第5話 いつも仲良しで良いよねって言われて

「おいしい?」

佳澄の問いかけに、陽翔は大きくうなずいた。

「うん。中がふわふわで、外がちょっとパリ、すき。」

「ふふ、それは最っ高の褒め言葉だね。」

「さいっこー!」

彼女は声を出して笑った。けれど、その声はほんの少し、震えていた。

陽翔の小さな手の動き。

パンを頬張るときの顔。

どれもが、彼女の胸を締めつける。

(この子の“お母さん”が、自分のために…)

考えてはいけない。


だけど考えてしまう。



掃除のあと、祐真は棚の奥にしまっていた古い段ボールを引っぱり出していた。

真帆が残した、数冊のアルバム。

その中に、見覚えのある少女がいた。

中学生の頃の真帆。

風車の丘で、カメラを見つめる写真。

着ている制服は、以前佳澄が落とした写真の少女と同じ。

(あれは、真帆?)

祐真の心臓が、静かに脈打つ。

なぜ佳澄が、真帆の写真を持っていたのか。


閉店後のサンライトベーカリーの店前ベンチ。

佳澄は、手にしていた写真を見つめていた。

中学生の真帆。

隣のベッドで、そっと手を握ってくれた人。

「大丈夫だよ」と笑って、自分の名前を呼んでくれた声。

提供を受けたあの日から、彼女の命は再び動き出した。

―でもその代償が、―

伝えたかった。「ありがとう」と。


けれど、その言葉を口にするたび、喉の奥がふるえた。

言えば、祐真はきっと優しく頷くだろう。



陽翔が言った。

「佳澄ちゃん泣きそうなの?」

祐真は息をのんだ。

「どうしてそう思うの?」

佳澄は慌てて陽翔に聞いた。

「なんとなく。でも、ぼく、好きだよ。佳澄さん。パンも、声も、やさしいとこも」



帰り道、佳澄は涙をこぼしながら、ひとり歩いた。

届かない「ありがとう」を、何度も胸の中で繰り返しながら。

真帆へ。

そして、彼女の家族へ。

「朝の光」をくれた人たちへ。


いつかは、ちゃんと伝えなければいけない。

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