第16話
主人公のピンチにこれまでの仲間たちが駆け付けたり、眠っていたチカラが発揮されたり、超常的な何かが起きたりして大団円の中終わっていくのは物語の中だけで。現実世界に生きるちっぽけなわたしにはかぼちゃの馬車もガラスの靴もない。
わたしの投げた紙飛行機は合計で7機。
フェンスを越えてグラウンドまで到達したのは6機でその中で一番飛んだものは野球部のグラウンドの二塁ベース辺りに着陸した。
距離にして70mくらいは飛んだことになるけど、バックネットまでは惜しいと言うには遠すぎる結果となった。
最後の一機を投げ終わって横目で見ると、先生は腕を組んだまま何も言わずにグラウンドの紙飛行機が落ちたあたりをじっと見つめていた。
「お疲れさまでした。短い間でしたけどお世話になりました」
早朝の陽光を背にこれまでの二か月分の感謝を込めてわたしは頭を下げた。
顔をあげると先生はいつもの仏頂面で腕時計を一瞥して。
「まだ時間はあるけど、もうやめていいのか」
「……もういいんです。あそこまで飛んだのも奇跡なくらいです。それに紙ヒコーキの回収に行かないといけませんし。早くしないと――」
「日花里はそれでいいのか」
私の話を遮るように発せられた先生の言葉に胸がチクっと痛む。
「バックネットには届かなかったですけど、あんなに遠くまで自分が折った紙ヒコーキが飛んでスカっとしました。知らない人が見てたら鳥が飛んだって勘違いしちゃうんじゃないですか。上出来ですよ本当に」
暗い雰囲気を吹き飛ばすように作り笑いを浮かべてみたけど、先生の目じりはピクリとも動かなくて、わたしはさらに続ける。
「まぁ、出来たらいいなとは思ってましたけど、普通に考えて紙ヒコーキが100mも飛ぶなんて無理な話だったんですよ。すぱっと諦めて受験生は受験勉強に集中します。学生の本文は学業にありですし――」
「そういうの日花里の悪い癖だぞ」
先生は組んでいた手を解いて、わたしの前に来て指まで差して言った。まさか怒られるとは思ってなかったわたしは言葉を紡げず押し黙っていると、先生は。
「真剣な話になりそうになると平気な顔して誤魔化すとこが日花里の悪い癖だって言ってんだ」
「ごまかしてなんてないですよ。残念な気持ちはありますけど」
やれることはやったし、今から新しい紙ヒコーキを折って投げたところでできっこない。ただ一つのことがわかっただけ。
『屋上から投げた紙飛行機がどこまで飛んだと思う? バックネット。バックネットまで飛んでったんだよ』
いつか聞いたお父さんの言葉がお父さんの声で思い出される。
もういい。もういいの。
わたしは自分にそう言い聞かせる。
「じゃあ、何で泣いてるんだよ」
「え……」
言われると同時に頬をつーっと温かい何かがつたった。
自分で触れてみてそれが涙であると理解した。
わかってたはずなのに。
夏休みに学校の駐車場で拾った鍵で初めて屋上に上がったあの日からわかってたはずなのに。
グラウンドから見るより屋上から見た方がすごく遠くに感じて。
絶対に無理だって。
でも、諦められなくて紙飛行機を投げてみて。
そしたら先生が屋上にやって来て。
あわてて給水塔の陰に隠れて見ていたら、肩を押さえながらたばこを吸い始めた。
その時にはっとあの事を思い出して、遠くからスマホで写真を撮って。
学校が始まってからもちょくちょく屋上に上がって紙ヒコーキを投げてたらまた先生が来て。
今度は見つかっちゃってもうだめかと思った時に悪知恵が働いて。
それから、先生はめんどくさそうにしながらも、たま質問してくるくらいでわたしの好きにさせてくれて。
面倒見の良いお兄ちゃんみたいに接してくれて。
「たぶん、紙飛行機は100mも飛ばない。これは変わらないことだろう。でも、それをどうにかしてやろうっていうのには理由があったんだろ。紙飛行機でチカラになれることはないかもしれないけど、話してくれたらなにかチカラになれるかもしれない」
先生はこれまでに見せなかった真剣な表情。
この期に及んでもわたしは最後の抵抗を試みる。
「……でも先生にこれ以上迷惑かけたくないですし。完全にわたしの個人的な問題ですし。先生にめんどくさいヤツって思われたくない」
まるで飼い主が居ない間に悪さをした犬みたいにゆっくり視線をあげると、呆れかえってますって顔に書いてある先生の顔がそこにあって。
「お前はバカか」
「え」
「生徒は教師に迷惑をかけるし手が焼けるもんだ。最初から折り込み済みだ。それに日花里は前から十分めんどくさいし、いまさら多少の迷惑も誤差の範囲内だ」
「んー、笑いませんか?」
「今からキレッキレの落語を一席やられたら笑うかもな」
「そんな器用じゃないです。ただの自分語りです。面白くなくてオチもない」
「笑わないよ、約束する。話してくれ」
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