第2話 親族会議①


 そういうわけではじまりました、徳川親族会議!


 参加メンバーは、将軍家治以下、御三家筆頭の駿河大納言・徳川忠勝(親父)、尾張・徳川宗睦むねちか、紀伊中納言・徳川治定はるさだ、御三卿からは、清水家当主・徳川重好しげよし、一橋家当主・徳川治済のふたり。

 残る田安家は、現在当主不在で、初代・宗武の未亡人、宝蓮院だけが暮らす明屋形あけやかた状態。 

 ―― 明屋形というのは、御三卿独自の措置で、ふつう大名家などでは当主が亡くなり、後継者もいなければ断絶になるものだが、御三卿の場合は当主の正妻が生きている間は家名を維持することができる。


 なので、当主不在の田安家代表として、今回は特別に代理人にきてもらうことにした。

 それが、田安家から、白河藩に養子入りした松平定信だ。


 というのも、おれが家治の養子になるにあたっては、家治の養女と結婚して、婿養子として将軍家に入ることになっていて、その養女というのが田安宗武の七女で、定信の同母妹・種姫なのだ。


 家治は、どうもこの子を自分の嫡男・家基の嫁にしようと考えていたらしく、種姫は数え年十五歳という微妙なお年ごろなのに、ずっとフリー状態でキープされていた。


 そんなわけで、内々定ながら、姻戚になる田安家に、おれはあいさつに出向いたのだ ―― 親族会議開催が決まった直後に。



 田安家の屋敷は、江戸城の北、北の丸の西側にある。

 田安御門を入ると、中央には大きめの路が通っており、向かって左側は清水家、右側の千鳥ヶ淵沿いに建つのが田安屋形だ。


 先ぶれを出しておいたので、義母(仮)にはけっこうすんなり会うことができ、はじめましてからはじまり、しばらく当たりさわりのない会話をしたあと、頃あいを見計らって、本題に突入。


「そういえば、わたしの西之丸入りを、一橋や田沼が猛反対しているようで、ちかぢか徳川一族の会議が開かれることになったんですよ」


 世間話をよそおい、さりげなくバラす。


「ご宗家入りがなくなれば、種姫さまとの縁談はおそらく白紙。せっかくご縁ができると思ったのに、本当に残念です」


 ため息まじりに、そうつぶやけば、宝蓮院の白塗りの顔が盛大に引きつった。


「じつは、もともと当家と鷹司家の間で、内々に縁談が進んでおりまして、こちらとのお話が破談になれば、そちらから正室を迎えることになりそうなんです」


 これは、ウソじゃない。

 おれも御三家の世継ぎ。

 この歳なら、許嫁がいてもおかしくはない。

 実際、今回の養子話が出るちょっと前に、昔から縁の深い鷹司家との縁談が持ちあがっていたそうだ。

(といっても、鷹司さんには娘がいないので、姪を養女にしたうえで嫁がせる予定だったとか)

 

「「「そんなバカな!」」」


 おれの暴露に、宝蓮院を筆頭に、おつきのオバチャンたち全員が一斉に立ちあがる。


 それもそのはず。

 現在、田安家には当主も跡継ぎもおらず、宝蓮院が死んだら、ここはいったん閉められて、下賜されている十万石は召し上げ。

 もともと御三卿には、固有の家臣団はなく、いま働いているのは幕臣の出向者だから、たぶん失職者(無役)も大ぜい出るだろう。


 おれとの縁談では、種姫に複数の男児が生まれたら、そのうちのひとりを田安家に入れて、家門を再興するという内約もあるらしい。

 宝蓮院さんががんばって長生きすれば、ここは閉鎖されることなく存続できるわけだ。


 キンキラキンのゴージャスな打掛軍団に囲まれ、上からかけられる高圧の殺気にひるみつつ、


「種姫さまとの縁組は、わたしが婿養子としてご宗家に入るために結ばれたもの。それがなくなったら、仮とはいえ、先約を優先するのは当然でしょう?」


 正論をかますおれを、無数の般若面がにらみつける。


「とはいえ、田安家は目下、当主不在。今度の会議でも、家としての意見を述べる機会すら奪われています。わたしはまだ部外者ですが、これって、ちょっと不公平だと思うんですよね」


 恐怖のあまり内心ガクブルしながら、おれはなんとか言葉をつむぐ。


「ですので、御簾中宝蓮院さまのお気持ちを代弁する代理人を立ててはどうでしょう?」と、提案するやいなや、オバチャンたちの目がギラリと光った。


「たとえば、最近まで田安家にいた賢丸まさまるさまなどを」


 ニッコリ笑って見上げれば、宝蓮院は獰猛な笑顔で大きくうなずいた。



 松平定信、幼名・賢丸。

 田安宗武の

 生母は、正妻の宝蓮院ではないものの、宝蓮院は養母として、定信や種姫たちの後見をつとめている。


 そう。もともと田安家には、家を継げる男子が複数いたのだ。

 

 宗武が明和八年に亡くなると、家督は五男の治察はるあきが継いだ。

 治察は、宝蓮院が生んだ三番目の息子で、ほかに成人したのは側室が生んだ六男と七男の定信のふたり。あとの四人は夭折している。


 ところが、肝心の治察は、妻子のないまま二十二歳で早世してしまう。

 当時、田安家には、まだ異母弟の賢丸(定信)がいたものの、白河藩主・松平定邦との養子縁組が調っていて、家を出ることが決まっていた。

 宝蓮院は、この縁組を解消して、賢丸に家督を相続させたいと訴えたが、先々代将軍で御三卿を作った吉宗が、「御三卿は当主に子がない場合、相続は認められない」と規定していたため却下されて、このような閉鎖秒読みの明屋形状態になってしまった経緯がある。


 賢丸や宝蓮院は、この決定が田沼意次によるものと疑い、それ以来、田沼を恨みつづけている。


 だから、田安家は、田沼が推す豊千代に一票を投じることはないだろう。


 そして、


(定信には、同母兄(松平定国)がいるけれど、こいつは性格的にちょっと難があるから、さすがに宝蓮院もこっちは選ばないはず)というおれの読みどおり、親族会議には若干二十歳の松平定信が参席したのだった。


 

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