大氷原の採集者たち
やもうど
1 三人組
遠くで閃光が瞬いた。
数拍遅れて、重く低い地鳴りのような震動が、凍てつく空気を伝わってパルの耳に届いてくる。
天へと高く伸びていた影が、ゆっくりと倒れていく光景を眺めていた。
色の少ない世界。
明暗を自動調整された遠くの映像が、視線の先に映し出されている。
装着したヘルメットには小型のカメラが搭載されており、シールドの視界部分に様々な情報を表示できるのだ。
倒れた影の周りに、煙らしきものが舞っている。
『――パル、どこ?』
ルビアからの通信に、パルは応答した。
「お嬢――お早いお目覚めで」
『そうね。珍しく目が覚めたわ。――近くに姿が見えないみたいだけど』
ルビアがあくびをした声も一緒に届いてきた。
「爆破解体の計画だったからな。南の区域のほうだ。あまりいい爆破職人じゃないな、あれは。七十点ってところだ」
ルビアのため息が聞こえてきた。
『あんた好きねえ……。ビルが倒れるのを見て、何が楽しいのやら』
「楽しいとかそんな簡単な話じゃないのさ。しいていうなら、男のロマンってやつよ」
倒れたビルの周辺を、いくつもの明かりが照らし始めている。
『ロマンねえ……。どっちでもいいけど、外の様子はどう?』
パルはヘルメットのボタンを押し、画面を切り替えて気温を確認した。
「気温マイナス三十四度。雲は、――少ないな」
『ふうん、わかった。じゃあ、いまからトルマンを起こすから、あんたも早く戻ってきないさいよ』
とルビアからの通信が切れた。
パルは視界を通常に戻し、スノーモービルのエンジンをかけた。
「――さて、いきますか」
東の空から光が地上を照らし始めている。
ルビアたちの待つ雪上車へと戻るため、パルは真っ白な坂を下りた。
太陽の活動が弱まり、雪と氷の世界となって、すでに二百年以上のときが経っている。
平均の気温がマイナス三十度の世界でこうやって活動できるのは、全身を覆うプロテクトスーツのおかげであった。
鮮やかな赤紫色を最初は派手と感じていたものの、この地上で少しでも生存確率を上げるための配色である、といまは納得している。
身軽で防寒性があるといっても、過酷な環境であることには違いない。運が悪ければ、死に直結するのだ。
そんな状況でパルたち採集者は〈ギャザラー〉と呼ばれ、旧文明の建造物から資源を採集し、地下へと潜った人類のもとへと運んでいる。
視線の先に雪上車の姿が見えた。
ギャザラーから俗称として〈船〉と呼ばれており、キャタピラーを車輪とするその名の通り雪の上の車である。
雪上車は連結したトレーラーや、掘り当てた資源を積むソリを引っ張ることが主な役目であり、その他に地上での生活スペースとしての役割もある。
スノーモービルを停め、雪上車側面の足場から登り、ドアを開けた。
ドアを閉め、首のベルトを外しながら、車内のもう一枚のドアを開いた。
「帰った」
電気がまぶしく、パルは目を細めた。
次第に視界が光に慣れてくると、ベッドの上で小さくなっているルビアの姿がある。
ブランケットを体に巻き付け、カロリーブロックと呼ばれるスティック状のスナックをかじっていた。
「おかえり」
と眠そうに半分しか開いていない目であるが、口だけはよく動いていた。
切りすぎたと
パルはヘルメットを外して、首から胸あたりまでファスナーを下ろした。
棚の上に置いてあるケースを開いたが、カロリーブロックの残りが少ない。チーズ味を取り出した。
「お嬢――」
「わかっているわ。もう食料が限界っていいたいんでしょ」
パルは頷いてから折り畳みの椅子に腰を下ろすと、カロリーブロックの袋を開いてスティックをかじった。
まだベッドで寝息をたてたままのトルマンがいる。
雪上車の構造は前方に運転室があり、ドアを挟んで生活スペースとなっていた。
大人三人が十分暮らしていけるだけの広さで、両端にニ段ベッド、他にもトイレ、シャワー室、キッチンと設備は充実しており、あとは中央の空いたスペースに机や椅子を広げてしまえば、会議や食事も可能である。
ルビアが二本目のカロリーブロックを口にした。
「もうこのあたりも駄目ね。取りつくされているから、端のほうまで来たけど、全然当たりが無かったわ」
爆破解体が計画されていた時点で、予想はしていたことである。
「だがよ、それなりに採集できたから、一応今回の仕事は及第点だろ」
「それなりって……、それで満足できるわけがないでしょ。わたしはキラキラしたものが欲しいの! もう全然ワクワクしないわ……」
「こればっかりは運だからな」
パルは肩をすくめた。
「――僕らのチームだけじゃ、探索できる範囲も限られているからねえ」
トルマンが急に口を開いたので、パルは驚いた。
「急に喋り出すなよ。心臓に悪いだろうが」
トルマンは起き上がり、黒縁の眼鏡をかけると、ベッドに座ってうすら笑いをした。
電子タバコをとりだし、煙を吐いて甘い香りを漂わせ始める。
「いやあ……、悪いね。僕なりに何度も起きようとしたんだけど、体がいうことをきかなくてさ……。はあ……。で、さっきの話の続きだけど、そろそろ別の採集場所を考えてもいいんじゃないかな……。僕はありだと思うけど、キャプテンはどう?」
「もう恥ずかしいから、その呼び方やめてくれない? ――でも、確かにあんたのいう通りかもしれないわね。色々と面倒だけど。パル、あんたは?」
とルビアは気だるそうにいった。
「俺も賛成だ。ただ、準備や調査はきちんとしたいから、すぐには無理だろ」
パルはカロリーブロックの袋をねじってゴミ入れに捨てた。
「そうよね……」
としばらく考え込んでいたルビアが、急に立ち上がった。ブランケットがはらりと床に落ちる。
「なんだか、急にやる気が出てきたわ。ひとまず、詳しくは帰ってからよ。――仕事にとりかかるわ。あんたたち準備しなさい」
了解、とパルたちは適当に食事を済ませ、準備に取りかかった。
車外へ出ると、空が深く青い。
パルたち三人はプロテクトスーツの上から、パワードスーツを装着して全身を覆った。
このスーツは重いものを軽々と持ち上げることができるため、ギャザラーとして必須の装備なのだ。また、様々なオプションパーツを装着させることで、あらゆる場面にも対応可能となる。
金属探知機で周辺を調査し、いくつか反応のある盛り上がった氷の塊に杭を打って砕いた。
なかには住居跡があり、パルがドアを力任せに破壊すると、その散らばった破片を踏みながら内部へと進んだ。
「おじゃましますね、っと」
ライトを点けて内部を照らすと、凍った壁に光が反射する。
「――わたしはこっちにいくから、あんたは右を。――トルマンは運んできたものをソリに」
後ろからルビアの指示があり、その場を離れて住居の右奥へと進んだ。
テレビ、パソコン、冷蔵庫、洗濯機等あらゆるものが資源として価値がある。それらをパルたちは〈エリア7〉と呼ばれる地下都市に運んでいるのだ。
ギャザラーは他にも金属、コンクリートやアスファルトなど多種多様なものを専門としている大型のチームがあるが、パルたちのように小さなチームは地道に探索をして、資源を集めるしかない。
その日、三つの住居跡で採集した結果、ソリ一杯分の資材が集まった。地上に滞在した十日間での収穫量はソリ五杯分である。
そして、撤収しようとしたところ、最後の最後でルビアが見つけた物があった。
四角い鉄の塊に丸いダイヤルが付いている。
パワードスーツを脱いでから、三人でその塊を囲んだ。
「どうかしら、わたしを褒めてもいいのよ」
ルビアは得意げである。
「さすがはお嬢だ。これは偉いとしかいいようがないね」
トルマンが拍手をした。
「ますます立派になりやがって、俺も誇らしいぜ」
とパルは右手の親指をあげた。
「……あんたたち、わたしを馬鹿にしているでしょ」
「いやいや、そんなことないって。純粋に褒めているぜ。なあ」
「そうそう、さすがは僕らのキャプテンだ」
「だーかーらー、それやめてって。……まあ、いいわ。そんなことより、これのなかが気になるから、早く開けてよ」
ルビアが指さした。
「へいへい、お待ちを」
パルはグラインダーで
「――よし、切れた。――バールくれ」
トルマンから受け取り、金庫の隙間にバールをさすと、力を込めた。
「ああ、もうなんでこんなにワクワクするのかしら」
ルビアが身を乗り出してくる。
「いけそうかい?」
トルマンも覗き込んでくる。
「まか……せろ――もう少し……だ――」
がばっと金庫の扉が取れた。
パルたちは中身をまじまじと眺めた。
三人は顔を見合わせ、一緒に両手を何度もあげて喜びあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます