ダダダダダダダダダダダダ』 

窓から突き出した2丁のミニミ軽機関銃の銃口が火を噴いた。SAT隊員の2組4人が銃弾を受けて勢いよく転倒した。


 《突入班、戻れ! 突入は中止! 突入は中止!》

荻野の切迫した声が無線機から響いた。被弾していない2組のSAT隊員が地面に伏せて手だけを持ち上げて盾を構える。ミニミの5.56mm弾が伏せたSAT隊員の周りに着弾して音を立て、盾には火花が散って穴が開く。

《沢村から萩野さんへ、これよりバイクで敵の銃撃を引きつけます、法務大臣と撃たれたSAT隊員の救出をお願いします》

米子が無線を送信した。

《こちら隊長萩野、何を言ってる? 勝手な行動は許さん!》

萩野が無線で却下した。

《申し訳ありませんが私達は上から犯行グループを殲滅するよう指示を受けてますので任務を実行します》

米子は無線のスイッチを切るとハイエースの隣に停めていた黒いKawasaki KLX250に跨るとセルスイッチを押してエンジンを始動した。青いチェックのミニスカートから伸びた生足が艶めかしく、黒いタッセルローファーに白いソックスのコントラストが映えていた。肩にはHK416Cを、首からはMP7を掛けている。

「米子、どうするの?」

ミントが声を掛ける。

「作戦変更だよ。バイクで敵の銃撃を引きつけて狙撃を実施するから。敵が混乱してる間に警察に負傷したSAT隊員と法務大臣を救出してもらうの。援護射撃よろしくね」


 米子はギアを入れてアクセルを握り込んだ。KLX250が高いエンジンを響かせて広場を走り、バスに近づいていく。

『バババババババババババババ』

米子はMP7のグリップを左手で掴むと銃を前に向けて一連射した。バスの側面に4.6×30mm弾が当たって火花が散る。敵が米子のバイクに気が付き、ミニミ軽機関銃の狙いを米子変えて撃ち始める。米子はMP7のグリップを離して上半身をタンクに着けるようにして姿勢を低くしてバイクを蛇行させる。バイクの周りの御影石で舗装された地面に弾丸が激しく着弾して鋭い音を立てる。

《ジュピター、バレットでエンジンに狙撃、3発撃って。ビーナスとマーキュリーはバスの窓に制圧射撃!》

米子がインカムで指示を出した。

「瑠美緯ちゃん、行くよ、米子の援護だよ!」

「了解です! 行きましょう!」

ミントと瑠美緯がバスに向かって姿勢を低くして速足で移動を開始した。

『ドンッ!』 『ドンッ!』 『ドンッ!』

腹に響くようなセミオートの12.7mm弾の発射音が連続して響いた。12.7mm弾はバスの後方のエンジンに突き刺さるように命中してエンジン内部のシリンダーを砕いた。ミントと瑠美緯がHK416Cをセミオートで連射する。5.56mm弾がミニミ軽機関銃を撃つ男達の窓付近に着弾し、男2人が車内に引っ込む。

《ジュピター、バレットの残りの弾と、HOUWAの全弾を燃料タンクに撃って》

《ジュピター了解》

『ドンッ!』 『ドンッ!』 『ドンッ!』 『ドンッ!』 『ドンッ!』 『ドンッ!』

『ドンッ!』

12.7mm弾が7発、燃料タンクに命中する。樹里維は俯せたまま肘で素早く移動し、HOUWA-M1500の銃床を肩に当ててスコープを覗き込む。

『バン』  『バン』  『バン』  『バン』  『バン』

樹里亜が素早くボルトを5回引いて射撃する。7.62mmの徹甲焼夷弾1発と徹甲弾4発が燃料タンクに命中した。徹甲焼夷弾の燃焼薬がタンク内の軽油に引火した。米子の予想通りバスの燃料は軽油なので爆発的な燃焼にはならなかったが、穴だらけになった燃料タンクから流れ落ちた地面の軽油に火が移って燃え始めた。


 《隊長よりC班とD班、E班へ。C班とD班は仲間の救護! E班は大臣を救出! 急げ!》

SAT隊員の4人組の3つの班が広場に駆け出す。広場に煙が漂い始める。

「バスを出せ!」

敵の1人が叫ぶ。運転席に座る男がエンジンを始動し、ギアを入れてアクセルを踏むが、エンジンが『ガガン ガガン』と異音を立て、バスはノッキングを起こしてエンジンが止まった。

《こちらビーナス、援護射撃のためマーキュリーと突撃してバスに接近する》

《マーズ了解、気を付けて!》


 米子はバスの手前10mでバイクを急停止させるとバイクを降りて背中に掛けていたHK416Cを構えると煙の流れる中をバスの乗降口に向かって走る。

ミントと瑠美緯もバスに向かって全力で突撃している。ミントの右斜め後ろ10mを瑠美緯が走るフォーメーションだ。瑠美緯を後ろにしたのは、足の速い瑠美緯を先頭にすると隊列が乱れるからだ。C班とD班の8人が倒れた仲間4人を素早く担架に乗せて立ち上がる。E班の2人が江川法務大臣を立ち上がらせると両側から肩を貸して走り出す。E班の他の2人はバスに向かってMP5をフルオートで射撃した。江川法務大臣は足を浮かせて運ばれている。バスの中の敵6人が窓から体を出してMP5をフルオートで米子に向かって撃ち始めた。バスの側面のオレンジ色の炎の勢いが激しくなる。ミントがバスまで20mの位置まで接近していた。瑠美緯はカバーするようにその10m後方だ。

『ビッ、パシッ』

『ガシッ』

「痛っ!」

米子は3発被弾した。2発の9mm弾はボディーアーマーで止まったが衝撃で肋骨にヒビが入った。1発はヘルメットに着けた透明なバイザーに当たり、着弾した場所にヒビが入り、白く濁った。弾丸のエネルギーを受け止めたバイザーとヘルメットの強い衝撃を首に感じた。

『バン』 『バン』 『バン』 

『ダン ダン ダン ダン ダン』 『ダン ダン ダン ダン』

樹里亜の撃つHOUWA-M1500が3人の敵を倒し、ミントと瑠美緯のセミオート射撃も敵3人を倒した。窓から撃っていた敵は沈黙した。バスの左側の炎が前方にも広がり始めた。

「おい、車が燃えだしたぞ!」

運転席の男が大きな声で叫んだ。

「まずいぞ、降りろ!」

奥でMP5を構えていた男が叫んだ。

「慌てるな! しっかり応戦しろ!」

後方の席に座る敵の指揮官が言った。黒煙がバスを包みだし、乗降口からバスの中に流れ込む。

『ダダダダダダダダダダダ』 『バババババババババババ』

米子は開いている乗降口のステップに飛び乗り、右手でHK416C、左手MP7をフルオートで射撃した。MP7で運転席にいた男を、HK416Cで奥の床に伏せていた3人を倒した。

《マーズより各位、敵を殲滅 撤収準備開始 みんな、援護射撃ありがとう》

広場の燃えるバスから黒い煙が空に登っていく。消防車のサイレンがいくつも近付いて来る。米子は左右の手の銃を下に向けてゆっくりとハイエースに向かって歩いた。ボディーアーマーとバイザー付のヘルメットを制服の上に着け、歩く姿はアニメのヒロインのようだった。ブルーのチェックのスカートが風になびいていた。


 「大臣、大丈夫ですか? もうすぐ救急隊が到着します。病院にお連れします」

荻野が芝生エリアで休んでいた江川法務大臣に声を掛ける。

「大丈夫よ、かなり驚いたけど、おかげで助かったわ。それよりあのオートバイに乗った隊員は誰なの? 女性だったわよね? 援護してた隊員も女性だったわ」

「あれは、その・・・・・・」

荻野が口ごもる。

「凄いじゃない! SATに女性隊員がいるなんて聞いてないわ。彼女を呼んできて。これこそ女性の社会進出よ! 男に負けてないわ。それにカッコ良かった。マスコミを集めて記者会見するのよ! 女性のSAT隊員がテロリストをやっつけたって」

江川法務大臣は興奮していた。江川法務大臣は『女性の権利を獲得する会』の役員で、日頃から女性差別を糾弾し、女性の社会進出を声高に訴えていた。

「あの女性は内閣情報統括の工作員です。しかも女子高生です」

「女子高生!? 内閣情報統括室? どういう事なの? 説明しなさい!」

「彼女達は我々と違う命令系統で動いています。失礼ですが、内閣情報統括室は法務省より格上です。内閣直轄の組織です」

「私も閣僚1人よ! でもまあ、たしかに法務省より格上だわね」

「この事は内密にして下さい。彼女達の存在は国家機密のようです」

「わかったわ。でも東郷総理に訊いてみるわ。内閣情報統括室、謎だらけね。でも凄いわ」


 広場では消防隊による消火作業が終了し、撤収作業が始まっていた。半径300mは立ち入り禁止で、マスコミも排除されている。都道402号線を低いエンジン音を響かせたバイクが走って来た。ハーレーダビットソンだ。クラシックスタイルのハーレーはハイエースの近くで停まった。革ジャンを着た大柄の男がバイクを降りた。

「パトちゃん遅いよ。もう終わったよ」

ミントが言った。

「くそっ、間に合わなかったか。今日は非番で家でゲームをやってたんだ。残念だぜ」

パトリックが悔しそうに言った。

「米子先輩、ボディーアーマーとバイザーに傷がありますけど、どうしたんですか?」

瑠美緯が訊いた。米子のボディーアーマーを覆う布が2カ所破れ、透明なアクリルのバイザーは着弾した部分にヒビが入り、その周りが白く濁っていた。

「撃たれたんだよ。3発もらった。でも9mm弾だから大丈夫だよ。肋骨にヒビが入っただけだよ。それにこのバイザー、厚くて重いけど有効だね。初めて顔を撃たれたよ」

米子が言った。

「ええー、大丈夫っすか? 病院行った方がいいですよ」

「鎮痛剤飲んだから大丈夫」

「米子、見て」

ミントが指で鼻を上に押し上げて口を大きく開け舌を出し、目を見開いて変顔をした。

「キャハハハ、痛い! ちょっとミントちゃん止めてよ、笑うと痛いよ」

米子が抗議する。

「大丈夫そうだね。やっぱり米子は不死身だよ。それにしても今回も米子は凄かったね。的確な戦闘指揮にバイクでの戦闘。相変わらずアクション映画みたいだよ」

ミントが言った。

「今回はみんなのおかげだよ。樹里亜ちゃんの狙撃とミントちゃんと瑠美緯ちゃんの援護射撃が無かったら無理だったよ」

「みんな凄かったよ~! 初めて見たけどマジびっくりしたね。ミーも参加したかった。ミーにも射撃や戦闘教えて下さいよ。一緒に戦いたいで~す! ライク ア ソルジャー! アイアム ブレーブ ガイ! 」

ジョージー山本が大きな声で言った。

「山本さん車の影でガタガタ震えてたじゃないですか。歯がガチガチ鳴ってましたよ。気が散りました」

樹里亜が言った。

「今回も米子先輩のバイク戦闘、カッコ良かったです、憧れるーー」

瑠美緯が目を潤ませて言った。

「だよねー、でも樹里亜ちゃんの狙撃も凄かったね。確実に腕を上げてるよね。名スナイパーだよ」

ミントが言った。

「バレットはさすがに反動が大きかったです。でも気持ち良かったです」

「みんなが羨ましいぜ! 俺も暴れたかったぜ」

「パトちゃんはゲームの中で暴れてればいいんだよ。体でかすぎなんだよ」


 「このクラシックなハーレーいいですね!」

米子がパトリックのハーレーを触りながら言った。

「米子ならきっと峰不二子より似合うぜ。バイカー達のアイドルになるぜ」

パトリックが言った。

「革ジャン持ってるんですよ。乗ろうかなぁ」

「君達、楽しそうだな。あんなに激しい戦闘の後なのに」

いつの間にか近くに来ていた五木警視が言った。

「まったく凄い戦闘力だ。よく訓練されている。バイクには驚いた。正直いって助かったよ。おかげで撃たれた隊員の救助が出来た。沢村さん、隊員に替わって礼を言わせてもらう」

荻野が米子に頭を下げた。

「私達は任務を遂行しただけです。そのために訓練を積んでます」

米子が言った。

「隊長さん、女子供だって強いでしょ?」

ミントが言った。

「ああ、強かった。認めざるを得ない。合同訓練をしたいくらいだ」

「武器を変えた方がいいよ。これいいでしょ。対物ライフルも使ったんだよ」

ミントが肩に掛けたHK416Cを指さして言った。

「アサルトライフルか。我々も一応何丁か持ってはいるが、警察はあまり殺傷力の高い武器は使えないんだ」

「これからは強力な敵が相手になるかもしれません。アサルトライフルや対物ライフルや場合によってはロケットランチャーの装備も必要です。市民を守るためです」

米子が言った。

「ああ、装備できるようになるといいな。君達が羨ましいよ」

荻野が言う。

「内閣情報統括室をよろしくね。仲良くしようよ、日本を守るためにね」

ミントが言った。

「そうしたいが、君達の存在は国家機密だろ」

五木警視が言った。

「だよねー、でも女子高生だよ、JKアサシン」

「覚えておこう」

五木がため息を付くように言った。



次回、いよいよ新キャラ登場!

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