四分の二

 放課後、翡依の発案でわたしの家に来て遊ぶことになった。

 律月といちなは用事らしいので、今日は二人きり。


「なんか、翡依がうちに来るのって久々だね」

「……確かに」

 具体的にいつが最後だったか覚えてないけど、前に来た時はお姉ちゃんがまだ家にいたので、数年は経ってる。

 余談。わたしには4つ上のお姉ちゃんがいる。大学進学と同時に一人暮らしをした。……といっても、そんなに遠くじゃないから週に1回くらいで帰ってくるけど。余談終わり。


「……小博の部屋が広くなってる」

 ……お姉ちゃんが家を出たので、半分共用だったわたしの部屋も一人前になったのだ。ちなみに、お姉ちゃんは普通に自分の部屋もあったので1.5部屋使ってた。理不尽な。


「ようやくね」

「……寂しい?」

「あんまり、しょっちゅう顔見てるし」

 まあ、ペットボトルとか開かないときに不便かな、と付け足す。

 ……なんか余計寂しそうに思われた気がする。


「とりあえず、何しよっか?」

 何、って言ってもゲームぐらいしかないけど。ゲームならいっぱいある、ともいう。インディーズからパーティゲーム、インディーズのパーティゲームまで幅広く。……なんかあんまり広そうに聞こえないな。


「私の作ったゲーム、やって欲しい」

「了解、Web? スマホ?」

「スマホ。いつも通り、これでやって」

 翡依がスマホを取り出す。だいたい、翡依の作ったスマホゲームをやる時はこんなふうにスマホごと渡される。なんか色々大変だから、とのこと。

 本人は別のを使ってるし、この前持ってたのは音楽プレイヤー用って言ってた。はたして何台持っているのだろうか……。


「どのアイコン?」

「とりあえず、手のひらの、指が5本開いてるやつ」

 翡依は画面上のアイコンを指差す。翡依の言い方的に、じゃんけんのパーではないんだろうか……?

 言われた通りアイコンをタップしてゲームを起動する。

「今回は、4つのミニゲーム集」

「だから、とりあえず、なんだ」

 翡依が頷く。


「アイコンも、とりあえずのやつ? それとも、なんか意味あるやつ?」

 翡依が無言で拳を突き出し、手を開いた。

たなごころ

 また最近なんか漫画読んだな。これ。

 ……誤魔化されたような気がするけど、一旦置いておこう。


 ゲームを起動すると、サイバーな感じの雰囲気と同時にタイトルロゴが降ってきた。タイトルはSTGらしい。シューティングゲームのことなのか……?

 どこかレトロな雰囲気があり、なんというか、時代を感じる。

 わたしは最近の昔のゲームから最近のゲームまで幅広くやるタイプだけど、翡依はちょっと前のゲーム中心。昔から家にあったから、らしい。

 ということもあって、翡依の作るゲームはこういうレトロな雰囲気の時が多い。ただ、ドット絵にすると律月にイラストを作ってもらえないから、雰囲気だけレトロらしい。


「これって、画面ポチポチ押してればいいの?」

「うん、軽い説明が出るはず」

「あっ、ほんとだ」

 ポチポチ押してたら説明が出た。ミニゲーム集の一つ目はシューティングゲームらしい。やっぱり。マス目で区切られた画面をフリックで移動、タップで攻撃、長押しでワープ。

 で、避けながら降ってくる金色のパネルを集めるのが目的、と。ルールはシンプルだけど、操作感が独特かも。

 説明が終わるとカウントダウンが始まり、0になると画面が動き出した。


「ちょっと翡依」

 ゲームを一旦止めて翡依の方を見る。翡依はこっちから目線を逸らして知らないふりをしてる。

「……これ、自機」

「このキャラ、可愛いよね」

 わたしの不平を上から潰しにくる。食い気味に。

「いや、これ、わたし……」

「私、この子大好き」

 ……あ、ありがとう。じゃなくて!

 操作キャラがわたしの画像なんですけど!?


「……愛着湧くかなって」

「感情移入はできるけどね!?」

 イラストとかならまだしも、写真だし。全然身に覚えのない。丁寧に背景透過までして。


「小博の敵は思い浮かばなかったから彼方から弾が飛んでくるようにした、頑張って避けて」

「……敵がいないなら弾を打てる意味なくない?」

 翡依の答えは沈黙だった。タップで攻撃だから移動するたびに弾は出てる。そもそも、わたしはどっから弾を出してるんだこれ。


 とりあえずゲームを続ける。予想通り、操作感が独特ではあるけど、自機のほうが独特なのでそんなに気にならない。

 しばらく弾を避けていると、金色の「二」と書かれたパネルが降ってきた。これを揃えればいいっぽい。


「ちなみにそのパネルにいっぱい攻撃すると壊れるよ」

 ……わたしの攻撃には不利益しかないらしい。あんまり攻撃はしないようにしよう。元からしてないけど。


「あっ」

『いたっ』

 パネルに攻撃しないように移動してたら被弾してしまった。というか、そんなことより。

「……これ、誰の声?」

「いっちー。小博の被弾ボイスが欲しいって言ったら数分でりっきーの分と一緒に送られてきた。りっきーの方は似てなかったので」

 わたしの知らないところでわたしの被弾ボイスオーディションが行われてた。……何で?


「あとで律月の聴かせて、あと翡依の」

「うん、小博の被弾ボイスも聴きたい」

 ……もしかして、わたしこれからダメージ与えられる? もうすでに精神ダメージは受けてる気がするけど。


「これって残機制?」

 被弾させられる前に話を変える。

「うん、右上に書いてある。このゲームはしっぱいすると のこりの小博のかずが ひとりへるんだ」

 残機の単位にされてる。わたしは一人しかいないんですけど。


 操作に慣れてきて、パネルも4つほど取った。丸とひらがなの「く」と横棒と「川」。模様に意味があるかはわからないけど。ここまで失ったわたしの数はまだ1つ。まだあと二人のわたしが残っている。……わたしは一人しかいないんですけど。


「ちなみにパネルはあと1個」

 今のところ順調だけど、画面上の弾の数は初めに比べてすごく多い。我ながら良く避けているなあ。二つの意味で。

「……あっ、出てきた」

 パネルにはなんかくねっとした記号が書いてある。数学で見た気がする集合の、Uを右に倒した感じのやつ。


『ぐわっ』

 被弾したものの、復活時に付いていた無敵時間でパネルをゲットする。……今被弾ボイス違くなかった?

「おー。一発クリア。結構難しめにしたと思ったけど」

 実際、難易度は高かった。けど、自機が自機だし、被弾ボイスが被弾ボイスなので、なんとか一発クリアできてよかった。


 ……パネルを全部集めると、わたしの画像が光り出し、画面にあいことばが表示された。

「……演出は置いといて、あいことば 2?」

「うん。あいことばを4つ集めて謎を解くのが今回の目的……。だけど、あと3つはまだ完成じゃないから後日で……」

「りょーかい」

 そんなこんなで、翡依のゲームを終え、その後は他のゲームをやったりして過ごした。ちなみに律月のダメージボイスは本当に似てなかった。なんというか、カラスが段差から転けたような音。「ぐゎ」って感じ。


★★★★★――――――――――


 小博にゲームを遊んでもらった翌日。私と小博は普段通り、授業を受けていた。教科は数学。昨日ほどじゃないけど、今日も結構作業してたので眠い。

 昨日は何事もなく終わってよかった。結果的にバグというバグは出なかったし。ちゃんと、小博がクリアできる難易度になってたし。まさか一発とは思わなかったけど。やっぱり、小博はゲーム上手い。


 半分眠気まなこだった今朝の通学時のハイライトは、ひたすらりっきーに被弾ボイスを出させようとするいっちーと小博。あと私。そういえば小博は段差につまづいて天然モノの被弾ボイスを出してた。正解は「ひゃぴっ」だった。やっぱり天然モノが一番。怪我してなさそうでよかった。


 授業は演習の時間になり、クラスは静寂に包まれている。……端的に言えば、眠くなりそう。

 前方の小博の様子を見る。絶対に演習を解いている手の動きではない。多分絵を描いている。何を描いているのかはここからは見えないけど、動きを見る感じトゲトゲしてる。まあ、小博のことだから演習は解き終わってると思う。私と違って真面目だし。最前列でお絵描きはしてるけど。


 そうこうしてるうちに先生が演習の解答者を指名し始める。……指名されないかな。指名されたら、小博が何を描いているのか見に行ける。まあ、私はまだ問題解いてないけど、多分なんとかなるだろう。


「じゃあ問4は……怙嶋」

 らっきー。いや、普段ならあんらっきーなんだけど。今回だけ。

 問題を解きに黒板に向かう。ついでに小博のノートを見る。なんか羊みたいなのだった。でもトゲトゲはしてた。なんだったんだろう。


「……小博、ここ、これであってる?」

「……! 、えっ? 多分…?」

 黒板周辺は解答に来た人達でざわざわしてたので、ついでに小博に聞いてみた。下を向いて絵を描いてたから、すごいピクってなってたけど。

 ……わるいことを思いついたから、あとで小博にノートを写させてもらおう。報酬はグミか飴か、変わった飲み物とかでも喜ぶけど。この前はお茶コーラを飲んでた。その前はメロンパンサイダー。ご当地サイダーを常飲してるのはかなり変わってる気がする。


 解答を終えて、席に戻る。小博は絵を描く手を一旦止め、自身の解答と黒板の解答を見比べてる。真面目だ。

 幸い、私の解答は合っていたみたいで、それ以上先生から何か言われることはなかった。これでこの授業中はもう当てられないだろう。安心。


 ぼーっとしながら小博を見て過ごしていると、次の演習になった。どうやら今度は小博が先生に指名され、前に出て解答することになったようだ。

 小博が席を立ったので、小博のノートを見る。……なんだろう、遠目だから詳しくはわからないけど羊の他にも2、3匹の動物がいるように見える。……たぶん近くに寄ってもわからない。おそらくアートの一種だろう。


 解答を終えた小博が席に戻る。小博の字は小さくて可愛らしい感じ、まあ私の席からは見えるので問題ない。きっと後ろの方の人は見るのが大変だろうけど。

 小博の解答を先生が解説する。どうやら計算ミスがあったようで、小博はノートに書いてある自身の解答を直していた。

 授業の終了のチャイムが鳴る。小博が最後の問題の担当だったこともあり、私が小博の席に行く頃もまだ修正は続いていた。


「……終わった?」

「あとちょっと」

 小博が顔を下ろしながら答える。

「さっきの授業、聞き逃したところがあるのでノート借りたい」

「…えっ?」

 怪しまれたか。まあ、私が休んでもないのに小博に数学のノート借りることは珍しい。日本史とか世界史は良く借りる。気づいたら単語だけメモして意味のわからないノートが完成しているので。

「まあ、いいけど」

「ありがとう。あとで飴ちゃんあげる」

「……西の人?」

 西の人への偏見でもあるのだろうか。


――――――――――


 先日翡依が言ってたゲームの続きが完成したらしいので、またわたしの部屋に来ていた。

 前回と同様、いちなと律月はまた用事らしい。なんかあやしいけど、まあ聞いても誤魔化されるだけだろうし、いっか。


「本日はお足元の悪い中お集まりいただきありがとうございます」

「ぜんぜん快晴だったけど」

 しかも集まってるのはわたしの部屋だし。

「この前転びそうになってたし、てっきり」

 反撃された。あれは前にいた律月の髪をぼーっと見てたらうっかり躓いただけなので、道は悪くない。なんか左右に規則的に揺れてて面白かったから、つい。


「で、やるんでしょ、続き」

 強引に話を変える。これ以上この話題は危険だ。

「うん、今回もスマホで、おんなじように」

 翡依がまたスマホを渡す。今度は指を一本立てたアイコンらしい。なにか意味がありそうな気もするけど、考えるのは全部揃ってからでいっか。


「じゃあやるね」

 ゲームを起動すると、なんだか森林チックな背景にタイトルロゴが光っている。タイトルはACT。アクションゲーム、ということだろうか。

「例によって、ポチポチ押していただければ、道は開けるだろう」

 雑なお告げに従って進める。

 やっぱり二つ目はアクションゲームっぽくて、その中でも最もベーシックな、横スクロールアクションのようだった。操作方法も、画面上に十字キーをタップで移動。Aボタンでジャンプ。Bボタンでダッシュ。

 要するにマリオと一緒。極めてシンプル。シューティングゲームのときは何枚かあった説明も、今回は一枚だけだった。


「……翡依」

 画面をタップしてゲームを始める。今度はカウントダウンはなく、いきなり始まった。

「例によって自機がわたしの画像なのはいいとして」

「うん」

 良くはないけど。シューティングの時と画像違うし。

「……このためにノート借りた?」

 画面右端から、わたしが数学の授業中に描いていた羊が歩いてくる。……貸す前に消したはずなんだけど。

「……偶然、映り込みの範囲内、著作権は適用され……」

 絶対されるでしょ。切り抜いてるんだから。いや、権利的な問題じゃないけど。


「もうっ」

 呆れ6割、恥ずかしさ4割くらいで翡依に訴える。権利的な話じゃなくて。こんなことなら別の紙に描いておけば良かった。……描かない、っていう選択肢はない。だってあの授業は問題解き終わったら暇だもん。

「……可愛いかな、って思ったから、主役に抜擢した。可愛かったので目標達成」

 翡依がこっちを見ながらなんか言ってる。

「……ちゃんと他のみんなも小博と同じのを書いた。楽しみにしておいて」

 わたしだけ授業中の落書きを晒されたんだけど。……とりあえず目の前の羊を飛び越えて先に進む。踏みつけるのはなんか抵抗あるし。


「あっ、踏まなかった」

 踏んだら何かあったのだろうか……。

 次現れたら踏もう。制作時間3分の羊に対する愛着よりもゲーム好きのSaGa優先。


「……なんかハリネズミ出てきたんだけど」

「……私といっちーとりっきーには画像だけ渡してなんの動物かは言ってない」

 もしかして、暗に羊に見えないって言われた!? あんなに毛がフワフワしててツノも生えてたのに。なんか翡依はちゃっかり自分も加えてるし。どっからどう見ても羊でしょ。


「少なくとも律月でないことはわかるけど、これどっち? いや、いちなか」

 絶対いじり半分でハリネズミに寄せた。多分悪い顔してる。明日会ったら羊描いてもらおっと。

「正解、ちなみに踏んだら残機残りの小博を失うから、気をつけて」

 見た目通りのトゲトゲ判定だった。……わたしの羊を踏んだらどうなってたんだろう。


 そのままステージを進めると、いかにもゴールっぽい旗が現れた。1−1クリアらしい。

 わたしの羊が現れたのは最初だけで、あとは大体いちなのハリネズミだった。翡依と律月の羊は温存か……。


 1−2はセオリー通り? 地下ステージだった。開始早々、土管に入り地下に行く。このゲーム、グラフィック以外は極めて王道みたい。

 開始早々、見たことのない羊が羊の絵文字を投げて来た。おそらく翡依の羊だろう。地下の狭さで羊を投げられると避けるのは大変だ。羊は投げないでほしい。


ヒツジブロスこの羊、避けられないんだけど」

「このゲーム。下、右下、右で波動が出るよ」

 ……翡依の言ったコマンドを入力すると、自機(わたし)がエネルギー弾のようなものを右側に発射する。


「説明に書いてあったっけ?」

「思いつきで足したから更新するの忘れてた、てへぺろ」

 どうりで説明が短いと思ったら。色々試してみたけど、出るのは波動拳だけみたい。……しかもすごい出しにくい。さっきボタンを離した時に出たから、初代のコマンド仕様の可能性が高い。


「……ふぅ」

 なんだかんだ、1−2、1−3、1−4をクリアした。どうやら1−4の次は2−1ではなく1−5らしい。……ゲームオーバーになったらおそらく最初からっぽい。大変そう。ちなみにわたしの羊は最初以外出てない。ずっとハリネズミとヒツジブロス。


「順調だね、小博」

「まあ、波動拳以外は普通のマリオだし」

 ……普通、とは言っても1−3では水中ステージなのにヒツジブロスが羊を投げて来たり、大量のハリネズミが浮かんでたりしたけど。もはやハリネズミというかウニ。


「ちなみに1−5で最後、よろしく」

 だったらステージ名が1−5じゃなくてステージ5でいいんじゃと思ったけど、気にしないことにする。そのうち増えるかもだし。


 1−5に進むと、画面が暗転して、なんかアドベンチャーみたいなセリフ枠が表示された。なにこれ。

 画面にはわたしの描いた羊が出てきて『アノトキノ ヒツジ デス アナタノ サイキョーノ スケット』と喋っている。なにこれ。

 良くわからないがそのまま進めていると、羊に乗ってシューティングし始めた。わたしが羊に乗ってる画像なんてないはずなのに。


「シューティング始まったんだけど」

「やっぱり最後はシューティングかなって」

 ……1個目のゲームもシューティングだったんだけど、まあいっか。前のは縦シューティングで、今回は横シューティングだし。


「ちなみに、最初に羊を踏んでたら?」

「……ふふっ」

「……あと翡依、ボタンを押しても弾が出ないんだけどもしかして」

 翡依がこちらの方を見てまた口角を少し上げる。

 予感が間違っていてほしいと思いながら、波動拳コマンドを入力する。

「……ああ」

 全てを理解して覚悟を決める。通りで1−5までしかないと思った。おそらく、やり直し前提だろう。


 そこから、3回ほど最初からやり直し、なんとか最後のボスまで辿りついた。1−5でリスタートさせて欲しい。

「すごい仰々しい悪魔みたいなの出てきた」

「りっきー曰く、サタン? だって」

「ヤギじゃん」

 わざとか素で間違えたかわたしの絵がヤギに見えたかわからないけど、律月なら多分うっかり。

 律月のヤギは登場するなり、ヤギの絵文字を投げてきた。


「行動パターンが結局ヒツジブロスと大差ないんだけど」

「ヤギビームも打ってくるよ」

 翡依が言うなり、ヤギの絵文字が虹を出しながら突進してきた。前にネコがおんなじようなの感じで虹を出しているのをインターネットで見た。たぶんオマージュ。もしくはパロディ。


「……小博、うまいね」

「自分でもびっくりしてる」

 ヤギブロスの攻撃を避けながら着々と波動拳を当てる。どうやらわたしは波動拳を打ちながらシューティングするスキルがあるみたい。正直いらない。


「あっ、倒した」

 意外にもあっさりヤギブロスの討伐に成功した。操作が大変すぎたので、なんかちょっとだけ達成感がある。悔しいけど。

「……翡依、言っていい?」

 クリアするまで言わなかったこと。

 翡依も絶対わかっててやってるけど、一応、開発者の目の前だし。

「いいよ」

「ク……バカゲーじゃない? このシューティング部分」

「うん。小博、こういうのも好きかと思って」

「……」

 ……バレてた。

 わたし、こういう、バグで進行できないとかじゃないタイプの変わったゲーム、好き。多分、変なゲームを買ってきては投げ出すお姉ちゃんのせいだと思うけど。


「あいことば……6?」

「おめでとう、これで折り返し」

「そっか、もう半分か」

 最初のあいことばが「2」で、次が「6」……。もしかしたら4桁の数字とかかな。


「今日はこの後何する? 三つ目はまだだよね?」

「うん、小博に任せる」

「じゃあ、お姉ちゃんの残していったゲームでもしよう」

 要するにそういうゲーム(一般的に面白いとされないゲーム)ってことだけど。まあ、翡依もたぶんわたしと一緒で好きだろう。勘だけど。


――――――――――


 翡依が帰ったあと、ふと、昔のことを思い出した。

 翡依が、わたしたちがゲームを作り始めた頃。最初は確か脱出ゲームだった。題材は、翡依の家からの脱出。

 翡依の両親に向けた、わたしたち四人で作ったゲーム。


 思春期真っ盛りのいちながシナリオで、絵を描くのが好きな中学生の律月がイラスト、パソコンが得意な翡依がほか全部、のオールスターチームで挑んだのが、記憶に新しい。

 わたしは一応は翡依と一緒にほかの部分をやってたけど、翡依本人の希望で、一人でやりたいという部分もあったので、お菓子とか作ってた。あとテストプレイと応援と……。し、進捗管理とかもした! わたしたち“四人”で作ったゲーム!!


 きっかけは、当時、いつもの公園で、翡依が中学受験したくないと泣きそうな声で訴えてきたこと。

 そこから、誰の発案だったかは忘れたけど、翡依の両親に向けてゲームを作ることになった。なんか、そっちの方が直接言うよりも複雑な気持ちが伝わる、とかいう理由だった気がする。今考えると、なんていうか、若気の至りみたいな感じはする。


 そのゲーム自体は闇に葬られたけど、翡依の両親はなにかに納得したみたいで、翡依はわたしや律月、いちなと同じ中学校に通うことになった。

 ちょっと前にわたしのお母さんが、翡依のお母さんとあのゲームの話をしたって言ってた。データもまだ持ってるらしい。保護者ネットワークは時間が進むのが遅い……。なんと恐ろしい……。


 で、負けず嫌い二人がクオリティに納得できなかったし、みんなやってて楽しかったから定期的にゲームを作ることになった。

 ただ、翡依の作るペースが異常だから、全部みんな一緒にってわけじゃなくて、たまに、だけど。


 思い出していて気づいたけど、今回の翡依のゲームは、なんというか、いつもと違うパターンな気がする。

 自機がわたしの画像なのもそうだけど、いつもはもうちょっと一般的な感じ。それに、だいたい完成前にテストを頼まれるし。……気のせいかもしれないけど。

 もしかしたら、翡依なりに何かを意識してる点とかがあるのかもしれないので、4つクリアしたら聞いてみようと思った。


――――――――――


 数日後、わたしと翡依は体育の授業でテニスに勤しんでいた。……厳密には、さっきまでは勤しんでいたけど、今はコートが空くまで翡依とダラダラしてる。

「おつかれだね、翡依」

「……いま、ケガ率55%ぐらいの体力」

 翡依はだいぶ息が上がってた。さっき無事にわたしとのシングルスを終えられたのは、相当運が良かったらしい。


「そういえば、サーブ上手かったじゃん」

「私、初球○だから」

「いい特殊能力持ってるね」

 今日の翡依はパワプロの世界観で生きてる。変な博士に改造されないように祈っておこう。翡依なら改造されても成功しそうだけど。


「イメトレの成果が出た」

 絶対前にハマってたテニスの漫画の話だ。ツイストサーブ。わたしにはわかる。……ここでイメトレで終わるのが翡依。実際に練習するのが律月といちな。


「小博は意外と運動神経いい」

「そんなでもないけど……」


 小学生の頃、ゲームを作りはじめる前、わたし達はいろんなことをして遊んでた。わたしの運動神経が培われたとしたら、たぶんそこ。

 当時はインドアの遊びからアウトドアの遊びまで幅広く。お母さんから貰ったプロフィール帳とか折り紙とか。あと、意外にもいつもの公園、東雲公園は当時、球技で遊んでも良かったので、キャッチボールとか、サッカーとか。


「昔から小博は、スポーツとゲームならだいたいのことはできちゃうタイプだった。少なくともオールCはある。パワーはGに下がったけど」

 あんまり実感のない褒められ方をしている気がする。わたし、もしかして小学校の頃の方がパワーあったと思われてる?

「翡依だってパワーはFぐらいでしょ」

「Bは固い」

 どこからその自信は来るんだ。


「翡依、コート空いたみたいだけどどうする?」

「……スキップで」

 現実で試合をスキップしようとしてる。

「りょーかい」


 そこからは、翡依と空いていないコートのそばに行って話す行為を繰り返すことで授業を終わらせた。これが試合スキップか。

 授業終わり、翡依と一緒に教室に戻る途中に律月といちなに遭遇した。


「あれ、二人とも購買? 珍しい」

「……いろいろあって。な? いちな」

 律月がいちなに目配せする。いちなはひたすら律月から顔を逸らしている。なんかわかんないけど、いろいろあったらしい。

「二人とも、ジャージ姿あんまり見ないから珍しいね!」

 いちなが露骨に話を変える。触れないでねということっぽい。

「で、りっきー、なにが……」

 あっ、聞くんだ。

「そういえば二人とも学年色緑だったね! 緑だとジャージってそんな感じなんだ!! いいね!!」

 いちな、すごい必死。……がんばれ?


「そうだ、今日はいろいろあって外で食べることにしたから、小博と翡依もどうだ?」

「……それには賛成、ちょうどいいし」

 消え入りそうな声でいちなが賛同する。

「うん、教室戻って準備したら行くね。中庭でいい?」

「ああ、隅の方にいる」


――――――――――


 わたしと翡依が中庭に移動すると、隅の目立たないベンチに、律月といちなはいた。

「おす」

 律月といちなが端に詰める、手すりのないタイプのベンチだから、頑張ればギリギリ四人座れそう。

「……なんでこんな隅っこ?」

「今日は端の気分だから、だって」

 律月がいちなの方を見て言う。いちなの方を見たら、顔を逸らされた。


「……いっちー、お弁当忘れた? 前見た時とポーチが違う」

 翡依が聞くと、いちなが無言でお弁当ポーチを開けた。なかには塩、醤油、オリーブオイルなどたくさんの調味料が入っていた。

 翡依、よくいちなのポーチが違うのに気づいたな……。ぜんぜん気づかなかった。


「ざ、斬新なお弁当だね」

「弁当のポーチと家で使ってる調味料ポーチを間違ったんだと」

 いちなが無言で両手を突き出している。何のポーズ?

「で、律月も忘れたの?」


 わたしの質問に翡依が答える。

「……小博。二人は、付き合い始めてからお弁当の作り合いをしている。と思う」

 翡依の指摘に二人は驚きの表情を浮かべる。正確にはわたしも入れて三人。えっ。そんなことしてたんだ。


「い、いつ気づいてたんだ?」

「二人が付き合い始めた頃、集合時間を10分遅らせるーって言ってたし」

 そういえば……!

「あとは……風の噂」

「ああ、目立つもんね、律月」

 律月の話はわたしもよく同級生や先輩の人たちから聞く。質問も受ける。わたしは別に律月マスターではないけど、さすがにみんなのことは他の人よりは知ってるので、聞かれたことに答えてる。たまに律月に怒られる。

 ……律月が今日弁当なしだと周囲にバレると、たくさん食べ物を与えに来る人が現れそうだから、端っこにいたんだ。一人合点。


「で、今日は私も購買で調味料をつけるものを買ってきたってわけ」

 律月が買ってきたものを見せる。……調味料を付けるものって言っても普通におにぎりとかパンなので、調味料の使い所はあんまりなさそう。

「二人も、自由に使っていいよ?」

「お言葉に甘えて」

 翡依が調味料ケースからなんかよくわからない調味料を自分のお弁当にかけている。なんか、透明な液体。

「何かけたの?」

「……んー。多分醤油」

 翡依が口に入れてから回答する。手当たり次第使ったらしい。


「あっ、そこらへんは、余った調味料を入れてるから、私も何があるか把握してないよ」

 ……そこらへん、と呼ばれた調味料たちは、見慣れないものが色々あった。おそらくカレー用のスパイスから、着色料まで。スパイス武器商人……。


「そうだよ、二人のお弁当! 作り合いしてたの!?」

 話を戻す。この二人がお弁当の作り合いをしている件を深掘りしなきゃ。危うく話を逸らされるところだった。

「ちぇ、誤魔化せなかった」

 いちながなんか言ってる。誤魔化す気だったんだ。

「ゴマならある、いや、なんでもない」

「うわっ」

 律月の言葉に思わず“うわっ”が出てしまった。ちなみに翡依は「あー」って言ってた。……どっちもどっちか。いちなは心のこもってない声で「おもしろーい」だった。要するに非難轟轟。


「というわけで、二人で弁当当番を決めて作ってるってわけ」

 ひとことで済まされた。言うほど“というわけで”かなぁ?

「手を繋ぐ以外のイチャイチャ、できたんだ」

「我々を侮っているな、小娘」

 ……翡依の煽りに、いちなっぽい人が答える。いや、いちなだけど。


「二人もお弁当交換とかしてみたらどうだ? 案外楽しいぞ」

 律月から謎の提案をされる。二人と違って、わたしと翡依は別に付き合ってないんだけど。

 翡依の方に目線をやる。

「私はやってもいいけど」

「まじか」

 まじか。

「まじか」

「2回言ったね、小博ちゃん」

 心の中を含めると3回だよ、いちな。


「……いや、起きるの大変だし、いったん無しで」

「うん、小博の気が向いたらで」

 翡依、この前も眠そうだったし、もともと朝強くなさそうなのに、まさか乗り気とは……。

 わたしも夜遅くまで起きるほうだし、これ以上睡眠時間を削る要素を足すのは互いにまずい。作ってもちゃんと持ってこられる気がしない。調味料ポーチ持ってきちゃう。……言ったら怒られるな、これ。


 いちなの調味料ポーチから取り出した青海苔をかけたスパゲッティを食べてたら、翡依が口を開いた。

「そう言えば小博、ゲームの三つ目が完成したからやって欲しい。できればいっちーとりっきーも一緒に」

「アタシもいちなもいつでも平気だぞ」

 前回も前々回も二人は居なかったけど、今回は居るっぽい。前に用事があったのは偶然……?

「わたしは今日でも平気、場所はわたしの家でいい?」

「うん、小博が良ければ」


――――――――――


 放課後になって、わたしの家に集まった。

 いつもは、いちなか律月の家に集まることが多いから、わたしの家なのは珍しい。別に二人のどっちかの家でも良かったけど、何となくこの前わたしの家だったから。ちょうど誰も居ないタイミングだったし。


「それにしても久しぶりだな」

「小博ちゃんの部屋が広くなってる」

「いっちー、それもうやった」

 いちなと律月が部屋を見渡す。翡依もこの前やってたけど、わたしの部屋、そんなに見るとこないよ。


「で、翡依のゲームをやるんだろ?」

 律月が本題に入る。話が早い。

「そういえば二人とも、今回の翡依のゲーム、なんか聞いてるの?」

 1回目と2回目は不自然にいなかったし、素材は提供してたみたいだから、もしかしたら二人もなにか噛んでるかと思って。

「何にも言ってない。はず」

 翡依の答えに二人も同意する。


「まあ、とりあえず。小博、今回はみんないるから、これ繋いで。指が三つのアイコン」

 翡依はわたしにケーブルを渡す。スマホ画面をモニターに映してプレイして欲しいらしい。

 ケーブルを接続してアプリを起動する。

「……QUIZ?」

「今回はクイズゲームだから。二人にも手伝ってもらおうと思って」


 なるほど……?

 文系科目が得意ないちなとだいたい勉強が得意な律月がいれば、心強いことこの上ない。翡依のことだから、あんまり学問って感じのクイズではないと思うけど。


 画面をポチポチ押して説明を読む。

 4択の問題が出題されて、正解率が7割を超えればクリア。

 ライフラインはテレフォン(いちなと律月に聞く)とオーディエンス(いちなと律月の意見を伺う)は常時使ってよくて、選択肢を半分にするフィフティーフィフティーは1回だけ使えるらしい。


「よろしく、オーディエンス」

 二人の方を見る。

「小博ちゃん、押し間違えないようにね」

「……善処する」


「あっ、始まった」

 画面上部に問題が表示される。

 あと、画面の中心にわたしの自画像が表示されていた。またか。

「いい写真だ」

「でしょ」

 よくない。また見たことないやつだし、何枚持ってるんだろ。


「問1. 私たちがいつも集まってる公園の名前は? だって」

「……小博、オーディエンス使うのか?」

 いつでも使えるから使ってもいいけど、さすがにわかる。っていうか、こんなに身内の問題が出題されるとは……。


「さっさと答えちゃうよ」

 わたしはb. 東雲公園を選択する。さすがにc. やんばる国立公園じゃないし、d. 利尻礼文サロベツ国立公園ではなさすぎる。沖縄と北海道でしょ。

「おっ、間違えなかった」

「てっきりa. 銀座通り公園って答えるかと思ったな」

 オーディエンスに舐められてる。

 画面には正解と表示され、次の問題が出た。


「問2. 私達が最初に作ったゲームの名前は?」

「……小博ちゃん、私は覚えてないから」

「右に同じ」

 オーディエンスが黙っちゃった。今のところ、あんまり役に立ってない。

 ……選択肢も、微妙に違っていて難しい。

 a. 脱出 ~自由への扉~

 b. 脱出 ~自由への翼~

 c. 脱出 ~未来への道~

 d. 脱出 ~未来への希望~、かぁ。


「……この中に正解があるんだよね」

「ない!!!」

「あるよ」

 いちなの悲痛な訴えと、それをばっさり切る翡依。

 二人には期待できなさそうだから、頑張って思い出そう……。

「……とりあえず、未来じゃなくて自由だったのは覚えてる」

「いいセンスだ」

 後方腕組み律月がわたしの解答を評価してくれた。あってるっぽい。


 あとは……中学生いちなが当時付けそうなほう……。

「翼……?」

「異議あり!」

 弁護士のいちながわたしを助けてくれた。翼じゃないっぽい。

 ……二人とも、普通に教えてくれればいいのに。

 わたしはa. 脱出 ~自由への扉~を選択する。

 画面には正解と表示された。


「まったく、ブラックヒストリーを掘り起こされるとは」

「私がここにいるのは、あの時、みんなが頑張ってくれたから。だから、私にとってはいい思い出。重ねてお礼申し上げます。本心から」

「本心から、のせいでいいこと言って誤魔化そうとしてるように聞こえるな」

 ……多分、翡依は本心から言ってると思うし、律月もいちなも照れ隠ししてるだけでちゃんといい思い出だと思ってるんだろうなぁってことはわたしにもわかる。


「次の問題、問3.この絵はなに? って」

 画面にはわたしがこの前数学のノートに描いた猫が写されている。この前羊がゲームに出てたので、他の動物も出てくると思った。驚かないぞ。

「これは猫だね。cです」

「……なんかその猫トゲトゲしてない? ハリネズミでしょ」

「犬じゃないのか?」

 オーディエンスがなんか言ってるのを無視して答えを選ぶ。正解っぽい。

「ほらね」

「小博、この問題は正解がわからなかったから何を選んでも正解するようになってる」

 翡依がわりと衝撃なひと言を言ってる。さらっと。

 そんな問題出さないで。


 そこから、結構な問題を解いて、なんだかんだオーディエンスの助けもあって今のところ全問正解中。

 途中、わたしの身長に一番近いポケモンを答える問題が一番難しかった。ニドキングとネンドールの間らしい、全然ピンとこない。


「次の問題……私、怙嶋翡依の将来の夢は? だって、聞いたことあったっけ?」

「初出し情報」

 ……選択肢、

 a. ゲームクリエイター

 b. 魔王 (シューベルトではない)

 c. サラリーマンとしてホワイト企業で働きながら定時で帰ってゲームを作る生活がしたい

 d. 小博と付き合う♡

 って

「翡依、どんな気持ちで書いたの? これ」

「本気と書いて真剣しんけん

 本気と書いてマジ、じゃないんだ。

「………」

「いちな、律月、黙らないで」


 とりあえず答えを考える。

 解答の長さだけ見て、cだと思う。めちゃくちゃ具体的だし。あとはあったとしてもa。他はちょっと置いておく。

「ここはわたしの独断と偏見でcにします」

 オーディエンスはまだ黙ってる。もしかして沈黙が正しい解答?


「おー、正解」

 どうやら当たったらしい。

「ちなみに……いや、なんでもない」

 翡依が何か言いかけて止める。……何を言おうとしたんだろう。


「次の問題、みんなの家と東雲公園、学校及び以下の場所をちょうど一度通る場合の物理的な最短距離経路はどれか……だって」

 ぼーっとしてるわたしを横に、ついに口を開いたいちなが問題を読む。

「……機械に頼ってもすぐに答えが出ないように、巡回セールスマン問題を入れてみた」

「……解けるのか? これ」

「……みんなの感覚を信じれば、たぶん」

 ぜんぜんわかんない。翡依の口ぶり的に感覚とは合ってそうだけど。


「これ、多分aかbだよ」

 いちなが自信ありげに言う。

「なんで?」

「……cとdは私の家からリツの家行って駅だから、駅行ってからリツの家の方が多分近い」

「いっちー、しれっと惚気た?」

 しまった、これは隙を見せたわたしたちの責任だ。

 いや、翡依がこれ込みでこの問題を出題したとしたら……。

 まあいいや、あとは2択を制するだけっぽいし。


「翡依、あと何問?」

「たしか2問、これ入れて」

 とりあえず、7割は超えそうなのでクリアは確定してるっぽい。ヤマなし。かぷかぷ笑うしかない。

「使うかぁ」

「おっ」

 わたしは、ここまで完全に忘れていたフィフティーフィフティーを使った。

 aかbのどっちかが消えれば正解間違えなしなので。いちなの惚気は間違いない。


「……」

「……小博ちゃん、ドンマイ」

「そう言う日もある」

 cとdが消えました。運もなし。


「えーいっ」

 勘でbを選ぶ。違った。パーフェクトならず。

「速攻で次の問題行くじゃん」

「失敗は引きずらないタイプだから」


「……あれ?」

 画面にはクリアの演出とあいことばが表示されている。1回目と同じ「2」だ。

「さっきのが最後だったみたいだな」

「そういう日もある」

 日によるんだ。


「ともかく、これであと一個でしょ? 翡依」

「……うん、あと、一個」


「翡依のゲームは終わったっぽいけど、このあとどうするんだ?」

「うーん、前の2回は律月のダメージボイスを聞いたり、ゲームしたりしてたけど。パーティゲームでもする? インディーズのもインディーズじゃないのもあるよ」

「いいね、翡依ちゃんもオッケー?」

「……あっ、うん、余裕」

 翡依はレスポンスが遅かった割に強気の返事をしてた。……多分やったことないやつだと思うけど。


「……」

「リツ?」

「いや、なんでもない。余裕」


 律月の様子を見て、もう一度翡依の方を見る。

 二人とも、何か考え事をしている顔。


 ……なんでか、本当になんでかわからないけど、翡依の表情を見て、あの時と同じ気持ちになった。

 律月といちなが付き合うって聞いた時の、状態異常でHPヒットポイントが減っていくのを目にしている感覚。


「よし、じゃあやろっか!」

 とりあえずまだ、気にしないようにしよう。

 今はみんなと遊ぶことに集中!

 多分わたしが勝つ! 余裕。


=====―――――――――― Side 律月


 小博の家から帰る途中、アタシは翡依に声をかけた。

「翡依。ちょっといいか? ……いちなも」

 さっきのゲームといい、この前のことといい、聞きたいことがあったから。


 アタシ達はいつもの公園に来た。

「……リツ、どうしても今日じゃなきゃダメだった? 結構遅い時間だけど」

「……ごめん、なるべく早い方がいいかと思って」


 翡依はベンチに座り、アタシ達とは目を合わせず、ブランコの方向を見ていた。アタシといちなは翡依の前に立つ格好。

「……で、何の、用?」

「いや、今日の翡依のゲームと、この前の話なんだけど」

 この前、2回ほど翡依がアタシといちなに、理由は言えないけど用事があることにしといてって言った件。今日のゲームを見て、無関係とは思えず、聞きたかった。

 もしかしたら、かもしれないと思ったから。


「そういえば、いつもとテイスト違ったね、ゲーム」

 いちなも内容に違和感を覚えたようで、アタシと同様の疑問を口にする。

「……たまには、ああいうのも、いいかと思って」

 翡依は答えにくそうに下を向いている。


「……悩み事?」

 いちなが翡依の横に座る。

「……微妙」

 翡依の答えは肯定とも否定とも取れる回答。

 経験から、こういう時の翡依は、自分の中では答えを決めてるから悩んではいないけど、なんとも言えない時、だろう。


「……アタシ達、なんか手伝うことあるか?」

 翡依は相変わらず視線を下げたまま、少し黙った。

「……いや、もう、イラストとか貰ってるから、大丈夫」


「手伝えることがあったらなんでも言ってよ? 私達、小博ちゃんと翡依ちゃんのことが一番大事なんだから」

「ああ」

 アタシもいちなも、大げさに言ってるわけじゃない。アタシ達にとって、お互いと同じくらい二人のことが大事だということは、アタシがいちなに告白した時にも確認し合った。

 だからこそ、この前は距離感を測りかねてたんだろうけど。


「……二人とも、ありがとう」

 翡依は顔を上げてアタシ達の方を見る。

「でも、私がどこかに居なくなるとかじゃなくて、本当に、個人的な感情の問題だから。……話せるようになったら、言う」

「うん、それでいいよ」


 その後、アタシといちなで翡依の家まで送り、その帰り道。

「……個人的な感情の問題、か」

「リツは翡依ちゃんの悩み事、わかるの?」

「……多分、だけどな」

 いちながアタシの顔を覗き込む。

 なんとなく、気恥ずかしくなって目を逸らした。

「ふぅーん」

「まあ、勘違いかもしれないけど……」


――――――――――


 四人で遊んだ日から、……わたしが勝ってから数日後のこと。

 昼休み、翡依がわたしの席に来て言った。

「四つ目は謎解きだから、時間かかるかも。ということで」

 翡依はわたしにスマホを手渡す。

「当分持ってていいよ」


「……そんなに時間かかるの?」

「いや、思いついたらすぐだけど」

 翡依はそこから先は言わなかった。……わたしだと時間がかかる、って思ってるな。

「わからなくなったらいつでも聞いて。ヒントも出す」

 至れり尽くせりすぎて悔しくなってきた。わたしだって謎解きできらぁ! ……できた記憶はないけど。


「今起動してみてもいい?」

「うん、Uのアイコン」

 起動すると、タイトルという文字とその隣に2−1、縦書きで書かれた3−4、1−1という文字、五十音表の上に鳥居とハートが書かれた画像、例えるならこっくりさんの紙? みたいなものがあった。


「……これだけ?」

「そう」

 ……なんにもわからないけど画面をポチポチ押す。

 2−1 3−4(縦) 1−1の部分は入力領域になってるみたいで、押すとキーボードが表示された。

 あとは、五十音表のひらがなと鳥居もそれぞれ押せるようだった。


「タイトルを入力して、4つのあいことばから答えを入力するとクリア」

 表示される情報は本当にこれだけっぽい。

 これは苦戦しそうだ……。

「……とっかかりのヒントをください」

「1−2は、“T”」

 ……なるほど?

 どうやら、この数字の組とローマ字が対応しているらしい。っていうことは答えはローマ字3文字……。

 思ったより大きなヒントが貰えた気がする。

「あと、前の3つのゲーム、クリア時に表示されたあいことばはタイトルに出るようになってるから。


 今、語尾のところをすごい強調して言った気がする。

「3つのゲームは、開く必要はあるけどプレイする必要はないってこと?」

「いえす。これを明言しておかないとドツボにハマりそうだから」

 ……謎解きそっちのけでシューティング波動拳を撃っているわたしの姿が、きっと翡依の目に浮かんでいたんだろう。わたしもそう思う。


「……とりあえず、帰ったらやるね」

「よろしく」


――――――――――


 家に帰ってから、考えつく限り色んな回答を入力したけど、全部違ったので、翡依にヘルプを出した。

 そしたら、「明日、昼、助っ人がそっちに向かう」と帰ってきた。

 で、その昼休みのこと。助っ人から連絡が来た。「中庭に集合!」らしい。向かわないじゃん。


「あっ、きたきた」

 中庭に行くと、いちながいた。今度はこの前と違って、中庭の中心部。

「あれ、律月はいないんだ」

 てっきり二人で来ると思ってた。翡依は「余計なこと言いそうだから」って言ってたから、来ないのは知ってたけど。

「リツは翡依ちゃんの方に行ってる。話があるんだって」


「さて、本題に入ろう」

 いちながスマホを取り出しなんか操作してる。翡依との会話履歴……?

「翡依ちゃんからヒントを預かってきた。ちなみに、ゲームの中身はまったく聞いてないから、私には何のことだかさっぱり」

「翡依からは、いちなと一緒に考えてって言われてるよ」

「そうなの!?」

 翡依、言ってなかったんだ。

 ……とりあえず、いちなにゲーム画面を見せる。


「あー」

「わかったの!?」

「ヒントってこういう意味かあって」

 いちなはわたしに画像を見せる。

 画像には、

  ヒント1

  ① タイトルはタイトルから取る

  ② 一つ目はSTG、二つ目はACT、三つ目はQUIZ

 と、書かれている。


「どう? 小博ちゃん、閃く?」

「……そういえば、昨日翡依が言ってた、“1−2はT”って」

 さすがに、ここまでお膳立てされたらわたしでも気づける。

 1−2がTってことは、一つ目、STGの2文字目はTってことだろう。

「ハイフンの左の数字が何個目のゲームかで、右の数字が何番目の文字かってことみたい」

「おっ、気づいた」

 ……いちなも気づいてたみたい。頼もしい助っ人ですこと!


「となると、書いてある文字は……AZS?」

 ゲームのタイトルのところに入力して決定すると、不正解音がなる。違うらしい。

「Zが縦書きで書いてあるってことは……?」

 絶対にわかってる人のヒントの出し方だ……!

「縦にしてNってことかぁ」

「正解っ!」

 いちなはどこからともなくクッキーを取り出し、わたしの口の前に持ってきた。

 鉱山で採掘したのか、魔法で無から召喚したのか、はたまたタイムマシンで取り寄せたのか。

「もぁ、ありがと」

 わたしは口を開けてすべてのクッキーを受け入れた。


「“おめでとう、最後のあいことばは2661だ”だって」

 気づいたら画面に表示されてたあいことばをいちなが読む。

「これまではなんだったの?」

「えーっと、一つ目が2、二つ目が6、三つ目が2、かな」

「急に4桁になったんだ」

 ……言われてみれば。


「って、もうお昼終わっちゃうね」

「小博ちゃん、放課後は?」

「大丈夫」

「じゃあまた放課後ね!」

 そう言っていちなと一緒に教室の方に戻った。

 ……放課後までに考えないと、全部頼りっきりってわけにもいかないし。


――――――――――


 中庭から帰ったら、翡依に「あとちょっと。放課後頑張って」って言われた。この情報の速さ、もしかして内通者がいる?

 ……そもそも翡依が遣わせた助っ人か。

 そんなこんなで放課後。


「それじゃあ、私は帰宅する」

「うん、また明日」

 先に帰る翡依を見送る。やっぱり今回も同席しないらしい。最後だからかな?

 わたしなりにさっきのあいことばはもちろん考えた。授業中に。思いついたこととしては、コックリさんみたいな表があるから、答えはひらがなになるんだろうなってくらい。賢い。


「あっ、ヒント。タイトルはもう使わないから考えなくていい」

 翡依は去り際にヒントを残していって帰った。このカギはもう必要ないようだ すてますか? みたいなヒントだ。すごい助かる。


「やあ、助っ人1号だよ」

「2号だ」

 教室の前のドアから、愉快な人たちがやってきた。

 教室にわたししかいないのを確認したのを良いことに、今にもポーズを取りそうな感じで。


「小博ちゃんが授業中にノートに書くぐらい悩んでるっていうから、助けに来たよ」

 ……なんか突然来たみたいに言ってるけど、お昼に約束したよね?

 っていうか、わたしの授業中の落書きを常に監視してる奴がいる。怖い。……さっき授業の合間に開きっぱなしだったノートめっちゃ見てるなと思ったけど。


「さて、で、小博は何がわからないんだって?」

 律月が白々しくわたしに聞く。

「えっと……」

 情報の整理も兼ねて丁寧に説明しよっと。


「この、五十音表の上に鳥居とハートが書かれたこっくりさんの紙? みたいなやつに、あいことばを入れるんだけど」

「あいことばは?」

「一つ目が2、二つ目が6、三つ目が2、四つ目が2661」

 なるほど、と言って律月が考え始まる。


「で、一個目と二個目のゲームってどんなんなんだ?」

 律月にタイトル画面を見せる。

「こんなの、翡依曰く、もうプレイする必要はないらしいよ」

「……あー」

 律月が画面を見るなりなんかわかったような顔をしてる。

 ……いちなも似たような反応してなかった??


「なんかわかった? 助っ人2号律月

「……いや、えっと」

助っ人1号いちなは?」

「……どうやら我々にできるのはここまでのようだ」

 いちなは何か重々しい雰囲気を出そうとしながら言う。

 まだ何もしてなくない!?


「小博ちゃんにはこの塩を送ろう」

 いちなはお弁当ポーチから塩を取り出しわたしの机の上に置いた。

「……いちな、また間違えて持ってきたの?」

「いや、今度は逆にお弁当ポーチに調味料を入れたんだと」

「……こほん」


「小博ちゃんにアドバイス。おうちの方が浮かぶかもね」

「えっ、今から家に来るってこと?」

「……いや、それは違うだろ」

 ……速攻で否定された。

 おうちの方が……?


「というわけで、あとは小博ちゃんがやるとこだよ。がんばれ!」

「……うん、がんばる……?」

「さあ、じゃあ私たちも帰ろっか、疾きこと風の如くだよ」

「そっちじゃない方だな」

 いちなと律月がこれ見よがしな会話をする。……多分、ヒントなんだろうけど。

 ……多分、ヒントなんだろうけど〜〜っ!


「って、いちな、塩忘れてる!」

「えーん、だな」

「うわっ」


――――――――――


 家に帰ってきて早々に、さっきの続きを考えてる。いちな曰く、おうちの方が浮かぶらしいし。

 もう一回翡依から借りてるスマホを起動する。ホーム画面には、アプリのアイコンが4つ。

「それにしても、なんか変なんだよねぇ」


 謎解きのこともあるけど、今回のゲーム自体。全体的に。

 なんて言うか、わたしだけをターゲットにしたゲームって感じがする。自意識過剰かもしれないけど。

 仮にわたしをターゲットにしたゲームだったら、四つ目のゲームをクリアしたらどうなるんだろう。

「……」


 考えてもしょうがないから、頭を一旦謎解きの方に切り替える。

 それにしても、いちなと律月はわりと一瞬で気づいてたような。しかもゲームをプレイするわけでもなく。

「おうちの方が……って、あっ!」

 ホーム画面のアイコンを見直す。おうちってホームのことか……!

 翡依に聞いて、とりあえずで仮置きしてるものだと思ってたけど、なんか曖昧な答えを返されたんだった。


 手のひらの、指が5本開いてるやつ、指を1本立てたやつ、指を3本立てたやつ、あとはUの4つ。あまりにも関係がありそう。

 あとは……疾きこと風の如く? ってことは武田信玄……。じゃない方って言ってたから上杉謙信?

 ……語弊がありそうな言い方になったけど。会話の流れ。どちらにせよ、上杉謙信も武田信玄もよく知らない……。


 いちなか律月に連絡しようかなと思い、自分のスマホを手に取ろうとベッドから立ち上がる。

 立ち上がった瞬間に思いついた。

「……あっ、あいことばとアイコンを組み合わせるのか」

 思いたって、即座に借りてる方のスマホか四つ目のゲームを開いて五十音表を確認する。あいことばは、一つ目が2、二つ目が6、三つ目が2、四つ目が2661だから……。四つ目が合わなそうだけど、


 とりあえず三つ目まで五十音表のひらがなを順番に押してみよう。多分アイコンの数字が母音で、あいことばの方が子音。

 五十音表の2列目の5行目、「こ」、6列目の1行目「は」、2列目の3行目「く」……。最後はU2661? 何かの数字……? ひらがなじゃなさそうだけど……。

「あと押せるのは……鳥居?」

 鳥居を押すとゲームが暗転する。


「あれ? 何にも出ない?」

 しばらく待っているとわたしのスマホの方に翡依から通知が来た。


『明日』


『17:00』


『東雲公園に来て』


 あってた……のかな。すごい細切れにメッセージ来たけど。

 Uと2661……、なんだったのかわからないまま進んじゃった。

 明日翡依に聞こうかな、なんか、呼び出されたみたいだし。


★★★★★――――――――――


 夕方頃、私のスマホに通知が入った。小博が四つ目のゲームをクリアしたら、私に通知が来るようになっているので、その通知。

 私はこの通知が来るのをずっと待っていた。……反面、ずっと来なければ良いとも思っていた。

 でも、来たからにはいよいよ覚悟を決めなきゃいけない。


 メッセージを開き、小博を選択する。

 打つ文は決めていたはずなのに、なかなか手が動かない。


 本当は四つ目のゲームをやってもらう時とっくに覚悟したつもりだったけど、自分の情けなさが嫌になる。ずっと。みんなに比べて私はずっと心が弱い。


「……」

 小博がクリアしたあと通知する機能は入れたけど、小博のほうには何もメッセージとか出してなかったことを思い出す。

 ……出してなかったというか、ゲーム側で完結させるとまたなんだかんだで先延ばしにしそうだから、自分を動かすために出さなかったんだけど。

 とりあえずなんか送らなきゃ……。


 ……なんかじゃない。送る内容は決めてるんだった。落ち着け、私。

「……ふぅ」

 一度送ればあとはなんとかなるもので、当初決めてたメッセージを送ることに成功した。


 こんなんで明日大丈夫なんだろうか……。


――――――――――


 学校が終わり、わたし達は別々に家に帰った。翡依曰く「あとでまた会うから」らしい。そういうものなのだろうか。

 いちなと律月も、朝は一緒だったけど帰りは別行動だった。なんていうか、今日のわたし達の間には独特な雰囲気が漂っている。


「そろそろ行こうかな」

 翡依との約束の時間が近づいている。学校から帰ってから時間もそれほどなかったので着の身着のまま、制服で向かう。最近は陽が落ちるのも早くなってきたけど、まだ外は明るそう。


「あっ、いた」

 公園に翡依を見つける。夕暮れ時に鳴る愛の鐘の時刻も過ぎていたので、公園には翡依以外の姿は見当たらなかった。

「おーい、翡依ー」

 翡依に近づく。どうやらスマートフォンで何かのメモを見ているようだった。

 ……反応がないけど、気づいているのだろうか。


「小博」

 翡依はスマートフォンをしまい、わたしに話しかける。気づいていたらしい。


「ひとまず、ゲームクリアおめでとう」

 あれでクリアだったんだ。てっきりここで最終問題とかを出されるものとばかり思ってた。わざわざ呼び出すくらいだし。

 ……あれ? じゃあ翡依はなんでわたし呼び出したんだろう。


「……どうだった?」

「なんか、いつもと違う感じだったね。わたし宛っていうか」

 翡依がびっくりしたような顔でこっちを見ている。……気づくと思われてなかったのかな。


「そういえば、なんかのメッセージだったの? ……恥ずかしながら、気づけなかったけど」


「えっと、今日、呼び出した用件、一個だけ。そのメッセージに関してでもあって……」

 翡依の視線がわたしから外れる。

 どこか緊張した面持ちで何もない方に喋ってる。


「りっきーといっちー、付き合ったよね?」

「……うん」


 一瞬、公園に冷たい風が吹いた気がした。

 辺りは静かで、翡依の声と、公園に植えられた木の揺れる音しか聞こえない。


「……だから。……いや、えっと、だからってわけじゃないけど」


 翡依の声がゆっくりと聞こえる。

 緊張を隠しながら、用意した台本を読むような声。


「小博も……私と、付き合わない?」


 …………。

 …………。


 …………。

 …………。


「えっ……?」

 想像していなかった答えに、思考が一旦止まる。

 やっと出た言葉は、返事にもならないような声だった。


「へ、返事はいつでも良いから!」

 用件を済ませた翡依は、そそくさと公園から出て行こうとする。


「待って!」


 わたしの制止に、翡依は足を止めてこちらを向いた。

 心なしか、眼が潤んでいるように見える。

「……まだ、ちょっと、気持ちの整理とかはできてないから、返事じゃないんだけど」

「……うん」


「わたしは……」

 慎重に言葉を選ぶ。

 咄嗟に、これだけは言わないといけないと思ったから。


「わたしは……その、いちなと律月が付き合ったから、とか、そういう、なんていうか、妥協みたいな理由では付き合いたくない」

 絞り出すように、考えながら話す。上手く言えないけど、これが本心。


「じゃあ、また明日ね」

 その後、翡依がどんな顔をしていたのかは覚えてない。


 ただ、公園からの帰り道、それほど長い時間居たわけでもないのに、気づいたら日が落ちて辺りが薄暗くなっていたことは強く印象に残っていた。

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