第22話 癒しの空間へ

 サンキャッチャーが吊るされたステンドグラスのインテリアを置く1室には、ラベンダーのアロマオイルの香りが広がっていた。


 白いシーツが敷かれたベッドの上、今日もスターシードと呼ばれる迷える子羊のお客様が来店していた。純白なAラインのドレスに身を包む姫田 倫華ひめた みちかは、スピチュアルで人を癒すライトワーカーとして働いていた。最近は、店舗よりもSNSで発信して収益を得ることが多くなっていた。来店するのは珍しかった。お相手の話をじっくり聞いて過去を洗い出し、浄化や癒しを与えることはもちろん、オラクルタロットカードで未来を占うこともしていた。


「―――どうですか? 気持ちは楽になりましたか?」


 施術が終わったお客様に優しくそっと話しかける。施術を受けたごく一般の専業主婦の井上 節子いのうえ せつこは仰向けに寝ていた体をゆっくりと起こした。


「……うーん。そうですね。さっき、ここに来る前は片頭痛が治らなかったんですけど、だいぶ楽になりましたね。先生のおかげです!」


 井上 節子は、両手を合わせて、拝むように喜んでいた。まるでお釈迦様に対応するようだった。実際、姫田 倫華の背中には天照大御神の姿があった。見える人にしか見えない強力な神様が憑いていた。


「それは本当に良かったです。私も井上さんが元気になられて嬉しいですね」

「本当ですか? 共感してもらえるなんて今まで人生でなかったので凄くよかったですよ。また来てもいいですか?」

「ええ、予約していただけたらぜひどうぞ……ただ、申し訳ないですけど、今のところ今月の予約はいっぱいでして……」


 姫田 倫華は、カウンターの上で予約表をペラペラとめくって確認した。ボールペンで書いた名前がじっしりとノートにあふれていた。


「そんなに混んでいるんですね。ちょっと待ってください。私も予定確認します」

 

 井上 節子は、バックの中から手帳を取り出し指を舐めながら、ペラペラとめくって3ヶ月予定を確認した。


「あ、10月上旬はどうでしょうか?」

「はい。1日から空いてます。まだ埋まってないので大丈夫ですよ。名前入れておきますか?」

「ぜひ。そりゃぁ、もうぜひともお願いします!」

「しばらく期間空いてしまいますけどね」

「仕方ないです。そこまでは。心療内科にも通ってるので、間を持たせます」

「……良かった」

 

 姫田 倫華は、目を細めてにっこりと笑った。あくまで施術はリラックス効果を高めるもので医療行為ではない。病院とのつながりはないもので、心を有意義にさせるもの。美容院に通う感覚だとお客様には説明していた。施術料がかなり高めなのも納得してもらっている。クレジットカード払いや分割払いにも適用しているため、無理に現金払いを勧めることもない。安心してもらうお客様がほとんどだった。いつどこでクレームが入るか分からない世の中だ。慎重に対応にするようにと背中ではアドバイスを受けている姫田 倫華だった。


「またのお越しをお待ち申し上げております」

 

 出入り口付近では姿が見えなくなるまで丁寧にお辞儀をしてお見送りをした。そこへ、背中に浮遊している天照大御神は、どっとパワーを使って体をがっくりと落としていた。


「大丈夫ですか?」

『……結構、きついわね。あの人。貧乏神を取り除くのにかなりパワー使ったわ。背中が痛い痛い……』

「お疲れ様です。いつもありがとうございます。助かっていますよ」


 天照大御神は、肩や背中をぽきぽき鳴らして体勢を整えた。姫田 倫華は軽く会釈をする。対応はお客様と変わりはない。


「お供えものにと落雁用意しておりましたので、休憩しましょう」

『あら、本当? 私、落雁好きなのよ。気が利くわね』

「いえいえ。いつも助かっておりますから、ほんのお礼です」


 いつでもどこでも素顔を見せない姫田 倫華のことを天照大御神は少々疑問に思っていた。


『落雁楽しみだなぁ』

 

 お店に続く階段を2人はニコニコしながら登っていく。

 その姿を少し離れた電柱から覗いていたのは中島 颯真と紫苑だった。ライトワーカーの情報を聞きつけて、調査をしていた。指を何となくぽきぽきと鳴らしたくなった颯真に紫苑はじっと見つめる。


「今から喧嘩売りに行くわけじゃないよね?」

「え、まさか……ちょっと指がね。気になっただけ」

「あ、そう。 颯真、余計なことするなよ? 今日はライトワーカーの調査だけだから。手を出すなよ」

「誰が手を出すか。紫苑、お前こそ、調子乗るなよ」

「ふん……」


 紫苑は、バサバサと空中を飛んで旋回する。周りの通行人はおかしな人がいるなとジロジロ見る人がいた。慌てて、影に隠れてごまかす2人だった。




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