春だというのに

ビト

第1話

 木戸夏目が死んだ。私がそれを知ったのは、テレビでもスマホでもなく、ラジオだった。ラジオなんて日ごろ聞かないのに、たまたま気が向いたからつけただけでこんな不吉なニュースを届けてくるとは。少し好きになりかけていたラジオが、たちまち嫌いになった。


春だというのに。


 一年は一月一日から始まるというけれど、私にとっては春、つまり三月か四月から一年は始まる。卒業シーズンでもあるから別れの季節だろう、という人とは根本から分かりあえない。私にとっては、やっぱり春は始まりの季節なのだ。

 なのに、木戸夏目は死んだ。ラジオパーソナリティーはなにやらゴニョゴニョと言っているが、どうやら自殺らしい。自殺。やはり重圧からだろうか。アイドルという生き物は、スポットライトと共に奈落からの黒いまなざしも浴びせられる。だからだろうか。だから彼女は死んでしまったのだろうか。ただの一ファンでしかない私には、彼女の心の内など分かろうはずもない。


春だというのに。


 でも、でもどうしても涙が止まらないのは、私が彼女にとって特別な存在だったと勘違いしているからなのだろうか。私は彼女の為になにか出来たはずだ、と思ってしまうのは、身の程もわきまえないおごりなのだろうか。どうして、どうして私にはどうしようもないことなのに、これほどまでに悲しいのだろう。どうしてこれほどまでにこの胸は痛むのだろうか。

 あぁ木戸夏目さん。なっちゃんなんて愛称で呼びたくはありません。私にとって、あなたは触れることさえ許されない、太陽のような存在なのですから。これからもこの世にはたくさんのアイドルが生まれるでしょう。そしていつか、あなたがアイドルだったことも、薄情な人達はみんな忘れてしまうでしょう。それでも、それでも私だけは決して忘れません。まぎれもなくあなたは、私にとって唯一のアイドルなのですから。


春だというのに、さようなら。



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春だというのに ビト @bito123

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