第26話 新局面
スマートフォンのアラームで目が覚める。
朝食は……そういえば、昨日買い出しに行ったスーパーでウルズに出会ったことで買い損ねたんだった。巡検の後、何処かのコンビニでサンドイッチでも買うしかないだろう。
昨日は東堂教官の報告書作成に付き合って午前様だったのだ。あくびが無限に出てくるほど眠い。しかし、寮の巡検は予定通り実施され――どれだけ東堂教官はタフなのかと思い知らされる。
「お早うございます」
「おう、お早う。感心感心……午前様だったのに良く起きて来られたな、褒めてやる」
「東堂教官こそ……毎日のお勤め、お疲れ様です」
そうだ、今の社会はこういった責任感のある大人に支えられて成り立っているのである。それを平気な顔で破壊すると宣う輩とは決して相容れない。全力で阻止しなければ。
しかし、作成した報告書や大島の作った編集画像を『上』に提出してしまえば、俺達のやる事は今までとそう変わらない。学区内に現れる魔獣を駆除し、日々の鍛錬を行い、土曜日の午後には魔獣の森で実戦経験を積む。
その繰り返しだ。
俺のミッションカウンターは1億という途方もない数であるためG機能による助けがあったとしても遅々として進まず、また、魔人の連中が何かを仕掛けて来ると言うこともなく……手詰まり感が治安部を支配し始めていた。
だから、丁度そんな時に起こった『アインヘリヤルの大量発生事件』では多くの犠牲者を出すことになった。
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その日もいつもと変わらず、学区内の魔獣駆除を行っていたが、大島の悲鳴のような叫び声で事件は始まった。
「大変です! この数は尋常ではありませんっ、魔獣かアインヘリヤルかは分かりませんが、数十の敵性個体がこの学区に迫っています! 小鳥遊センパイやシュウジセンパイは至急、迎撃をお願いします! その間に我々は市民の避難誘導を行いますっ!」
あれだけの力を持った敵が数十匹! その尋常ではない数に眩暈がしそうになる。全てを駆除するまでには大変な被害が出る事になるだろう。だが、やらねばならない。
俺と小鳥遊先輩はその敵性個体の群れへと向かい、大島と東堂教官は市民の避難誘導に力を注ぐことになった。
既に学園へ避難を開始した市民の方々を縫うように移動し、誰も居なくなった大通りに俺と小鳥遊先輩は並び立つ。
そこに現れたのは、あの日に対峙した魔獣核に寄生された人々、「アインヘリヤル」だった。
全身を血で真っ赤に染めているのは、此処に来るまで市民を手に掛けた為だろう。千切れた手足を持って、時折それを口に運ぶその様には吐き気をもようされた。まるでゾンビの集団である。
「シュウジ君、気をしっかり持ってください。あの数ではもう手加減は利きません。ブレードネットによるサポートもありませんし、一撃一体で仕留めていきますよ」
「……了解です。救える人は救いたいですが……」
「そのような考えは捨てなさい、まずは自らが生き残る事を第一に考えるのです」
「……わかりました」
先ずは距離があるので、遠当てによる攻撃を敢行する。小鳥遊先輩の刀による真空波でアインヘリヤルは輪切りとなり、俺の拳による十歩神拳で爆散する。
それを見て脅威と感じたのか、いつかのように火炎弾が作られて俺達に降り注いだ。しかし、一度見た技が早々俺達に通用するわけもなく、それらをすり抜けて直接アインヘリヤルを斬殺、撲殺していく。
まさしく手加減なしの殲滅戦が始まった。
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そして数十分後、全てのアインヘリヤルを倒した俺達は肩で息をしていた。
「小鳥遊先輩……無事、ですか……」
「ええ……シュウジ君も、怪我はしていませんか?」
「全部返り血ですよ、クソっ、本当にこんなことをするなんて、あの時ウルズを無理してでも捕まえておけば!」
「後悔しても意味はありません。それに、これは『上』が事態を甘く見ていたために起こった事です。なんらシュウジ君が悔やむことはありません」
「しかし……こんなこと……やりやがったな、あの野郎ども!」
「落ち着いてください、シュウジ君。いまは……生き残った事を喜びましょう」
やはり、魔獣の森での実戦を経たおかげかフィジカル的にもメンタル的にもタフに成長していたらしい。恐らく、実戦を経ていなければあの数に飲み込まれて殺されていただろう。それを想うとぞっとする。
それよりもだ、この場が終わったら次が無いか確認しなければならない。
「大島、連絡のあった集団の殲滅は終わった。同じような集団が迫っているって事はないか?」
『ちょっと待ってくださいよ……います! 次は西の方向から、同じような数の集団が来ています』
「馬鹿な……やつら、どうやってこれだけの数の魔獣核を用意したんだ……」
「シュウジ君っ! 謎解きは後です、早く向かわないと被害が拡大しますよ!」
「クッ、了解!」
そんな感じでその日は続けて三つのアインヘリヤル集団を殲滅させる事になった。もはやウルズ達が何らかの組織的行動を行っているのは確実とみていい。
事ここに至って新たな局面へ移行した俺達は、新たな対策に否応なく組み込まれることになる。
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どうやら『アインヘリヤルの大量発生事件』は俺達の学区だけではなく、各地で発生したものらしい。俺達治安部が作り上げた報告資料に目を通しておきながら、何の対策も打てなかった『上』は、その多くが更迭されたらしい。
それによってより軍事色が強い政権が誕生することとなり、俺達は学生という身分から、自衛隊の予備隊へと変化を余儀なくされた。
モラトリアムの期間は強制終了となり、魔獣やアインヘリヤルに対抗できる人材として見なされるようになったというワケだ。
ただ、やる事としてはそう大きく変わらない。
相変わらず防衛対象は学園とその周囲の学区だし、そこに出没した魔獣やアインヘリヤルを倒す事が主となったということ。それ以外の時間は勉学から自己研鑽へ置き換わった。自己研鑽と言えば、魔獣の森へ立ち入る時間も増えた。
以前までは土曜日の午後1時間だけだったものが、土曜日の午後半日に増えた。なお、その分、学区の防衛は自衛隊が受け持つ事に成る。
変わったのはそれくらいだった。
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