漆ノ肴:ロボット

「人型のロボットは、必要だと思うかね」


賑やかな大衆酒場で、感情豊かな2人のサラリーマンが、不規則に身体を動かしながら話していた。

2人の間には汗をかいた茶色い瓶と、金色の液体に満たされたグラスが2つ。

肴はししゃもと茄子の糠漬けである。


「まんがは見ないもんで、そのあたりは詳しくないがね」

「俺だってそうさ。ただこないだ、テレビで討論をやっててね。『ロボットは人型であるべきか否か』ときたもんだ」

「時折、耳にする話題じゃないか。まんがなんかだと二足歩行の人型ロボットが多いけど、実際にはそんなの非効率だ、って話だろう?」

「その通り」


話題を振った男はししゃもを頭から齧りながら、こともなげに続けた。


「実際、その通りだと思わないか?こうした議論はいつだって、まんが好きがムキになっちまってるだけな気がするね」

「僕は存外、人型もありだと思うよ」

「こりゃ意外だ。お前さん、論理的な人間だし、てっきり同じ意見かと思ったよ」

「論理的に考えて、そう結論付けただけさ」


ししゃもを尻尾まで口内に収めると、グラス半分ほどのビールを呑んで議論にかかった。


「論理的ってことでもないだろう。人間の形が一番に優れてる訳でもあるまい。例えば、ここの給仕だ。自動車みたく勝手に走り回る、ホテルの配膳台車みたいなのがあれば、随分と楽ができるだろうぜ」

「注文された品を運ぶだけなら、二足歩行はいらないってわけかい」

「実際にそうだろう」

「だがそのロボット、当然料理はできないんじゃないか?」

「そこはそれ、厨房には料理専門のロボットを入れりゃあいい。もちろん、こいつも人型である必要はないとも」


得意げに言ってから、残ったビールを呑み干した。


「僕らが帰る時には会計をするロボットがいるし、店を閉めた後には掃除をするロボットも必要だな」

「それぞれ、専門のものを用意すればいいさ」


そこまでやり取りすると、話を振られた男は茄子にたっぷりと辛子を擦り付け、口に放り込んだ。

それを見ながら、もう一方の男は空になったグラスに、手酌でビールを注ぐ。

相方が、何やら思案しているのを感じ取ったようだ。

目頭を押さえながら茄子を飲み込むと、グラスを一気に干して話し始めた。


「例えば、誰ぞ呑み過ぎてぶっ倒れでもしたとしようじゃないか」

「突然何の話だい?」

「まあ聞けよ。その倒れた輩を介抱できるロボットは、流石に置いてはおけないだろうね」

「......しょっちゅう起こることでもなしに、専用の介抱ロボットまで用意するのは、いささか効率が悪いな」

「あるいは酔っぱらい同士で喧嘩が始まった時、止めに入るのは給仕ロボットかい?」

「なんだか、随分と意地悪じゃないか」


話の意図を汲み取り切れず、少し拗ねながらも空になったグラスに瓶を傾けた。


「悪い悪い。でもこれが、僕の言う『ロボットが人型である必要性』だよ。君の言う通り、一番に優れた形というわけでもないだろうが、随分と都合がいいわけさ」

「なんの都合さ」

「今、世の中の大半は人間が暮らしやすいように整備されているだろう。道路、学校、職場、この飲み屋だってそうさ」

「それは確かにそうだろうな」

「だったら、そこで働かせるロボットも、人型の方が具合もいい」


注がれたビールを半分ほど飲むと、そのまま続ける。


「もっと、突拍子もないことを考えてみようじゃないか」

「聞かせてくれよ」

「地震なんかが起きて建物が崩れた上に、中に人が取り残されたとする」

「ぞっとしない話だな」

「不安定だし、下手に助けに入ったら、ミイラ取りがミイラになりかねない。そんなときに人型ロボットがいれば、代わりに救助に行ってもらえるって寸法さ」


聞いていた男は、負けじと大量の辛子を塗った茄子を放り込むと、ビールで流し込みながら首を振った。


「いやいや、それこそだよ。そういう時にこそ、専用のロボットが赴いて然るべきだ」

「じゃあ聞くが、そのロボットはどこから来るんだい?」

「どこって......」

「現実的に考えるなら消防署あたり、余裕があるなら病院なんかにもあるかもしれない」

「なんの問題があるっていうのさ」

「もちろん、ないよりはいいさ。でも、現場のすぐそばにあったほうが、すぐに行動を起こせるってもんだろう?」

「まさか、一家に一台必要、なんて話じゃないだろうね」

「理想的にはそうだが、君がさっきも言った通り、随分と効率が悪い。遠い将来、そういったロボットがそれこそ救急箱くらいに手軽になるなら話は別だがね」


男は話しながら、相手と、それから自分のグラスにビールを注ぎ、不規則な動きでせわしなく働く給仕に追加の瓶を注文した。


「じゃあ聞くが。人型なら、すぐに現場に駆け付けられるっていうのかい?」

「もちろんだとも」

「都合よく、近くを歩いているもんかね」

「そこが人型の利点だよ」


給仕がよく冷えた瓶を持ってきたので、二人はぬるくなったビールを呑み干すと、互いに注ぎ合った。


「君は最初、給仕を台車のようなロボットにすればいい、と言ったね」

「言ったとも」

「もしそれが、人型のロボットだったら?」

「今と変わらないじゃないか」

「何も変わらないとも。その代わり、向かいのビルが崩れたら、人型給仕ロボットが救助に行ける」

「......」

「その給仕ロボットは、呑み過ぎて倒れた輩を奥に連れていって寝かせることもできるし、喧嘩の仲裁もできれば会計や掃除もできる」

「なんだかそろそろ、俺が言いくるめられそうな雰囲気だな」


それを聞いて笑うと、ししゃもを一口齧ってから続けた。


「この世界は人が住みやすいように整備された、と言ったろう?何かあって高いところに上る必要がある時は、どこからか脚立なり梯子なり持ってきて使えばいい。それらがどこか施錠された場所に保管されてるなら、鍵を使って開ければいい」

「わかってきたよ。『人ができることはすべてできる』って言いたいんだろう」

「その通り。人手が足りなければそこにやればいいし、人間に危険が及ぶ場所にも人間が使う機材や装備で飛び込める」

「むう」

「何かひとつのことを素早く正確にこなすなら、君の言う通り専用のロボットが向いているだろうが、汎用性を持たすなら、断然人型だよ」


そこまで話すと、グラスを口に運んで喉を潤した。


「いや、まだだ」


必死に考えていた男は反論に出た。


「お前さんの言うのも一理ある。だが完全に人型である必要もないだろう」

「と言うと?」

「例えば手だよ。人間は2つだが、もっとあれば同時に色々こなせる。人間を基本にしつつ、発展させるんだ」

「面白いね。具体的に、何本くらいの腕を生やすんだい?」

「まずは5対10本といったところか」


男は得意げに、喉を鳴らしてビールを呑んだ。


「しかし、狭い場所での作業には向かないだろうね。うちの資料室、詰め込み過ぎて棚同士が随分と近いじゃないか」

「そういうところには、腕の少ない奴を使えばいい」

「成程ね。それじゃあ君に、4体のロボットの管理を任せるとする」

「いいとも、望むところだ」

「作業中に壊れると厄介だから、定期的に不備がないか確認してくれ」

「お安い御用だね」

「1体目は、君の望んだ通り5対10本の腕を持っている。2体目は、狭いところように1対2本だ。3体目と4体目は、間を取って3対6本としようか」


途中まで得意げに想像していた男は、苦い顔をした。


「わかったわかった。俺が基礎的なことを見落としていたよ。設備はなるべく統一しないと、管理が七面倒だ」

「書類仕事なんかじゃあまり問題にならないかもしれないが、工場じゃ機械の脱落は大事だろう」

「確かに『ロボットは腕が2本』と決まってた方が、一目で異常に気付きやすいし、確認も随分と楽になる」

「これが、僕が人型ロボットがありだといった理由だよ」

「いや、またしてもしてやられたよ」


悔しがる風でもなく、男はビールを呑み干した。


「ただ僕としても、まんがみたく宇宙空間でドンパチやるのは人型じゃなくてもいいとは思うよ」

「いやいや、まんがなら浪漫があっていいじゃないか」

「君、最初と言ってることが違うじゃないか」

「あれは現実の話さ。マンガでも映画でも、大きな人型ロボットが戦ってたら恰好いいだろう」

「そういうものかね」


よくわからない、という顔をしながらも、決して否定せずに酒を煽った。


酔っぱらい達はその先もしばらく話を続けたが、内容はころころと移り変わっていった。

意味のある話をしたいのではない。

こうした会話が、いい肴のひとつなのだ。

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