Chapter9 『丸の内 ニセSATを潰せ 1/2』
Chapter9 『丸の内 ニセSATを潰せ 1/2』
17:00、米子とミントは新宿の応接室でテレビを観ていた。木崎も一緒だった。
『今日の午後1時頃、大手町の『経団協ビル』と霞が関の合同庁舎で爆発があり、ビル内の人間と通行人に大きな被害が出ました。経団協ビルは1階部分から5階までが被害を受け、大勢の死傷者が出ています。警視庁の発表では死者が20人以上出ている模様です。瓦礫の下にはまだ多くの犠牲者が埋まっているとの事で早い救助が求められています。本日、経団協ビルでは定例会議が開催されていました。負傷者の中には大手企業の経営者や各省庁の官僚も含まれているようです。また、合同庁舎では爆発と同時に毒性のあるガスが撒かれた模様です。被害状況の詳細はまだ分かっていませんが、大勢の犠牲者が出ている模様です。では現場から中継します』
木崎がテレビの音声をOFFにした。
「さっきからテレビもネットもこのニュースばっかりだよ」
ミントが言った。
「おそらくテロだろう。まだ未発表だが、霞が関で撒かれた毒性のガスは『イペリット』だ。大手町の爆発は液体爆薬らしい。どっちも日本の反社会組織が手に入れられる代物じゃない。国際的な組織の仕業だ」
木崎が説明した。
「もしかして『レッドフォックス』?」
ミントが驚いたように言う。
「おそらくそうだろうな。ついに始めやがった」
木崎が忌々しそうに言う。
「イペリットガスは厄介ですね。糜爛性なので吸い込むのはもちろん、皮膚に着いても危険です。肌が爛れ、後遺症も残ります。残留性が高く、ゴムへの浸透性も高いからゴムの防護服では防げません。第一次世界大戦から使われ始めて、今までに一番多くの命を奪った毒ガスとされてます」
米子が冷静に言った。
「映画で観た事があるよ。マスタードガスだよね。ガスを吸って苦しんでる兵士を味方の兵士が楽にしてあげる為に頭を撃って射殺するシーンが印象的だったよ。吸ったら助からないみたいだね。凄く苦しいみたいだし」
「ミントちゃんは戦争映画が好きなの? よく『映画で観たことがあるよ』って言ってるよね」
「戦争映画、好きなんだよね。ラブロマンスなんかよりよっぽど面白いよ。家にDVDがいっぱいあるから今度観せてあげるよ」
「じゃあ観にいくよ。お勧めは何?」
「『レマゲン鉄橋』だね。『戦争のはらわた』もいいよ。『Uボート』と『トラ・トラ・トラ』もお奨めだよ」
「随分渋いのを知ってるな」
木崎が口を挟む。
「最近は戦闘のリアルさで『プレイベートライアン』と『ブラックホークダウン』なんかが持てはやされけど、古い戦争映画でもいい作品がいっぱいあるよ。むしろCGとか使ってないから本物の戦車や戦闘機を使ってたりするんだよ。俳優も個性的で、ストーリー性もあるんだよね。最近の戦争映画はリアルを追求してばっかりで面白くないんだよ」
「詳しんだね。それはそうと、今回の事件のレッドフォックスの狙いは何なんですか?」
米子が訊いた。
「日本政府へ宣戦布告みたいな感じだな」
木崎が応える。
「宣戦布告ってレッドフックスはテロ組織だよね?」
「単純なテロリスト集団じゃない。中国、ロシア、北朝鮮などの国の先兵みたいなものだ」
「だったらその国に抗議するべきだよ!」
ミントが大きな声で言った。
「抗議しても関係を否定するだけだ。もちろん大いに関係ありだけどな」
「そんなのズルいよ! それじゃやったもん勝ちじゃん! 日本は平和憲法で戦争を放棄してるんだよ」
「そんなもの相手からしたら関係ない。昔から国家は騙し合い、隙を突いて攻め込みあっていたんだ。騙す事と騙されないために諜報機関が発達して来たんだ。今はとにかく隙を見せずに備えるしかないんだ」
「なんかもどかしいね。毒ガスを使うような相手なら攻撃して潰すべきだよ。でも警察じゃ難しいね」
「警察といえば、今週末に丸の内でSATの対テロ公開訓練がある。マスコミに公開して国民へのデモンストレーションを行う予定だ」
「ちょっと遅かったよね。もうテロ攻撃を受けちゃったじゃん。国民は不安だよ」
「確かに爆破テロには間に合わなかったが、デモは対テロ戦闘を行うから国民にアピールする意味はあるだろう。丁度いいから見学に行ってこい」
「SATの戦闘フォーメーションには興味があります」
米子が言った。
東京駅丸の内駅前広場に紺色のマクロバスが停まっていた。バスの後ろ20mにはレンガ造り東京駅が優雅な姿を見せていた。丸の内中央口は公開訓練のために閉鎖している。そのマイクロバスから右斜めに50m離れた左の芝生区画に紺色の戦闘服を着てヘルメットを被った警視庁のSAT隊員が7名しゃがんでいる。マイクロバスから左斜めに50m離れた芝生区画にはパイプ椅子に座った官僚の来賓や関連企業の招待客が座っている。その後ろでカメラを構えた立ち見のマスコミが20人ほど観覧していた。米子達はマイクロバスから100m離れた都道402号線と広場の境目で観覧していた。都道402号線はこのイベントのために通行止めとなっており、広場と道路を区切る着脱式の柵は撤去されていた。一般客も大勢集まって観覧している。
『これより警視庁のSATによる人質救出の公開訓練を行います。バスの中には銃を持ったテロリスト3名と人質5人が乗っています。銃声と爆発音がします』
広場の隅に置かれたスピーカーから女性の声が響く。
「始まるね、参考になるといいね」
ミントが言った。
「SATの訓練は興味があるけど、あくまでも人質優先だよね。私達とは方向性が違うよね」
米子が言った。
芝生区画に待機していた7人のSAT隊員のうち3人がマイクロバスの前方に向かって走り出した。
『パン』 『パン』 『パン パン』
マイクロバスの窓からテロリストに扮した警官2人がAK47アサルトライフルのプロップガン(映画等の撮影用の銃)をセミオートで撃つ。
『パン パン パン』 「パン パン パン』 『パン パン パン』
3人のSAT隊員はマイクバスの左斜め前に展開してMP5で反撃した。MP5は本物で弾丸の9mm弾は空砲だった。
『SAT隊員が突撃して銃撃戦になりました』
広場に女性のアナウンスの声が響く。
テロリストとSAT隊員の銃撃戦が続く。残っていたSAT隊員4人が2組に分かれて行動を開始する。1組はバスの後方へ。もう一組はマイクロバスの前方の乗降口に姿勢を低くした駆け足で接近する。後方に接近した1人がジャンプしてハンマーでバスの窓ガラスを割った。もう1人隊員がすかさず割れた窓にフラッシュバン(音響閃光手榴弾)を投げ込んでしゃがんだ。来賓と一般客が見守る。
『ドーーーーン!!』 『ズドーーーーーーン!!』
バスの中で2回爆発が起き、ガラスが割れて破片が外側に吹き飛ぶ。大きな爆発音と衝撃波に来賓席と一般客から悲鳴が上がる。誰もが訓練にしては爆発が大きいと感じた。
「あれ本物の手榴弾だよ! 演習用のフラッシュバンじゃないよ!」
ミントが叫ぶように言った。
「あの爆発は破片手榴弾と攻撃型手榴弾だよ。おそらく中の犯人役と人質役の人は死亡だよ。狭い空間で2発も爆発したら助からないよ」
米子が冷静に言った。
通行止めになっている都道402号線を大型バスが有楽町方面から猛スピードで走って来て右折する。一般客が悲鳴を上げながらバスから逃げる。バスは駅前広場に侵入し、マイクロバスの横に急停止した。
「何!? 犯行グループの仲間!?」
ミントが驚きの声を上げる。
大型バスの前の乗降口開いた。招待客席を警護していた機動隊4人が座っていた女性の来賓の1人の腕を掴んで引っ張った。女は50代のショートカットアヘで、薄いピンクベージュのツーピースだった。女性は法務大臣の江川洋子だ。
「やめて! やめなさい! あなた達は誰!」
江川法務大臣が叫ぶ。
腕を摑まれた江川法務大臣が4人の機動隊員に体を掴まれ、引きずられるようにして歩く。
「お前ら何やってるんだ!」 「やめろ!」 「君達は警察だろ?」
マスコミや他の招待客から怒号が沸き起こる。
『パン パン』
機動隊の1人が威嚇のために空に向かってリボルバーのニューナンブ拳銃を発砲する。江川法務大臣は大型バスに押し込まれた。デモの銃撃戦をしていたSAT隊員と手榴弾を投げ込んだSAT隊員達が大型バスの前に並んで銃のマガジンを実弾が入った物に交換している。
『2時間以内に福山官房長官と石橋防衛大臣を連れて来い。連れて来ないと法務大臣の命は無いぞ! いいか2時間以内だ!』
大型バスの窓から黒い戦闘服を着た男が拡声器を使って叫んだ。会場がざわめく。
「これって演習じゃないよね!? 人質事件だよ!」
ミントが大きな声で言った。
「ミントちゃん、銃持ってる?」
「持ってないよ。警察が大勢いる場所だから持ってこなかったよ」
「私も家に置いてきたよ。事務所に連絡して持って来てもらおう」
「米子、どうするつもりなの?」
「きっと木崎さんから指令が来るよ。そんな予感がするの」
米子はスマートフォンを取り出すと事務所に電話を掛けた・
『はい、ニコニコ企画でございます』
ジョージ山本が電話に出た。
『米子です』
『おー、沢村さん、どうしたんですか?』
『今、事務所に誰がいますか?』
『樹里亜ちゃんと瑠美緯ちゃんがいるけど、樹里亜ちゃんは弁当を買いに外出してます』
『じゃあ瑠美緯ちゃんに変わって下さい』
『米子先輩どうしたんすか? SATの公開訓練の見学してるんですよね? 私も行きたかったです』
『瑠美緯ちゃん、現場までバイクと銃を持ってきて。私とミントちゃんの分をお願い。倉庫室にこの前使ったHK416Cがあるはず』
『わかりました。でも木崎さんが居ないんですけど、どうしますか? 許可が必要ですよね?』
『私から連絡しておくおから大丈夫だよ』
『わっかりました! 米子先輩の役に立てるのなら嬉しいです、樹里亜先輩と秒で行きます』
東京駅丸の内駅前広場は騒然となっている。カメラを持ったマスコミが走りまわっている。警察車両も次々に集まり、機動隊員と本物SAT隊員が到着し、大型バスとマイクロバスを70mの距離で包囲し始めた。機動隊員が招待客と一般客に避難を促す。米子とミントはIDカード見せてその場に留まった。
犯行グループは福山官房長官を連れて来るように要求するだけで事態の進展は無かった。マスコミの中継車両が広場の横に何台も停まり、レポーターがテレビカメラに向かってレポートしている。米子のスマートフォンが振動した。
『木崎だ、着信履歴を見て掛け直した。今、丸の内か? 本部からも連絡があった。たいへんな事になってるみたいだな』
『そうです、現場にいます』
『犯行グループを殲滅しろ、武器は樹里亜か瑠美緯に運ばせる』
『武器はすでに瑠美緯ちゃんに頼んでます。殲滅っていっても人質がいます。それに警察やマスコミに一般人が大勢います』
『マスコミと一般人は退去させる。警察は緘口令を引くから大丈夫だ』
『ここには機動隊とSATがいます。警察の仕事じゃないんですか?』
『人質がいる以上警察は手出しできない。だがお前達は違う。人質の命には構わなくていいから犯行グループを全員殺るんだ。事後の事は心配するな。上層部が何とかする』
『人質の命は考えなくていいんですか? 法務大臣ですよ』
『かまわん。犯行グループの殲滅が優先だ』
黒いハイエースとオフロードバイクが402号線に姿を現したが、広場の手前で警官に囲まれている。しばらくすると動き出して米子達の近くに停車した。ハイエースのドアが開いて樹里亜とジョージ山本が降り、バイクを降りた瑠美緯が駆け寄って来た。
「米子先輩、銃を持ってきました~」
瑠美緯は背中の大きなリュックを開けて銃を取り出し、地面に並べた。HK416C3丁、SIGーP226を2丁、MP7が一丁と各種の実弾の入った弾倉だった。
「ボディーアーマーと防弾縦と防弾バイザー付ヘルメットを持って来ました。警官の制止もIDカードと指令書を見せてらすぐに解除されました。この組織凄いですね!」
ジョージ山本が興奮して言った。
「P226か、最近のよく使ってるから良かったよ」
ミントが言った。
「私はP229の357SIG弾がいいけど、たまには9mm弾もいいかもね」
米子は普段、357仕様のSIG-P229を使っている。米子とミントと瑠美緯はハイエースの影で犯行グループに見えないように制服の上にボディーアーマーを着け、透明で厚い防弾バイザー付きのヘルメットを被った。ボディーアーマーもヘルメットも紺色だ。
「山本さん、それ貸して下さい」
米子が双眼鏡を使ってバスを見ているジョージ山本に言った。
「どうぞ。しかし間近で戦闘を見るのは始めてだ。頑張って下さいね」
「大丈夫だよ。私も米子も百戦錬磨だよ」
ミントが言った。
「向こうはMP5か。9mm弾だね。このボディーアーマーはレベル4だから有効だよ」
双眼鏡を覗きながら米子が言った。
「向こうもボディーアーマー付けてるけど、こっちはライフル弾だから楽勝だよ。数では負けてるけどね」
ミントが言った。
「私が狙撃で援護しますから大丈夫です。それに今回はバレットも持って来ました。新装備です」
樹里亜がHOUWA‐M1500狙撃ライフルをケースから取り出しながら言った。
「バレット!? そりゃ凄いね 戦争映画みたいだよ」
ミントが喜びの声を上げる。
「じゃあバレットも準備しますね」
樹里亜がハイエースーの荷室からバレットM82を降ろした。目がギラギラ輝いている。
「大きいねえ。さすが対物ライフルだよ」
バレットM82は50口径の12.7mm弾を撃てる対物ライフで、全長は1m48cmで重量は12.9Kg。有効射程は2000mである。12.7mm弾のエネルギーは約17000J(ジュール)で9mmパラベラム弾の30倍以上で、5.56mmライフル弾の10倍のエネルギーである。装弾数10発のセミオート対物ライフルだ。大型バスにはニセ機動隊4人とその他の犯行メンバーが3人に人質の江川法務大臣が乗っている。そのバスの周りにニセSAT隊員が7人銃を構えて立っている。
本物のSAT隊員の集まりから2人が歩いて米子達に近寄って来た。1人はスーツ姿で、もう1人はタクティカルな戦闘服と装備を身に着けたSAT隊員だった。
「現場の総括責任者の五木警視だ。君達は内閣情報統括室だな。たった今上から連絡があった。責任者は誰だ?」
スーツ姿の五木が言った。
「責任者の木崎は出張中ですが現場指揮は私が執るように言われてます」
米子が答えた。
「私はSATの隊長の荻野だ。現場指揮って、君がか? 君はどういう立場なんだ? まだ未成年だろ? 遊びじゃないんだぞ!」
「18歳です。成人です」
米子は財布からIDカードを取り出した。ジョージ山本も指令書を差し出した。荻野が携帯無線でIDカードの番号と指令署の内容を仲間に伝える。車両に搭載した方面系の無線で照会センターに問いあわせるためだ。
「何で制服姿なんだ?」
五木が訊いた。
「女子高生だからだよ。今日は対テロの公開訓練を見学に来たんだけど、おかし事になって驚いてたら、上司から指令があったんだよ」
ミントが言った。
「危険だから下がるんだ。その武器は本物なのか?」
荻野が言う。
「本物です。あなた達の装備より優秀です。敵もボディーアーマーを装着してます。9mm弾のMP5同士の撃ち合いでは中々決着が付かないでしょう。私達は5.56mmのアサルトライフルです。狙撃銃もあります。戦闘訓練も積んでます」
「我々も狙撃隊を近くに2班配置した。これから犯行グループと交渉して、場合によっては突入する。ここは女子供の来る所じゃないんだ! 女子高生だって? ふざけるな!」
荻野が大きな声で言う。
「ポリコレ違反だよ! 女子供だって強い者は強いんだよ!」
ミントが負けずに大きな声で言った。
「それより、人質の命より犯行グループの殲滅が優先だと聞きましたが間違いないですよね?」
米子が訊いた。
「うっ、そこまで知ってるのか。だが我々は人質の命を最優先にする。とにかく君達は下がるんだ」
五木が言う。
「私達は犯行グループを殲滅するよう命令を受けてます。下がれと言うなら内閣情報統括室の管理官と話して下さい」
米子はスマートフォンを取り出して内閣情報統括管理室に電話を掛けようとした。
「総括、照会センターに確認が取れました。こいつらは間違いなく内閣情報統括管理室の工作員のようです。連携するように指示が出ています」
荻野が言った。
「そうか。いざという時には手伝ってもらうか」
五木が言った。
「くそっ。まあいい、現場は我々が仕切るから君達はこっちの指示に従ってくれ。突入の時は援護を頼むかもしれん。連携用の無線機と方面系の受令機だ。ONにしてずっと聴いとくんだ」
荻野が携帯無線機と受令機を米子に渡した。
「突入はこっちのタイミングで判断します」
米子が言った。
「勝手にしろ! もしもの時の責任は内閣情報統括管理室に取ってもらうからな!」
荻野が言った。
「それは上同士で話し合って下さい。私達は駒です。それより突入部隊は目立つベストかタスキを着けて下さい。敵と同じ恰好なんで誤射の可能性があります」
米子が言った。
「そんな事、言われなくてもわかってる!」
荻野が怒った声で言った。
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