1.川に落ちたら、そこは異世界だった。【2】

 ハッと気付くと、俺は薄暗い場所ばしょに横たわっていた。

 一瞬、寝起き? が高い! 遅刻っ?! とか思ったが、直ぐに自分が河原でコケて、川ポチャしたことを思い出した。

 その割には服が濡れてないな……なんて思いつつ、起き上がろうとしたのだが、身動きがほぼ出来なかった。


「なんだ……っ?」


 焦ってキョロキョロすると、なんだか周りは木箱みたいな物に囲まれている。

 手足の感覚はあるが、動かない。

 というか、動かすと痛い。

 怪我でもしてるのかと思ったが、そうじゃない。

 俺の両手と両足は、荒縄のようなもので縛られてた。


「あ〜、目が覚めた〜?」


 聞こえた声は明らかに日本語以外の言語なのだが、なぜかすんなりと意味が理解できた。

 そちらに顔を向けるが、逆光で相手の顔はよく見えない。

 ただ光で縁取られた髪の色が、哺乳類的にアリエナイ、アップルグリーンをしていて、しかも頭部にひどい寝癖があるのか、シルエットがちょっと変だ。

 コミュ障で、初対面の人間と話をするのは苦手だが、今はそんなことを言っている場合ばあいではない。


「あの……、俺はどうして、縛られてるの……?」

「う〜ん、キミさぁ、道端に倒れてたんだよねぇ。イカイジンかぶれでイタい感じだけど、顔は可愛いし。その服も、素材は上等そうだし。辺境伯様のところに連れてけば、高く買ってもらえるかな〜? って思って」

「え……ええ〜っ?!」


 アップルグリーンの発言に、俺は驚き戸惑った。


「ちょ……、人身売買じんしんばいばいって違法だろ!」

「なーに言ってんの。市民権のない野蛮人なんて、問題ナシでしょ〜?」

「いや、いやいやいや! 上等そうな服着てるヤツが、野蛮人って発想が変だろっ!」

「市民権、あんの?」

「えっ? ちょっと、俺の、俺の財布の中に、免許しょうがあるからっ!」


 アップルグリーンは、ちょっと面倒くさそうな顔をしてから、荷車を止めると荷台に入ってきた。

 そうして、改めてそばにきた様子に、俺は更にパニックになる。

 なぜならそいつの容姿が、アニメのコスプレみたいだったからだ。

 髪色は光の加減じゃなくて、カツラでも被ってんのかと思えるぐらいに、根っからアップルグリーンだし、シルエットが変だったのは、頭の上にキタキツネの耳みたいなのがくっついていたからだ。

 俺を覗き込む顔もまた、昔話に出てくるキツネが化けたみたいな糸目で、口元が笑っているのがなんとも人を食ったような顔をしている。

 アップルグリーンは俺の体を起こし、背広のポケットに手を突っ込んできた。


「違う、違う! そっちじゃなくて、内ポケット!」

「内ポケットって、なに?」

「だぁからぁ!」


 縛られた手を動かして、俺はようやく背広の内側にポケットがあることを教えた。


「へぇ〜、こんなトコにポケットあるんだ! うわっ、かぶれっぷりが筋金入りな感じ? 手触りもいいし」


 量販店で買ったストレッチ素材で12000円のスーツを褒められても、あんまり嬉しくない。

 更にポケットから取り出したさつ入れを見て、アップルグリーンは「コレが財布〜?」と不審顔だ。

 そして中から取り出した免許しょうを見て、首をひねる。


「ええ〜? どんな魔道具使ってんの? 本人ソックリの似顔絵がこんなちっちゃく描いてある!」

「いや、驚くのはそこじゃないだろっ! てか、ほら、名前も現住所も誕生日も書いてあるしっ!」

「ごめ〜ん、僕、公国語こうこくごしか読めないんだよね〜。てか、こんな証明書見たことないし。やっぱりキミは野蛮人決定! 辺境伯様は少年大好きだから、きっと可愛がってもらえるよ〜。黒髪なんて少々イカレてるけど、きっといい服着て、いいもの食べて、いい暮らしさせてもらえるから」

「なんだその、時代劇の女衒みたいな売り込み文句っ! てか未成年じゃないしっ!」

「14〜15歳の頃って、背伸びして年上ぶりたいもんだよね。ワカルワカル」

「37だっ!」

「ええ〜? うそぉ〜? そんな頭してて、アリエナイでしょ〜」


 アップルグリーンは、本心から驚いたみたいな顔になった。

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