廃都市の神様

相堀しゅう

1 廃都市

「ねぇ、廃都市に行こうよ」


 そう言いだしたのは、友人のマミカだった。

 ゆずりはイリは、バス停からの帰り道をマミカともう一人の友人、シウと並んで歩いていた。空は夕焼けの色に染まり、十七時を知らせる音楽がスピーカーから流れ、カラスの群れが真上を横切っていった。


 三人が住むのはT町という田舎町で、簡単に言えば山と田んぼ以外何もないところだった。

 今の時代、どんな場所に住んでいても欲しい物は通販で簡単に手に入るし、遠くにいる人とも一瞬で連絡が取れる。映画でもライブでも見たいものは大抵スマートフォンかパソコンで見られる。


 だけど田舎町はどこへ行くのにも遠いし、公共交通機関を使うならお金がいる。都市に住む子は放課後に好きなアーティストのライブに行ったり、テーマパークに遊びに行ったりできるが、それがここではできない。

 学校が終わっても行くところが無いので、教室で駄弁るか、真っすぐ家に帰るか、いいところチェーンのファーストフード店か、ファミレスか、友達の家に行くくらい。

 要は暇なのだ。インターネットじゃ得られない刺激が欲しいのだ。それは分かるけど。


「廃都市って、小学生男子じゃあるまいし」

「えー、でも一回も行ったことないじゃん。一回くらい見とこうよ」

 観光地じゃあるまいし。


 廃都市というのは、T町から車で三十分くらいのところにある巨大な廃墟のことだ。

 イリも幼い頃から遠目でだが、何度も見たことがある。大阪や東京のような大都市にある大きなビルがいくつも建っていて、見た限りでは現代の都市が朽ちたものにしか見えないが、あれで大昔の遺跡らしい。

 らしいというのは、廃都市がどんな遺跡なのか、何故都市は滅んだのか、詳しいことが一切分からない。というより、調査が行われていないのだ。


「嫌だ。廃都市に入ったら死ぬって言うじゃん」

 イリがそう言うと、マミカはケラケラと笑った。

「イリ、祟りのこと信じてるの?」


 調査の他にも、廃都市を潰して新しい都市を造る計画がイリが生まれるより前にあったそうだが、何故か都市に入ると重機が壊れたり、建物が崩壊して死傷者が出たり、工事の関係者が突然亡くなったりということが相次ぎ、廃都市は今も手つかずなのだ。

 原因が分からない為、人々は祟りだと言っている。そのせいか、廃都市から変な音が聞こえたとか、三メートルくらいある女性の幽霊を見たとか、上空にUFOの光を見たとかオカルトめいた話まである。

 そう言えば、首都の方にも動かそうとすると祟りを起こすという有名な偉人のお墓がある。そっちはその偉人が祟りを起こしていると言われるとまだ納得できるが、廃都市の方はそういう逸話も無い。

 だからより一層不気味なのだ。


「祟りが本当でも嘘でもどっちでもいいけど、そもそも建物が古くていつ壊れるか分からないから立ち入り禁止になってるでしょ。高校二年生にもなって、それで怪我して怒られるなんて馬鹿みたいじゃない」

 マミカは唇を尖らせた。

「シウは? 行く?」

 マミカはイリの左隣にいるシウに聞いた。

「ちょっと、興味ある」

 マミカはニッと笑った

「じゃー行こうよ。中に入らなくてもいいから。外から見るだけ」

 マミカに右腕を掴まれ、ぶんぶんと上下に振られる。こうなるとマミカはうるさい。まだ保育園児の方が聞き分けがいいだろう。

 イリはやれやれと溜息を吐いた。

「分かった」

「よっしゃ。じゃあ明後日の朝、バス停集合ね」


 二日後の休みの日になり、イリたち三人はバス停に集合した。バスが来て乗り込み、廃都市の最寄りのバス停まで行く。

 休日でもバスは空いていて、イリたち以外には老人が四人、小学生くらいの子が二人乗っているだけだった。

 田舎だとこんなものだ。


 三十分近くバスに揺られていると、遠くに廃都市が見えてきた。見慣れてはいるが改めて見ると、緑の山々に囲まれた、良く言えばのどかな、悪く言えば寂れた田舎の風景の中にドンと置かれた廃都市は異質だった。


 最寄りのバス停で降り、さらにそこから歩いて十分。廃都市の目の前に着いた。

 周りには誰もおらず、廃都市は周囲を工事現場で使うような黄色と黒の縞模様のフェンスで囲まれていて、立ち入り禁止と書かれた看板が等間隔で立てられていた。でも入ろうと思えば隙間からいくらでも入れそうだ。

 少し歩きながら中を覗いてみる。


 金属製の大きなビルは全ての窓が割れていて。黒い穴が空いている。フェンスの向こうはコンクリートの瓦礫が積み上がっているだけで、何も無かった。

 歴史が好きなシウは興味深そうに廃都市を見ていたが、スマートフォンで写真を撮るマミカはどこか不満そうだった。


「何にもないね」

 と、彼女は唇を尖らせた。

「そりゃそうでしょ。何期待してたの」

「祟りを起こす幽霊。もしくはエモい写真が撮れないかなって」

 今廃墟ブームじゃん? と付け加えたが。

「バカじゃないの」

「バカって言わないでよ。中に入ったらいい写真撮れるかな」

「死んでも知らないよ」

「冗談だって」

「どうするの。次のバスが来るまで一時間あるけど」

「適当に駄弁ろ。そうしてりゃあっという間よ」

 マミカはスマホを上着のポケットに入れた。

「だったら川の方に行かない? 今だったら桜が綺麗に咲いてるよ」

 シウがバス停の方を指差す。確かに来る途中に見えた川の両岸に、ずらりと並んだ桜が見事に咲いていた。

「マジ! 行く!」

 「みんなで撮ってSNSに上げよ!」と、意気揚々とマミカが歩きだし、シウも隣に並ぶ。

 やれやれ。

 イリも二人を追おうとしたその時、音もなく、突然目の前が雷でも落ちたみたいに真っ白になった。

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