第3回 トイレの花子さん

佐々木キャロット

トイレの花子さん

「近頃の社会は生きづらいもので、中でも『表現』という分野においては殊更です。近頃、私が驚いたのは、『ミルク饅頭騒動』ですね。皆さんもご存知のあの美味しいミルク饅頭ですが、これに問題があると言うんですわ。いわゆるフェミニストと呼ばれる方々によりますと、お饅頭のあの丸みは女性の乳房を想起させるそうです。さらに、そこに『ミルク』なんて付いた日にはもう、妄想が膨らんで膨らんで卑猥で仕方ないと。女性の性的搾取はやめろだのなんだの、クレームがいっぱいいっぱいで、困り果てたメーカーがどうしたかと言いますと、お饅頭をこう四角形にしたんですね。そりゃあ、もう皮の厚いきんつばやないかと。

 さてさて、今日はそんなフェミニズムの波が、なんと『心霊現象』にまで及んでいるというお話をさせていただこうと思います」


「学校には怪談がつきものですが、その中でも有名なものは『トイレの花子さん』でしょうか。ここ如月小学校でも『トイレの花子さん』の噂が学校中に広まっていました。

『ねぇ知ってる?トイレの花子さんの噂』

『ううん。どんなの?』

『えっとね。三階にトイレあるでしょ。そこの女子トイレの、三番目の個室で、三回ノックして、「は~なこさん」って呼ぶと、中から「はぁい」って返事がするんだってー』

『えぇー、こわーい』

『しかも、その扉を開けると、おかっぱの女の子がいて、トイレに引きずり込まれるんだってー』

『えぇー、こわーい』

『ねぇねぇ、今からそのトイレ行ってやってみない?』

『えぇー』

『いいじゃん、いいじゃん』


『ここが噂のトイレ?』

『うん、そのはず』

『なんか怖いね』

『じゃあ、いくよ』

『うん』

コンコンコン

『『は~なこさん』』

『はぁい』

『『きゃー、出たー』』

 話を聞くと試してみたくなるのが人というもの。試してみた子がそれを他の子に話し、またそれが噂として広まる。子ども達の会話は花子さんの噂で持ちきりになり、それはお母さん達の耳にも届くようになりました。


プルプルプル

『もしもし、私、三年二組の小山翔子の母でございます』

『これはこれはお母様。私、担任の佐々木です。今日はどのようなご用件で』

『今日はですね、最近噂になっている「トイレの花子さん」について話がしたく、お電話させていただきました』

『はぁ、「花子さん」ですか』

『そうです。うちの翔子から聞いたんですがね、「花子さん」は女子トイレだけに出るらしいですね』

『はぁ、そういう噂ですね』

『これは、男女差別ではないかと思うのですよ』

『はぁ、男女差別ですか』

『そうです。男子トイレには出ず、女子トイレにだけ出る。つまり、女の子だけを驚かすと。これは女の子だけが不利益を被っているということではありませんか』

『はぁ、不利益と』

『早急に対応していただきたく思いますわ』

『そう言われましてもね、お母様。「花子さん」はあくまで怪談でして、我々にどうこうできることでも』

『しかし、これは学校のことですよね?』

『それはそうですが』

『なら、先生方に対応していただかなくては困ります。それとも何ですか?先生方は男女差別をなさると』

『いえいえ、滅相もありません』

『では、よろしくお願いいたします』

ガチャン


 これには佐々木先生も困ってしまいまして、すぐさま校長のもとへ相談に行きました。

コンコンコン

『失礼いたします。佐々木です』

『おぉ、佐々木くん。入りたまえ』

『失礼します』

『何か用かね?』

『はい。ちょっと相談したいことがありまして』

『ほう、相談と』

『実は、かくかくしかじかでして……』

『うーむ、それは困ったね』

『えぇ。どう対応したものかと』

『我々に言われてもどうしようもないが、ほっとくわけにはいくまい。これは件の花子さんに相談してみよう』


『ここが噂のトイレかね?』

『はい、そのはずです』

『では』

コンコンコン

『は~なこさん』

『はぁい』

『おぉ、本当に返事が返ってきたじゃないか』

『本当ですね』

『もしもし、私はこの学校の校長をしている者ですが、扉を開けてもよろしいでしょうか』

『えぇ⁉校長⁉なんで女子トイレに⁉』

『少々込み入った事情で、花子さんに相談したいことがありまして』

『……わかりました。どうぞ』

『では、失礼いたします。』

ガチャ

 開けるとそこにはおかっぱの少女がおりました。

『えぇと、うちに相談とはなんでしょうか』

『実は、かくかくしかじかでして……』

『なるほど。それは困りましたね』

『この件、我々の手には余るものでして。どうにかなりませんかね』

『そう言われましても』

『例えば、怖がらすのをやめていただくとか』

『いやぁ、それはうちの存在価値がなくなってしまうので』

『うーむ。では、男子トイレにも出るなどはどうでしょう』

『いやぁ、うち、ワンオペですからねぇ』

『そこをなんとか』

『いやぁ』

『奇数日は男子トイレ、偶数日は女子トイレに出るとかならできませんかね』

『いやぁ、まぁ、それなら、できなくもないですけど』

『無理なお願いであることは重々承知しておりますが、何卒』

『……わかりました』

『本当ですか?ありがとうございます』

『先生方の苦労もわかりますんでね』

『ありがとうございます。では、それでよろしくお願いいたします。失礼します』

バタン


 それからというもの、奇数日には女子トイレに『出張中』の張り紙が貼られ、男子トイレの方に花子さんが出るようになりました。これに喜んだのは男の子達。いままで蚊帳の外だったのが、急に話に混ざれるようになったのですから大はしゃぎ。『花子チャレンジ』と連日のように試す子が現れ、ついには扉を開ける子まで出てきてしまいました。


コンコンコン

『『は~なこさん』』

『はぁい』

『うわぁ、本当に返事が来たよ』

『なぁなぁ、たっちゃん。扉開けてみようぜ』

『何言ってんの、いっくん。開けたら引きずり込まれるんだよ』

『大丈夫だって。花子さんって女の子だろ?オレたちの方が力強いに決まってるって』

『えぇ。でもお化けなんだからさぁ。不思議な力とか使うんじゃないの?』

『何だ?たっちゃん、ひよってんのか?』

『そういうわけじゃないけど』

『じゃあ、いくぞ』

ガチャ

『開~け~た~な~』

『『うわぁー』』

『ふぅん』

『『……』』

『ふぅん』

『『……』』

『ふぅん』

『たっちゃん、こいつ全然力強くないぞ』

『そうだね、いっくん』

『それにこいつ何気に可愛くない?』

『うぇ⁉いま、うちのこと可愛いって言った?』

『おう』

『本当?うち、可愛い?』

『うん。僕、タイプかも』

『えぇ。うち、可愛いなんて久しぶりに言われたわ。嬉しいなぁ』

『喋り方もキャラ立ってて可愛いな』

『うん、萌えだね』

『そんな褒められたら照れちゃうわ。今日は見逃したげるさかい、また来てな』

『おう、じゃあな』

『バイバイ』

『バイバ~イ』

バタン


 この話は瞬く間に広がり、花子さんを一目見ようと休み時間のたびにトイレは子ども達で溢れかえるようになりました。花子さんも満更でもなく、『おおきに~、おおきに~』と手を振る始末。それはもうスクールアイドルと呼ぶにふさわしい人気でした。すると、例のごとく、この話がお母さん達の耳にも届き始めます。


プルプルプル

『もしもし、私、五年三組の木下純一の母ですが』

『これはこれはお母様。私、三年二組担任の佐々木です。今日はどのようなご用件で』

『実は、最近噂になっている「トイレの花子さん」についてなんですが』

『あぁ、「花子さん」ですか』

『純一から聞いたんですけど、花子さんが女子トイレだけでなく、男子トイレにも出るらしいですね』

『はい。男女差別がないようにと、そのようにしていただいております』

『それは女性の性的搾取ではないですこと?』

『はぁ、性的搾取ですか』

『えぇ、花子さんは可愛らしい女の子なんですよね』

『はぁ、そうですね』

『そんな子が性の象徴たる男子トイレにいると思うと、もう可哀そうで可哀そうで』

『はぁ、可哀そうですか』

『それに、男の子たちにとっても悪影響ですわ。これが原因で、うちの純一が変態になってしまったら、学校はどう責任をとってくれるんですか?』

『はぁ、責任と言われましても』

『早急に対応していただきたいですわ』

『しかし、お母様。これは男女差別を考えた対応でありまして』

『なら、先生方はいたいけな女の子が性的な視線に晒されてもいいと』

『いえいえ、滅相もありません』

『では、ご対応よろしくお願いいたしますわ』

ガチャン


コンコンコン

『失礼いたします。佐々木です』

『おぉ、佐々木くん。入りたまえ』

『失礼します』

『何か用かね?』

『はい。花子さんの件で相談がありまして』

『またかね』

『実は、かくかくしかじかでして……』

『う~む、今度はそうきたか』

『えぇ。どう対応したものかと』

『とりあえず、また花子さんに相談してみよう』


コンコンコン

『花子さん。失礼します。校長です』

『あら、お久しぶりです。今開けますね』

ガチャ

『いかがしましたか?』

『今日はまた相談したいことがありまして』

『またですか』

『はい。実はかくかくしかじかでして……』

『なるほど。先生方も大変ですね』

『いやはや。これも仕事ですんで』

『いやぁ、別に、うちはなんとも思ってませんけどね』

『そう言いましても、保護者の方からの意見を無下にするわけにもいかないんで』

『じゃあ、もとのように女子トイレにだけ出ましょうか』

『いや。そうなると、また男女差別の問題が出てきますんで』

『うーん。そうなりますか』

『どうにかならんですかね』

『いやぁ』

『我々もいい案が浮かばず、お手上げでして』

『うーん』

『よろしくお願いしますよ』

『……一個だけ思いついたのはあるんですけど』

『もうもう、どんな手でも構いませんので』

『じゃあ、ちょっと物置の鍵を一晩お借りしてもいいですか?』

『わかりました。それくらいお安い御用です』

『じゃあ、試してみますけど、期待しないでくださいね』

『はい。本当にご迷惑をおかけしてすみません。よろしくお願いします』

バタン


 次の日、男の子達がまた花子さんに会いに来ました。

コンコンコン

『『は~なこさん』』

『……』

『あれ?返事ないよ?今日は奇数日だよね?』

『もう一回呼ぼうぜ』

『『は~なこさん』』

『私は花子さんではありません』

『え?じゃあ誰ですか?』

『歩きスマホにつながるということで校庭から撤去されていましたが、この度、男子トイレの七不思議として再就職いたしました。二宮金次郎と申します。今後ともよろしくお願いいたします』」

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