第27話

ついに護の4歳の誕生日がやってきた。


「よし、いくぞ」


前日から明日は早起きして出かける準備をするようにと言われていた私と護は行き先も知らされぬまま桐生さんの車に乗り込んだ。


「どこいくの~?」


「まだナイショだ」


車を走らせる間、護は後部座席で天井のテレビモニターに映ったアニメをご機嫌で眺めていた。


「次に買うときはミニバンにするべきだな。泊りがけの旅行じゃ荷物を多く詰めないし」


「……旅行……私と護と一緒に行ってくれるんですか?」


「当たり前だろう。何でだ?」


「いえ……なんでもありません」


桐生さんは護との親子関係を調べる為に大急ぎでDNA鑑定を依頼した。


早ければ二週間後には結果が出るらしい。


桐生さんはいつも通りに接してくれるけど、あの日から私は少しのことにも過敏になってしまう。


きっと、桐生さんと護と三人の生活があまりにも心地いいせいだ。


愛が溢れる幸せな家庭。両親を亡くしてからずっと憧れていた生活。


贅沢な悩みかもしれない。でも、その生活が何かのきっかけで崩れてしまったらと思うと怖いのだ。


「わぁぁぁああ!!ゆーえんちー!!」


窓から見える観覧車に目を爛々と輝かせる護。


「ここって……」


「一度護を連れてきてやりたかったんだ。奥には動物園もある。一挙両得だろう」


車を降りると、軽快な音楽の響く遊園地内にテンションの上がった護はあっちこっちと歩き回る。


「あれのる!」


メリーゴーランドを指さすと護が走り出す。


「走ると危ないぞ」


「早く~!!」


私と桐生さんははしゃぐ護の姿に目を見合わせて笑いあった。


観覧車、コーヒーカップ、子供向けのジェットコースターなどたくさんの乗り物に乗り護は大興奮だった。


昼食をとって少し休むと、体力が復活したのか護の「コーヒーカップのる!」の言葉を合図に席を立った。


ご飯を食べた後のコーヒーカップの恐ろしさを身をもって体験した私たち。


顔を真っ青にしてうな垂れる大人二人を横目に、護はきゃっきゃと嬉しそうな声を上げながら勢いよくコーヒーカップを回した。


遊び尽くして大満足の様子の護を連れて同じ敷地内にある動物園へ向かう。


「くまさんいるけどみえない」


「護、おいで」


ヒグマのコーナーには人が群がっていた。


すると、桐生さんは護を肩に乗せて肩車してくれた。


「くまさん、いたー!おっきい!」


「おいおい、あんまり暴れるな。ちゃんと俺に捕まってろよ?」


護が落ちないように両手でがっちりと支える桐生さん。


暑いのに桐生さんは長袖だ。汗をかきながらも護に動物を見せてあげようとしてくれるその優しさに胸が熱くなる。


この人を好きになってよかった……、そう心から思えた瞬間だった。



「護、手を出して。可愛いよ。いいこいいこしてあげて?」


「こわい!!」


「怖いかぁ。無理かな……」


動物とふれあえるコーナーへ行くと、長椅子に座りたくさんの子供たちがモルモットやひよこを膝に乗せていた。


猫や犬は平気なのに、小動物は苦手なのかビビりまくり腰の引けている護に苦笑する。


「大丈夫だ、護。一緒に抱っこしてみるか?」


桐生さんに促されて護が小さく頷くと、桐生さんの手の中にいるモルモットをゆっくりと護の膝の上に乗せた。


「優しく撫でてあげるんだ。できる?」


「……うん」


「すごいぞ、護。よく頑張ったな」


おっかなびっくりながら指先でモルモットを撫でることに成功した護を桐生さんは笑顔で褒めた。


それで自信がついたのか、しばらくすると護は一人でモルモットを抱っこすることができるようになった。


「桐生さんはすごいですね」


鳥類コーナーへ移動して珍しい鳥に釘付けになる護の後ろで私は思わず漏らした。


「何がだ?」


「さっき、護はモルモットを抱くことはできないだろうなって勝手に決めつけて諦めちゃってました。子供の芽をつぶすなんてダメな母親ですね」


子育ては難しい。どんなに育児本を読んでも分からないことだらけだし思ったようにいかないことも多い。


毎日が手探りの連続だ。


「そんなことない。莉緒はいい母親だし、自信を持っていいんだよ」


「自信か……。あんまりないです」


しんみりしないように無理して明るく笑うと、桐生さんが私の頭をポンッと叩いた。


「莉緒だけじゃなくて、俺も自信なんてない。どうやったら莉緒と一緒に護を育てていけるかっていつも考えてる」


意外な桐生さんの言葉に耳を傾ける。


「俺は子供の頃、両親に否定ばかりされて生きてきた。お前はダメな奴だって、いらない人間なんだって。だから、こういう場所に連れてきてもらったこともないし、やりたいことも何一つやらせてもらえなかった」


桐生さんが護の背中を見つめる。


「だから、護には好きなことをして欲しいし、その手助けならいくらだってする。自分がやってもらえなかった分、護にたくさんのことをしてあげたいと思ってる」


「桐生さん……」


「きっと子育てに正解なんてない。子供だけじゃなくて親も失敗しながら成長していければいいんじゃないか?俺は莉緒と一緒にそういう子育てをしていきたい」


桐生さんは私が思っているよりもずっと護のことを真剣に考えてくれていたんだ……。


「つぎはあっちね!」


自然と桐生さんの手を取り歩き出す護の姿に自然と笑みが漏れた。



夜になり陽が落ちると、桐生さんに連れられて園内の芝生にレジャーシートをしいて腰を下ろした。


「護、花火を見たことある?」


「ぱちぱちの?」


「ドーンってでっかいやつだ」


「それはまだ一度もないです」


「そうか。じゃあ、今日が初めてか」


週末になると園内で行われる盛大な花火。わざわざ他県からみにやってくるお客さんもいるほど有名だ。


桐生さんが事前に場所を確保してくれていたおかげでゆったりとした時間を過ごすことができた。


よほど花火が楽しみなのか、護はソワソワと落ち着かない様子で空を眺めている。


「そういえば、前に護に聞いただろ?誕生日プレゼント、何が欲しいって」


「うん!」


「あれ、まだ決まらないか?決まったら教えてくれる約束だっただろう?もしあるなら、明日にでも買ってくるよ」


いつの間に二人でそんな約束をしたんだろう。


不思議に思っていると、護が急にもじもじしだした。


「護、もしかしてトイレ?今ならまだ花火の時間に間に合うから行ってこようか?」


「ちがうの」


「それじゃ、なに?」


「……プレゼント、ものじゃなきゃだめ?」


「いや、ものじゃなくてもいいよ。どこかへ行きたいとか、なにかをしたいとか。そういうものでも全然いい」


桐生さんがそう言うと、護が桐生さんの洋服の裾をギュッと掴んだ。


「護……?」


不思議そうに護の顔を覗き込む桐生さん。


そんな桐生さんの目を真っすぐ見つめて護は言った。


「パパになって」


「え……?」


「きりゅーさんんにまもるのパパになってほしいの」


隣にいる桐生さんが息をのんだのが分かった。


「だめ……?」


「……ダメなわけないだろう。俺も……ずっと護のパパになりたかったんだから」


「……ほんとに?まもるのパパになってくれる?」


目を潤まながらも嬉しそうな護を桐生さんはあぐらをかいた膝の上に向かい合うように乗せてぎゅっと抱きしめた。


「ああ。俺は護のパパだ。護とママとパパで家族になろう」


「パパ……!」


「ありがとう、護」


桐生さんにぎゅっと抱き着く護の姿に自然と涙がこぼれた。


護が桐生さんを慕っていたのは知っていた。


でも、パパになることを願っていたなんてしらなかった。


「護、俺もママに言いたいことがあるんだ」


「え……?」


ボロボロと涙を流す私に、桐生さんがポケットから取り出した四角い箱を私の前に差し出した。


箱を開けると、そこにはキラキラと輝く宝石のついた指輪がおさめられていた。


「莉緒、俺と結婚してくれ。莉緒と護を必ず幸せにする」


胸が苦しいぐらいに締め付けられて、うまく言葉にならない。


これ以上の喜びはないというほどに全身に幸せが蘇ってくる。


「……もちろんです。私と護の家族になってください」


桐生さんは優しく微笑むと、私の左手の薬指にそっと指輪をはめた。


「よかった。ピッタリだな」


左手に輝く指輪に再び涙が溢れた。


「ママなかないでぇ」


心配そうな護に微笑む。


「ママはね、悲しくて泣いてるんじゃないんだよ。嬉しくて泣いてるの」


「莉緒、愛してる」


桐生さんはそう言うと、そっと私の唇にキスをした。


その瞬間、私達を祝福するかのように綺麗な花火が夜空を飾った。


「わぁぁぁ!!きれー」


親子三人でくっついて夜空を見上げる。


長い長い遠回りの末、私達は家族になれた。


「護、4歳のお誕生日おめでとう」


私と桐生さんの言葉が重なり合ったとき、一段と大きな花火が夜空を飾った。


色とりどりの花火は今まで見たどんな花火よりも綺麗だった。


きっと、それは護と桐生さんという愛する大切な人が私のそばにいてくれるから――。

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