第20話
「姐さん、乗ってください!兄貴に怒られないように安全運転でいきますから!」
松ちゃんの運転する乗用車の助手席に乗り込むと、車はゆっくりと動き出した。
「なんか一誠くんって護と同い年とは思えないぐらい落ち着いてるね」
「いや、アイツできる男ぶってますけどこないだなんて保育園にパジャマ着て行きましたからね」
「パジャマ?」
「パジャマの上から用意されてた服来てったんすよ。実はとんでもなくすっとぼけてますから」
「すっとぼけてるって、言い方よ……!」
スーパーに行くまでの車中、松ちゃんと私は子育て話に花を咲かせた。
「でも、松ちゃん偉いね。甥っ子の面倒見てあげるなんて」
「俺、子供といるのあんま苦にならない性格なんっすよね。ま、俺が子供っぽいってのもありますけど。ていうのは置いといて、姐さんは兄貴のことどう思ってんすか?」
「これまた唐突に聞くね……」
松ちゃんの切り替えの早さに苦笑いを浮かべる。
「俺的には兄貴と姐さんが一緒になってくれたら嬉しいっす。だって兄貴、姐さんの為に組抜けたんっすから。若頭までいって次期組長と目されていながら辞めるって普通じゃ考えられないっすよ!」
「そうなんだね……」
「兄貴はそれだけ姐さんに本気ってことっす。それだけは分かってあげてください」
「うん」
松ちゃんはそう言うと、チラリとルームミラーに目を向けた。
眉間に皺を寄せて何故か表情を固くする。
「どうしたの?煽られた?」
「あー……、みたいっすね。でも、法定速度で走んないと兄貴にどやされますから。しゃーねーっすわ」
いつものように微笑んでいるのに、松ちゃんの目は笑っていない。
それからすぐ、スーパーの駐車場に到着した。
不思議なことに松ちゃんは店から一番離れた場所に車を止めた。
「松ちゃん、ここ遠くない?荷物運ぶの大変じゃ……」
「姐さん、いいですか?絶対に車から出てこないと約束してください」
「え……?」
「ずっと黒い車につけられてました。ちょっと話してくるんで」
松ちゃんが運転席のドアを開けると、すぐそばにフルスモークの黒い乗用車が停まった。
「え……松ちゃん、待って!危ないよ!!桐生さん呼ぼう……!」
「――兄貴はもうカタギっす。すぐ終わるんで待っててください」
そうだ……。桐生さんはもう組の人間じゃない。
松ちゃんは車から降りると、乗用車に歩み寄る。
中から現れた3人の男が松ちゃんを取り囲んだ。
その中の一人と目が合う。それは、山菱組の川島だった。
「どうして……」
今までこうやって車で追いかけてきたことなど一度もない。
私と連絡もとれず、さらにはアパートにいない。借金の催促が出来なかったから強硬手段に出たんだろうか。
手が震える。
どうしよう……。私のことに松ちゃんが巻き込まれてしまう。
「お前ら、何の用?」
「お前、龍神組の本部長だな。確か……松田と言ったか……。用があんのはあの女……初音莉緒だよ。アイツを渡せば大人しく帰ってやるよ」
「お前ら山菱組の連中か……?彼女はお前らには渡さない。話なら俺が聞く。さっさと言え」
「テメェ、何上から目線でモノ言ってくれてんじゃこら!!」
チンピラのような風貌の男が松ちゃんの服の首元を掴む。
「その汚ぇ手を今すぐ離せ」
「んだと、こら!!」
松ちゃんは龍神組の本部長だ。山菱組の人間と揉めれば組同士を巻き込んだ大騒ぎになってしまう。
「……やめて!!松ちゃんを離して!!狙いは私でしょ!?」
車から飛び降りて駆け寄ると、松ちゃんが慌てたように男の手を振り払った。
「姐さん!危ないから車に戻ってください!!」
松ちゃんが男たちと私の間に立ちふさがる。
「それはできないよ。私の問題に松ちゃんを巻き込むわけにはいかないから……。あなたたちは私に話があるんでしょう?だったら、松ちゃんには手を出さないでください!!」
「偉そうなこというのは耳揃えてきっちり金返してからにしろや、このクソアマ!」
川島が叫んだ瞬間、松ちゃんが「は?」と呟いた。
「松ちゃん……?」
今まで見たことがないぐらい恐ろしい表情を浮かべた松ちゃんの横顔に息をのむ。
「誰に向かってクソアマなんて言ってんだ?」
殺気だった目で川島を睨み付けると、川島は挑発的に笑った。
「この女のことに決まってんだろ。お前のとこの元若頭はこんな借金まみれの女のどこがよかったんだろうなぁ?」
「兄貴と姐さんを侮辱する奴は許さねぇ」
松ちゃんはその言葉と同時に山菱組の男たちに殴り掛かった。
あっという間に川島の周りにいた全員を叩きのめし、残るは川島ただ一人になった。
「テメェ、山菱組にケンカ売りやがったな?この落とし前はつけてもらうからな?」
「ケンカ売ってきたのはお前が先だ。それに、俺はこのまま山菱と戦争になっても構わない」
「……なっ」
冷めた目で川島を見下ろしながら松ちゃんが笑った。
「今度はもっと骨のあるやつ連れてこいや。いつでも相手してやる」
松ちゃんは拳を振るった。初めて見た松ちゃんの裏の顔。
いや、もしかしたらこれが表の顔なのかもしれない。
松ちゃんが胸の前で拳を構える。格闘技経験者なのか動きには切れがあった。
川島は松ちゃんの拳を何度となく食らい、反撃の機会もなくその場に倒れた。
気を失っているのか、ピクリとも動かない。
「――姐さん!!」
すると、松ちゃんが振り返り私の顔を覗き込んだ。
その顔から殺気は消え、いつもと同じお調子者の松ちゃんに戻っていた。
「大丈夫っすか?つーか、車から降りないように言ったじゃないっすか!」
「ごめん、でも松ちゃんを助けなきゃって思ったら体が勝手に……」
「全く!姐さんは怖いもの知らずすぎますって」
「だってしょうがないじゃない。松ちゃんに何かあったらって思ったら私……。松ちゃん、大丈夫?ケガしてない?」
「見ての通り一発も食らってねぇし、ピンピンしてます。あいつら、弱すぎて驚きっすね。暴れ足りなかったっす」
はははっと笑い飛ばす松ちゃん。
「ごめん、松ちゃん……。松ちゃんを私のことに巻き込んじゃって……」
「車に戻ったら話聞きますよ」
松ちゃんに促され、私は再び車に乗り込んだ。
スーパーの駐車場を離れ、そこから少し距離のある場所まで移動すると松ちゃんは車を停めた。
「……――なるほど。あの貼り紙もアイツらの仕業だったんすね」
「うん……」
松ちゃんに私と山菱組の繋がりを知られてしまった以上、隠しておくことは不可能だった。
「100万を完済後にまたアイツが現れて、叔父さんがつくった借金500万を肩代わりしろと言ってきたってことっすね?」
「そう。前に住んでたアパートにも来たことがあったの。そのとき、500万をチャラにする代りに桐生さんを売れって言われて……」
「それが出来なくて姐さんは姿をくらました。そういう理由があったのか……」
松っちゃんは納得したようにうなづく。
「話は分かりました。ただ、このこと兄貴には……――」
「言わないで!」
私は松ちゃんに頼み込んだ。
「桐生さんを巻き込みたくないの」
「でも、じきに兄貴の耳にもこの話は伝わると思います」
「どういうこと……?」
「さっき言ったでしょ?山菱組と抗争っすよ」
松ちゃんの言葉に私は青ざめた。
「どうしよう。全部私のせいだ……」
「違いますよ、姐さん。これは意味のある争いっす。俺も兄貴も、不毛な戦いはしない主義なので」
「松ちゃんの言葉の意味が分からないよ……」
「とにかく、こうなった以上やるしかないっす。ちょっと予定より早まったけどいつかはこうなる運命だったんで。姐さん、飯はまた今度の機会にお願いします!」
松ちゃんは車をUターンさせてマンション目指して走り出した。
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