冷凍された時間

@eugene_S

冷凍された時間

悠太は、病院の冷たい椅子に座っていた。診察を終えた医師が顔色を変え、悠太に一時退席を促した。何も言わず、ただ深く頷いて部屋を出る。


廊下の隅に立つ悠太の胸には、不安が広がっていた。それでも、心のどこかで「大したことはないだろう」と思いたかった。少しだけ、心が乱れる。


再び医師の部屋に入ると、母が泣いていた。その顔には、言葉にできない恐怖と絶望が浮かんでいた。


「悠太、あなたは…」母の震える声が、悠太の耳に届く。


医師は穏やかな口調で続けた。「悠太さんの病気には、もう治療法が見つかっていません。」悠太はその言葉を理解しようとしたが、胸の奥で何かが崩れる音がした。


「ただ、希望は一つだけあります。この病気の治療法が見つかる未来まで、身体を冷凍保存するという方法です。」


冷凍保存? 悠太はその言葉に混乱しながらも、ただ静かに頷いた。まるで自分の意志ではなく、ただそこに存在しているかのようだった。


母と別れを告げるとき、悠太は無理に微笑んだ。自分がもうすぐ冷凍されるという現実を、少しでも家族に安心させたかったからだ。


『冷凍された時間』


悠太の身体は、冷凍保存され、時間は止まった。何年、何十年が過ぎても、彼の心の中には家族の顔が鮮明に残っていた。彼は眠り続け、時折、目を覚ますことがあった。


最初に目を覚ましたとき、そこに立っていたのは年老いた母だった。悠太は彼女が誰なのか、最初は分からなかった。


「悠太、目を覚ましてくれてありがとう。」母の声は、涙で震えていた。悠太の胸に、何かが込み上げてくる。


「お父さんがもうすぐ亡くなる。だから、最後に会わせてあげたくて、解凍したの。」


悠太は目を見開き、父の病室に向かった。目の前には、老いた父が横たわっていた。悠太は父の手を握り、その最期を見届けた。父は静かに言った。「またすぐに会えるさ。」


そして、再び悠太は冷凍保存された。


『再び目を覚ます』


次に目を覚ましたとき、今度は老いた兄と姉が立っていた。二人は静かに言った。「お母さんがもうすぐ亡くなるから、会ってあげて。」


悠太は母の最期を見届け、また冷凍保存された。その後も、次々と家族の最期を見届けては、また眠りに落ちていった。


『最期の選択』


そして、最期に目を覚ましたとき、そこには年老いた姉が立っていた。姉は静かに告げた。「お兄ちゃん、もうすぐだね。」


悠太はその時、心の中で深く思った。何度も目を覚まし、何度も別れを告げたけれど、今度こそ、もう永遠の眠りに戻ることを選ぶ時が来たのだと。


「もう冷凍されることはない」と、悠太は静かに告げた。彼は最期に、自然に死を迎えることを選んだ。


『エピローグ』


悠太が目を覚ましたとき、部屋の片隅には涙がこぼれていた。それは夢の中で見た家族との別れが、あまりにもリアルだったからだ。


彼は心の中でこう思った。

「人はどんなに長く生きても、必ず死と向き合わなければならない。けれど、それでも最期まで誰かを愛して、愛されることができれば、それが一番幸せなことなのだ。」


そして悠太は、家族や友人たちとの愛と別れの記憶を心の中で静かに抱きしめて、再び目を閉じた。


『あとがき』


このショートショートは、私が中学生の時に見た夢をもとに書きました。あの頃、夢の中で家族との別れを繰り返し、冷凍保存という奇妙な手段で時間を超えていく感覚を経験しました。あまりにも印象的だったため、忘れるにはもったいないと思い、ノートに書き留めておいたのです。


あれから年月が経ち、大人になった今、あの夢のことをもう一度形にしてみたくなりました。時間を超えることのできる冷凍保存というアイデアや、最愛の人々との別れを見守るその感覚は、今でも私の心の中に深く残っています。夢の中で感じた切なさや愛の深さは、ただの幻想ではなく、私にとって大切な記憶の一部になったように思います。


この話を通じて、あの時の自分が感じたテーマ—時間、愛、そして最期の瞬間—を少しでも多くの人と共有できたらと思います。どんなに小さなことでも、心に残るものを大切にしていけると信じています。

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