鎮魂師の流儀
麝香連理
とある鎮魂師の流儀
「建設予定地に出る霊……ですか。」
依頼者は五十代程の肥満体型の男。脂汗を拭き取りながら聞いた話では、この男は土木建築の社長をしており、今回はとある土地に現れる霊を鎮めて欲しいとのことだ。
「我々も困っておりまして…………あと少しで外装工事が終わるといった段階でこれでして。しっかりと地鎮祭は行ったのですが………」
「失礼ですがどちらに依頼を?」
聞けばかなり大きな所だ。失敗という線は無いだろう。
「そちらの方々にもう一度頼んだのですが、手に負えないと………そこでこちらの左東探偵事務所を紹介されました。」
「…………なるほど。」
あそこまでの規模を誇る神社からの指名とあれば、かなりの難敵かと、この時嫌な予感がしたのを鮮明に覚えている。
「お願いします!このままでは施主様に破談を突き付けられてしまいそうなんです!そうしたら私の会社は潰れてしまいます!どうか!」
椅子から降り、土下座の体勢を取る。
「………分かりました、引き受けましょう。」
「本当ですか!?ではいつ頃………」
「今すぐです。車ありますよね?乗せてください。」
「分かりました!」
男の救われたような嬉しそうな顔。この顔を維持できるかは俺の力量次第だ。
「それでは案内します。」
「あぁ。」
やけに高級な車だ。本当に案件一つ破談になった程度で会社が潰れるのだろうか?
………まぁ俺には関係ないことだ。
「こちらです。」
着いた頃にはすっかり夕方となってしまった。
「フゥー…………なるほど。」
「何か不味いでしょうか?」
「いえ……今日一日こちらに滞在しても?」
「あまり骨組みに触れないでくださいね。」
「それはもちろん。」
「なら、構いません。こちらも早く解決して欲しいですから。」
俺は今日中に終わらせて見せるから前払いを頼んだ。男は嬉しそうに笑うと、スマホのWeb通帳からの送金を確認した。
「確かに、お任せください。」
男は一息ついたように建設業務が終わった建物を眺め、車で帰っていった。
「明日の朝九時に車でまた来ますってか…………まぁ明日までに鎮められると思うが…………」
所謂、見える俺からしたら、この建物には夥しい量の霊が跋扈していた。それも、激しい怒りを持って。
一体一体では気が遠くなる。
だが、ここまで同じ場所に留まっているのであれば、目的や意思は同じの筈。
俺はブルーシートを捲って中に入った。
「スゥーハァー…………『留まるものよ、怒りを抑え、私にお教え願えるか?』」
特殊な力を纏わせた声を建物全てに通るように発する。
怒りを抑えて姿を現したのは一人の少女だった。
『初めまして、鎮魂師………いやまぁ、特殊な仕事をやっている者だが、ここの者達は何故ここまで怒っているのか、教えてくれないか?』
『────────』
少女はか細い声で何かを呟くと、俺を促すように歩いていった。俺は足の感覚を頼りに少女に付いていった。
『──!──!────!!』
少女はとある所で立ち止まると、キンと耳が痛くなるような声を発しながらある柱を指差す。
「…………そうか。『教えてくれてありがとう。』」
俺がそう言うと、少女は満足したようにスッと消えた。
「さぁてさぁて………これより鎮魂の儀を執り行う。」
懐から五つの形代を取り出し、宙へ投げる。
投げられた形代は面を被った巫女に変わり、神楽舞を披露する。
俺は舞う形代達の中央に座り、とある祝詞を唱える。
『かしこみかしこみ、誘い給え鎮め給え、神ながら、奇御霊悪御霊、照らし給え導き給え』
何度繰り返したかは分からないが、建物を覆っていた邪気は無くなり、霊達の鎮魂は成功したようだ。
形代を元に戻し、袖で汗を拭き取りながら外に出た。
一仕事終えた後の朝日に俺は清々しさを感じた。
気付けば既に時計の針は朝六時を指しており、少し勿体無いかと思いつつ、偶には良いだろうとタクシーを呼んだ。
やって来たタクシーに乗り込み、俺は目的地を告げて目を閉じた。
その瞬間、あの時の少女を筆頭に多くの人々が笑顔で俺に手を振っていたのが見えた気がした。
その日の午後、仕事を依頼してきた男が失踪したそうだ。やはり、前払いにしておいて正解だったと思いながら、食後のコーヒーを楽しんだ。
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