じつに隙のない物語だ。ミステリーのように精緻に組み立てられているというのではなく、あらゆる読み方を受容できるという意味で。実際に、これほど読み手によって感想が別れる作品もないのではないかと思う。自分はコミュニティ内で知らずにいけにえとなっている者への警鐘と受け取ったが、これとて自身の個人的な自戒の念が反映されただけかもしれない。そしてこのような読み方を許してくれるのは、作者の柔軟性に富んだ文体のなせる業なのだろう。この作品を読んであなたが感じたこと、それが今あなたが一番関心のある事柄だ。
感動しました、とはよくいいますが、この作品は「官能しました」です。濃密な官能を心身共に堪能できますから。登場するものたちをよくよくご覧くださいね。一文字だって読み飛ばしてはいけませんよ。全体像をつかんでくださいね。そして……読み終わったあと体に満ちてくる感覚……驚くと思いますよ、きっと。
西欧テイストの夜の調べに妖艶が香り立つ物語です。ユリとバラに秘められた深意とそれらの色彩感覚。それらを溶け合わせない一本の境界線が描く身体が儚く、どこか煩わしくも美しい。本能の一端に慕わせる感覚刺激と激情の猛りを忍ばせる金瞳の奥に凄絶を覚えます。芳烈にまみれようと、想像に委ねられる夜へと駆り立てる作風に、どこか瞳をふるわせ、胸をざわめかせることでしょう。なんという物語だ。この気持ちをどうしたらいいのだろう。体熱に咲く情念が春の脳裏に焼きついてやまない。
濃密な情感が悲哀と歓喜を奏で、読み手を物語へと引き込んでいく。この物語には二つのセレナーデがあるように思う。作中で謳われる春を告げる恋人たちの歌声と、作品全体から響くかのような情愛の音。美しくも妖しく、次第に明らかになる真実に目が離せませんでした。おそらく私は、春が訪れる度にこの物語を思い出すのでしょう。恋人たちのセレナーデを聴きながら。