桐生尊side

第18話

「どういうことだ……?」


二人が寝静まった後、書斎で俺は悶々とした気持ちを抱えながら呟いた。


莉緒を病院の裏口まで迎えに行ったとき、莉緒は見知らぬ男と言葉を交わしていた。


病院の関係者だろうか。


大事な話をしているんだとしたら邪魔しては悪いと思い、二人の姿が見える位置に車をとめて待機していた。


そのうち二人は言い争いを始めた。


俺は弾かれたように車を降り二人の元へ足を向けた。


そのときだった。


『護は僕の子なんだろう?』


男の言葉が鼓膜を震わせ、その場に立ち止まる。


俺は全てを悟った。


今、莉緒と言い争っている男が彼女の元カレで護の父親なのだと。


莉緒をこっぴどく捨てたクソ男を殴ってやりたい衝動に駆られるもそれをぐっと抑える。


どんなに酷い奴だろうと、護の父親はこの男なのだ。


言い争う二人は興奮しているのか俺の存在に気付かない。


何があったのかは知らないが、これでは盗み聞きだ。


踵を返そうとした瞬間、今度は莉緒が叫んだ。


『違う!!あなたの子じゃない!!』


『いや、僕の子だよ。口元なんて昔の僕そのものだから』


『ふざけたこと言わないで!!』


莉緒は男を拒絶するようにその手を振り払って叫んだ。


莉緒の言葉はあまりにも衝撃的だった。


――なんだと。護がこの男の子供じゃない……?


だとしたらなぜ俺に元カレの子だと嘘をついたんだ……?


どうしてそんな嘘をつく必要があった……?


男が莉緒に何かを告げて去っていく。


その後ろ姿を忌々し気に見つめてため息をついた莉緒。


俺は気持ちを落ち着かせてから何食わぬ顔で莉緒に近付いていった。


『待たせて悪かったな』


『いえ、ありがとうございます』


声をかけると莉緒は俺に柔らかい笑みを浮かべた。


莉緒は一体何を隠しているんだ……。


俺は思考を遮るようにデスクの上のスマホを手に取り耳に当てた。


『もしもし、兄貴、俺っす。珍しいっすね、兄貴が電話かけてくるなんて』


「ああ、莉緒のことでちょっと話があってな」


『姐さんっすか?どうしました?』


俺は今日のことを松に話した。


「お前、女とのそういうの得意だろ?」


『そういうのってなんすか?ま、俺は確かに女の子にモテますけど。髪色をちょっと大人っぽいアッシュグレーにしたらさらにモテちゃってヤバいっす』


「俺はお前の自慢話を聞きたくて電話したんじゃないぞ」


『分かってますって~、で、姐さんの話っすけど、まもるんは兄貴の子っすよ、多分』


「……それ、本気で言ってんのか?もし冗談ならぶっ殺すぞ?」


松の言葉に期待値は更に跳ね上がる。


護は本当に俺の子なのか……?


『やめてくださいよ~!物騒な。てか、その元カレにあなたの子じゃないって姐さん言ってたんっすよね?』


「言ってた。だが俺には元カレの子だと言っていたんだぞ。どうしてそんな嘘をつく必要がある?」


『うーん……』


松は考え込んだ後、明るい口調で言った。


『兄貴のことが嫌で咄嗟に元カレの子って言った、とか?』


「……おい!」


『はははっ、冗談っす。そもそも、兄貴が嫌なら一緒に暮らしたりしないでしょ。まあ、恋愛のプロの俺から見ると、五年前の姐さんは間違いなく兄貴に惚れてました。そんな姐さんが元カレと兄貴に二股をかけるとは考えられない。となると、答えは一つ』


「どうしても俺に隠さないといけない理由があるということか」


だとしたら、全ての辻褄が合う。


『俺はそう思いますけど。もしかしたら、姐さんのアパートに貼り紙をした人間が関係しているのかもしれないっすね』


「そうだな。少し探ってみる」


護が俺の子供かもしれないと考えただけで胸の中に熱いものが込み上げてくる。


だが、もし違ったとしても俺は護と一緒にいたい。


莉緒と護と家族になることを俺は強く望んでいた。


『そういえば、最近若頭が不穏な動きをしているんです』


「桜夜がか?」


思わず険しい表情になる。


『はい。他の組の連中とつるんで何かを企んでいるみたいなんです』


龍神組は今や関東一の勢力を誇っている。


それは組長である龍神武蔵の手腕にある。


組長は何よりも規律を重んじる人物で、カタギの人間に手を出すことを一切禁じていた。


そして、組を裏切る人間は容赦なく叩き潰した。


『暴力や恫喝でシノギ増やすのは簡単だ。だが、それは賢いやり方とは言えねぇ。今は、頭を使って稼ぐ時代だ』


そのあたりでヤンチャしているごろつきには見向きもせず、大卒のスペックのいい人間をスカウトしてきてはフロント企業の頭にした。


今では建設会社や不動産産業、リース会社や人材派遣業など組関連の企業は多岐に渡る。


善人ぶっているがヤクザよりも質の悪い人間から金を巻き上げることを得意としていた。


だが、組を大きくすればいいという話でもない。


統制力のある組長でも、愛人の息子の山岸桜夜には手を焼きいまだに手綱を握れていないようだ。


組長が俺を若頭にした時から、俺は桜夜に恨まれていた。


血縁関係のない俺が自分よりも早く昇格し若頭の地位についたことが許せなかったんだろう。


組長にしつこく自分を若頭の座に付けろと直談判したと噂で聞いた。


『桜夜さんが若頭になってから、組のまとまりがなくなってるんすよ。それに、あの人はカタギの人間にも容赦なく手を出してますからね。そのせいで地域の治安も悪化してます』


「なるほど……」


『俺が一番心配なのは兄貴っす。いくら兄貴がカタギになったからってあの桜夜さんが黙ってるはずないと思わないすか?静かすぎて恐いぐらいっすよ』


「そうだな。アイツは俺を恨んでるからな……」


俺は頭の中で考えを巡らせた。


『姐さんの件、若頭が嚙んでるなんてことありませんよね?』


「……まだ分からない。だが、桜夜にこのまま好き勝手させておくわけにはいかない」


『確かにそうっすけど、兄貴は弁護士なんっすから下手なことしたら弁護士資格はく奪されますよ!?』


「分かってる。その代り、お前に協力して欲しいことがある」


『……兄貴って言いだしたら絶対折れないっすもんね。ま、俺は兄貴のそういう筋の通ってるとこ好きっすけど。ただ、無理はしないでくださいよ』


一見すると口調もアホだし頭の中が空っぽに見える松だが、昔から頭の回転が早く機転が利く。


俺が組にいる間、優秀な松にどれだけ助けられたか分からない。


「桜夜の交友関係を至急探ってくれ。それから――」


俺は松に指示を送る。


『任されたっす!!』


電話を切ると、俺はパソコンを開いて莉緒のアパートに貼り付けられていた貼り紙の写真を見つめた。


俺が必ず解決する。


莉緒と護のことは必ず俺が守ると固く誓った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る