結婚式の朝

野々山りお

結婚式の朝

 ずっと好きだった幼馴染みのとおるが、結婚式の日の朝に死んだ。

 タクシーを待っている時に、居眠り運転の車が歩道に突っ込んできて、即死だった。


 あの時私が引きとめていたら、何度そう思ったことだろう。

 あの朝、私は透が出発する時、玄関の近くで声をかけた。透が事故に巻き込まれるほんの数分前のことだ。


「ねぇ、透」

「どうした?」

「あの……、ううん、なんでもない」


 あの時の会話を何度も思い出す。もう少し長く言葉を交わしていたら、透は死なずにすんだのに。


 お葬式が始まる。まだ実感はない。

 涙が枯れるまで泣き、からっぽだった。

 棺に入った透は、私からずいぶん遠いところにいる。胸が苦しくて張り裂けそうで、私は意識を失った。




 目を覚ますと、見慣れた実家の天井。いつのまにかベッドに運ばれたらしい。

 重い身体を起こし、リビングへと歩く。すると、両親は笑っていた。


「まだパジャマ? 早く準備しなさい」


 父も母も透のことがあって、私を心配していたのに、何事もなかったような笑顔に困惑する。

 そして、耳を疑うようなことを言った。


「そんなにのんびりして結婚式に遅刻でもしたらどうするの?」


 は? 結婚式……?

 だって透はもう……。


 茫然として立ち尽くしていると、テレビの音声に違和感を覚えた。


 このニュース、知ってる。


 人気映画の続編の製作決定のニュースで、全く同じ映像を私は既に見ていた。


 父に恐る恐る尋ねる。


「お父さん、今日、何日?」


「24日。日曜日。透くんの結婚式だろう?」


 混乱しつつ新聞を見ると、24日と書かれている。

 意味がわからない。夢を見ているのかと頬を叩くも、目覚めることはない。


「寝ぼけてるの? 早く着替えなさい」


 また二人は笑っている。


 なぜか私はあの朝にいた。

 まだ透は生きている。


 祈りが届いたのか。訳がわからないけど私は時を遡っていた。今の私なら透を救うことができる。


 事故の時間は午前8:38。あと30分。

 鼓動が速くなる。


 何度も考えた。あの時私が引きとめていたらと。ほんの数分話を伸ばせば、事故に巻き込まれることはない。


 

 そう、私が引きとめたら、透は生きられる。


 だけど……、そうなると彼は結婚してしまう。

 私以外の別の人と。


 混乱した頭で冷静に考える。


 透を救えば、私以外の人と幸せになる彼をこの先見つめないといけない。それに耐えることができるのだろうか……。


 透が結婚すると知ってあんなに泣いた。絶対に嫌だった。だって、家も隣で、幼稚園から高校までずっと一緒で、ずっと仲の良い幼馴染みで。いつか彼と結婚すると思ってた。だけど彼が選んだのは別の人。本当にこの世の終わりだと思った。


 そこに戻れる?

 好きな人と結ばれない苦しみをこの先ずっと抱えて生きていくことに、本当に耐えられる?


 実家は隣同士。この先、透に子どもができて、帰省して、お正月、お盆と節目節目で顔を合わせて。きっとその度に苦しい思いをする。

 もう会えないほうが、心穏やかに暮らせるのでは……?


 なんてこと考えてるんだろう。自分がこわい。


 でも、どちらを選んでも私は辛い思いをする。それは確か。


 刻一刻と時が迫っている。支度をしながら私は答えの出ない問いを考え続けていた。




 隣の玄関から透が出てくる。


「ねぇ、透」


 声がかすれる。


「どうした?」


 透はいつものように明るい声。


「あの……」


 体が震える。


「体調悪い? 大丈夫?」


「……あのね、結婚式で、遥に私にブーケを投げてくれるように伝えてくれない?」


 一瞬の間の後、透はぷっと吹き出した。


「なんだよ、難しい顔してるから何事かと思ったら。そんなの自分で言えよ」


「透だって私が早く結婚するほうが安心でしょ」


「別に、時期はいつでもいいよ。良い相手を見つけて幸せになってくれたら」


 胸が苦しくて泣きそうになる。

 こんなことを言ってくれる人、他にいない。どうして彼の人生の伴侶として隣に立てないんだろう。本当に大好きなのに。


 時を戻すならここじゃなくて、二人が付き合う前にしてほしかった。そうしたら迷わず私は彼に告白した。


 だけど、彼が私に願うように、私も彼に幸せになってほしい。この気持ちは本当だ。

 幸せいっぱいな中でも私を気遣ってくれる透を死なせてはいけない。



「おーい、どうした?」


「なんでもない。ねぇ、透は幸せ?」


「もちろん」


 時計を見る。まもなく8:38になる。


「結婚式、楽しみにしてる」


「ありがと。遅刻すんなよ」


 その時、大通りのほうから大きな音が聞こえた。

 透はここにいる。事故に巻き込まれずにすんだのだ。


「なんだ、あの音。事故?」


「怖いね、透も気をつけてね」


「あぁ。じゃあもう行く」



 私ではない別の誰かと透が共に歩むのを見続けるのはとても苦しいだろう。


 それでも私はもう一度生きて彼に会うことを選んだ。大好きだから。


 既に歩き始めた彼には決して届かない小さな声で私はこう呟いた。



「またね、大好き」

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結婚式の朝 野々山りお @nono_rio

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