「透明」─短編小説─織田由紀夫(1059文字)読了時間 約2分

織田 由紀夫

「透明」─短編小説─織田由紀夫(1059文字)読了時間 約2分

 ルカはこの日、一人で映画を観に行った。シンジが自殺して一週間が経とうとしていた。


 平日だけあって、館内は閑散としている。日頃、ブルーワーカーとして汗水流して働いている自分に、ご褒美をとサクサクのチュロスとポップコーン、それにコーラを買った。 


「あっ、コーラは二つ下さい」


 シンジの分のコーラも買って、一人で乾杯しようとしていた。


 ルカが店員に言うと、男の店員はニコっと大きく笑い、ありがとうございますと営業トークを口にした。


 障害者手帳で割り引きが効くのは素直に嬉しかった。


 二人分割り引きになるのに、シンジはもう私の隣に居ないやと、化粧室の鏡で自分を見ながら、ポツリと呟いた。 


 不思議と涙は出なかった。


 割と短めの映画だった。新進気鋭のアニメ作家と、今話題のアニメ監督がタッグを組んだだけあって、それなりに面白い映画だった。


 一番印象に残っているのは、主人公が引きこもりから回復へ向けて動き出す時、幼なじみの親友が言った言葉だ。


「人生は多分、俺等が思っているより短いよ」


 この言葉を聞いた主人公は、ハッと我に返り、自身の問題である引きこもり解決に正面から挑んでいく。


 ルカは、自分の人生を振り返っていた。ブルーワーカーが悪い訳では無い。ただ、このまま社会の歯車として人生を終えてもいいのか。 


 やりたい事もせずに死んでいくのか。シンジの分まで生きていくと決めたのではなかったのかと。


 あたりは、すっかり暗くなっていた。今夜の東京タワーの色は何だか、成人式に着たあの日の着物の色に似ていた。


 あの日、シンジが来ていた黒のスーツは誰よりもキマっていた。


 スタバに立ち寄ったルカは、ショートサイズのカフェオレと共に、自分のやりたい事を再確認する為にスマホで検索していた。


 人生はカフェオレの様なものだ。

 甘かったり、苦かったり。


 でも、もう迷わない。ルカは固く心に決めた。どんなにわめいても、シンジは隣に居ない。


 あの日、救う事の出来なかった命。その命を大切にしたい。


 自殺する人の命を守りたい、何とか救ってやりたい。ルカはその想いから医療職へと転職しようと決めた。


 まだ遅くない。いや、まだ始まっても無い。ルカは自分にそう言い聞かせた。


 飲み終わるカフェオレのカップの底には、白濁とした茶色の泡が溜まっていた。


 ルカは音を立てながらストローで飲み干した。


 ふと、カウンター席の窓ガラスに目をやると、カップルが手を繋ぎながら歩いていた。


 ルカには、その二人が透明に見えた。ルカは気が付くと独り言を呟いていた。


「シンジ……何で死んじゃったの?」


 ルカは音を立てながら泣いていた。

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「透明」─短編小説─織田由紀夫(1059文字)読了時間 約2分 織田 由紀夫 @yukio-oda

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