第2話 

朝のラッシュが過ぎ去った電車内。

佐々木は珍しく空いていた優先席に腰を下ろした。研究室に向かう途中、論文の校正作業を進めようと思ったからだ。

「あれ?この実験データおかしいな...」

ノートパソコンに表示された数値を眺めながら眉をひそめる。前回の発表会の混乱以降、佐々木は発言に気をつけるようにしていた。あの「アナルの乾燥」発言は今でも学内で語り草になっているのだ。

電車がゆっくりと次の駅に停車する。ドアが開き、乗客が入れ替わる中、一人の外国人男性が乗り込んできた。胸元に大きく「ROVER」と書かれたTシャツを着ている。


佐々木は一瞬、「ROVER」の文字に目を留めた。

(ROVERって...)

次の瞬間、佐々木は勢いよく立ち上がった。

「あの、ROVERさん!こちらにどうぞ!」

電車内の乗客が一斉に振り向く。Tシャツの男性も驚いた顔で佐々木を見た。

「え?俺?」

「はい!優先席ですから、ROVERの方はどうぞ!」

男性が困惑した表情で近づいてきた。よく見ると、研究発表会で見かけた留学生のトム・スミスだった。

「あれ?佐々木さん?」

「ああ、トムか!」

トムは混乱した様子で佐々木の顔を見つめる。

「ROVERって...このTシャツのブランドのこと?」

「老婆...じゃないの?」

「老婆?」

「車のブランドですよ!」トムが胸元のロゴを指差す。

「何だ、電車か」佐々木はほっとした表情を浮かべながら再び座ろうとした。


そのとき、聞き覚えのある声がした。

「電車じゃなくて、四駆だろ!」

同じ車両に村上が立っていた。たまたま同じ電車に乗り合わせたらしい。

「おはようございます」と佐々木。

「四駆は四駆。どう考えても自動車だろ!」

その言葉で佐々木のスイッチが入った。

「それってあなたの感想ですよね?」

電車内が凍りついた。村上の表情が強張る。

「感想じゃなくて事実だ」村上が反論する。


「ROVERじゃなくてLOVERですよね!」と、突然隣の座席から中村が顔を上げた。研究室の同僚だ。

「中村までいたのか!LOVERって何だよ...」

「いや、LAND ROVERのRは恋人のLOVERとは違います」トムが必死で説明しようとする。

「違うよね、LOVERはラバーじゃなくてレバーだよね!」高橋まで参戦してきた。

「レバーは肝臓だろ!」

「いや、車のシフトレバーだよ」

「火曜のシフトには入れないって言ってんだろ先週から!」

「豚レバーのことでしょ!」と電車の反対側から声が飛んできた。藤田だ。

「なんで研究室の全員がこの電車に?」佐々木が呆れた表情で言う。

「今日は学会だから」村上が冷静に答える。

「そうだった...」


「ところでレバーって言えば、昨日焼き鳥屋で食べたレバーがうまかったんだよね」高橋が話題を変える。

「それってチキンハートじゃないですか?チキンのハートですよ」トムが言った。

「ハートは心臓、レバーは肝臓だよ」

「内臓は全部同じじゃないの?」

「そんなわけないだろ!機能が全然違う」

「それってあなたの注文ですよね!」佐々木が言った。

「注文でも感想でもなく医学的事実だ!」

「それってリバースですよね!」

「何のリバース?」

「車のバックのこと?」トムが首を傾げる。

「いや、肝臓機能が逆転するってこと」藤田が真顔で答える。

「医学的にありえない」村上が厳しく指摘。

「それってリバーサイドですよね!」

「ホテル?」

電車がアナウンスとともに停車する。

「次は東京駅です」

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それってあなたの感想ですよね 餅2個 @mochi_niko

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