第11話

 金曜日の夜。


 華金で居酒屋や飲食店が賑わう時間帯。


 日中の騒がしさとは対照的にクリック音ですら気になるレベルの静かさの中、俺と中山は仲良く残業していた。


 かれこれ1時間くらい作業に集中していたけど、そろそろ休憩をと考えて来た時。向かいの席の中山は伸びをしながら話を切り出した。


「なぁなぁ、飲み会の店決めた?」


 中山のいう飲み会とは忘年会のことである。うちの高校の忘年会は伝統的に11月に行われることになっている。忘年会シーズンの予約の取れなさや、イベント多めの12月を避けるためやらでその昔の誰かが提案したそうだ。


 マジで感謝である。


 ちなみに俺が幹事をすることになったのは中山との壮絶なじゃんけんの結果。


 あそこでグーを出していればと悔やまれる。


「あぁ、決めたよ。駅の裏の沖縄料理屋」


「あー、メンソーレか。あそこって広かったっけ」


「2階が宴会場で貸切りにできるみたいで、11月は閑散期だからってあっさりOKもらえた」


「めっちゃ良いじゃん。あそこの海ブドウ美味いんだよなぁ。あ、でもさ藤沢さん座敷ダメじゃなかったっけ。膝が悪いとかで」


「二階は掘りごたつになってるんだよ。見せてもらったけどあれなら立ち上がるのもそんなにしんどくないと思う」


「メニューにワインは?」


「ある。赤も白も。高級なのはないけど」


「飲み放題は? ソフトドリンク勢とアルコール勢がまた揉めるぞ」


「ソフトドリンクの飲み放題とアルコールの飲み放題の混在も許可とってある」


 規模の大小はあれど教師を集めての飲み会はそれなりの大所帯になることが多いから、広い席のある店で探すとチェーン店が候補に出て来やすいが、会計方法や飲み放題のルールなど融通が利かないことがほとんどだ。それに比べて個人店は店主の裁量次第なので色々と助かる。


「今回はかなりストレス少なく済みそうだな」


「それでも教頭がハイボールが薄いとか、酒の品揃えがイマイチとか、このクオリティでこの値段は高いとか言いそうだけどな」


「まぁ、あの人はなにか小言を言わないと気が済まない人だからな。ミシュランで星取ってる店でもきっと文句は言うよ」


 そうなのだ。うちの教頭は絶対に人を褒めないし、常に一言も二言も多い。だから小言を言うくらいならむしろ褒められてるまである。本当にダメな時は黙るのだ。


 めんどくさい彼女かよ。


「席順はどうなってる? 前に俺が幹事した時に学年主任の大木さんがぶつぶつ言ってた」


「それも一応作っておいた。結婚式かよってな。上座下座はわかるけどさ、あとは到着順で空気読みながらで良いと思うんだけどな」


「ほんっとに厄介だよな。飲み会の幹事って。おつかれ」


「新年会は中山な」


「いや、そこは正々堂々とじゃんけんで」


 毎年毎年リクルートスーツを着た新人が入ってくる職場とは違い、うちの高校には大体が他校での経験のあるベテランがやってくるもんでいつまで経っても俺と中山が一番下。


 そういうわけで飲み会の幹事は俺と中山で交代で持ち回りなのだ。


 来年こそは力仕事が出来て飲み会の幹事も快く引き受けてくれる男性教師入ってきてくれ。


「橋本も中間テスト作成中?」


「それはもう終わった。今は授業で使うプリント作成中」


「はやっ」


「まぁ日本史のテストは英語ほど凝るとことも少ないしな。いつもは中山の方が先に作り始めてるのに珍しくね?」


「この時期の中間テストってさ受験生からしたら邪魔なものでしかないじゃん? 扱ってる範囲って塾とか予備校でとっくに終わってるだろうし、それぞれやりたい勉強あるだろうに。そう考えたら張り合いがないっていうかな」


「英語はまだマシだろ。数学なんか私立文系の連中からしたら見向きもされないって、藤川先生ぼやいてだぞ」


「それはそうだけど……この時期は生徒も教師もナイーブになるんだよ。俺なんてたまに自分の高3のこの時期のこととか夢に見るし。橋本は現役の時のこと思い出したりする?」


「思い出さないな。現役の時の俺ってマジで現実見えてなかったんだよ。根拠のない自信でなんとかなるって難関私立だけを受験して、結局どこも受からずに浪人したし」


「なんとなくその感覚はわかる。○○大学くらいは受かるっしょみたいな」


「そそそ、で受けてみたらあっさりと落ちるのな」


「遠くから見てる山を実際登ってみるとってやつだな」


「ってか橋本って浪人生だったの。俺の一個上じゃん。橋本先輩じゃん。うっす」


「今更良いから。そのノリもめんどくさいし」


 けたけたと肩を揺らして笑う中山の顔には一切のリスペクトなどなく、ただそういうところがこいつの良いところでもある。


「そういえば、坂本さんも三年だったよな。あの子とは結局なにがあったの? 気にしてるみたいだったけど」


 坂本と言われて一瞬考えてから日花里のことだと理解する。


 模試の氏名を見ても、体操服の胸に書かれた苗字を見ても、まだピンときてない。


 俺の中であいつはまだまだ日花里という変な奴なのだ。


「なにかあったというか……」


 窓の外はすっかり暗く、職員室には俺と中山以外だれも居ない。机の上のすっかり冷たくなった元ホットコーヒーを見つめる。


 あまり自分のことを周りにペラペラ喋るのは性に合わないけど、中山にならいいかもしれない。というか中山以外にこの話を出来る相手がいない。


 実はなと前置きをしてから、これまでのことを中山に洗いざらい打ち明けた。




「毎日毎日こそこそ屋上に行ってると思ったら、生徒とイチャイチャしてたのか」


「いちゃいちゃはしてない。どう解釈したら俺とひか……坂本がイチャイチャしてるように聞こえるんだよ。仮にも俺は喫煙写真で脅されてるんだぞ」


「男と女が二人だけの秘密を共有したら、それはもうデキてるってことだ。俺にはやめておけって言ったくせに自分はよろしくやってるなんて。匿名でSNSに呟こうかな」


「ちょ、バカ言うな」


「ってのは冗談だけど、今時のJKが紙飛行機を屋上でせっせと投げてるってどういうこと?」


「こっちが聞きたいよ。探ろうにもなんだかんだで煙に巻かれるし」


「でも良かったじゃん。紙飛行機をやめるって言ってるんだろ? これで橋本もコソコソ屋上に行く必要もなくなるわけだし。その写真も消してもらってさ」


「そうなんだけど、なんか釈然としないんだよな。読みかけの本を途中で読むの止めるみたいで」


「じゃあストレートに聞いてみればいいじゃん」


「そう簡単にストレートにって言うけどさ、俺みたいな担任でも担当教科でもない教師がずかずかと踏み込んでいいものかとも思うんだよ」


「その心は?」


「日花里ってさ、たまにすごい諦観したっていうか、無理して笑ってるみたいな時があるんだよ。普段はバカっぽい感じなんだけど、ふとした瞬間に何考えてるかわからないし」


「で、橋本としてはどうしたい」


「何のために日花里がそれを目標にしてるかはわからないけど、どんな形であれ一生懸命やってる奴のチカラになってやりたい。諦めるにしてもスッキリする形で終わらせてやりたい」


 中山はじっと俺の目を見つめて。


「じゃあ、真剣に紙飛行機100m飛ばす方法考えるか」


「でも現実的に考えてどう思う? 屋上から投げ下ろすって言ってもバックネットまでだぞ」


「大谷翔平ならワンチャン?」


「お前は俺か」


「俺は中山だよ」


「わかってるよ」


「いつでもチカラが必要だったら言ってくれ。俺は親愛なる同僚橋本のために一肌も二肌も脱ぐ準備は出来ている。俺たち教師は自分よりも生徒の為、他人のために動ける人間だ」


「……お前って良い奴だよな」


「その代わり、その屋上の鍵だけはきっちり回収しといてくれよ」


「なんだ、結局自分のためかよ」

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