それってあなたの感想ですよね

餅2個

第1話

「いやいや、この計画には明らかに問題点があるでしょう。データの解釈が恣意的すぎます」

大学の研究発表会。博士課程の村上が鋭く指摘すると、発表者の佐々木は言葉に詰まった。会場には緊張感が漂う。

「それは...えっと...」

佐々木の言葉が続かない。村上は攻勢を強める。

「あなたの分析には批判的思考が欠けています。これでは学術的価値は—」

「それってあなたの感想ですよね?」

佐々木が唐突に言い放った。古典的な言い逃れの常套句。会場からはため息が漏れる。

村上の額に青筋が浮かぶ。「感想じゃなく事実です。あなたのサンプル数は明らかに—」

「それってアナルの乾燥ですよね!」

突如、佐々木が叫んだ。

会場が凍りついた。

「...何ですか?」

村上が困惑の表情を浮かべる中、最前列の藤田が立ち上がった。

「それってアナゴの天ぷらですよね!」

「何の話をしてるんですか...」座長の小林教授が眉をひそめる。

後方の席から太田が大声で叫んだ。「ソ連って4つの連邦ですよね!」

「いや、15の共和国です」隣の高橋が訂正する。

「呉って昔の軍港ですよね!」前から二列目の中村が突然言い放った。

「まだ軍港として...」海上自衛隊出身の教授が言いかけたが、

「三毛ってほとんどメスですよね!」と別の学生が割り込む。

「性染色体のX連鎖遺伝子によって...」生物学専攻の学生が説明を始めるが、

「チャボってニワトリですよね!」

発表者の佐々木が新たな言葉を投じた。会場が静まり返る。

「いやチャボはニワトリじゃないでしょ」と誰かが言った。

「何言ってるんですか、チャボは矮鶏、つまりニワトリの一種ですよ」

「いや、チャボは別種です」

「ニワトリ(Gallus gallus domesticus)の一品種だろ!」

「でも見た目が全然違うだろーが!」

「品種改良の結果だ馬鹿野郎!」

チャボの分類学的位置づけを巡る罵倒が始まった。スライドに映し出された研究データはすっかり忘れられている。

そのとき、留学生のトム・スミスが混乱した様子で手を挙げた。

「トミーってフィルフィガーですよね!」

会場が再び混乱に陥る。

「フィルフィガーじゃなくてヒルフィガーでは?」

「いや、彼の言ってるのはトミー・フェブラリーじゃないですか?」

「そんなブランドありましたっけ?」

座長の小林教授は頭を抱えている。

突然、最後列から叫び声が上がった。聴講していた他学部の山田准教授だ。

「こんな馬鹿げた話をいつまで続けるつもりですか!アナルの乾燥の話に戻してください!」

一瞬の静寂の後、会場全体がどよめいた。

会場の混乱を見ていた井上が、何かに気づいたように突然立ち上がった。

「待てよ...トミー・ヒルフィガーといえばアメリカ」彼は言葉を探すように目を泳がせ、「そうだ!二郎ってアメリカンサイズのラーメン屋だったのか!」と唐突に叫んだ。

学部生の田中が俯きながらつぶやいた。

「スープを飲み干すのは絶対に不健康だよ...。」

小林教授はついに立ち上がり、マイクを強く叩いた。

「皆さん!これは学術研究の発表会です!」

しかし誰も聞いていない。会場は完全にカオスと化していた。

「二郎系ってスープが濃いんですよね?」

「二郎系は麺の量が命ですよ!」

「チャボの卵って食べられるんですか?」

突然、栄養学科の別の学生が興奮した様子で叫んだ。

「味の素って避けたほうがいいんですか?」

「え?何で避ける必要が?」

「いや、健康的にどうなのかって...」

「酒じゃないだろ!関係ない話はやめろよ!」調理師学校から研修に来ていた学生が叫んだ。

「誰も酒の話なんてしてないでしょ?」

「鮭か!」別の研修生が続けて叫ぶ。

会場に一瞬の沈黙が訪れたが、すぐに別の会話が始まる。

「サーモンのザーメンの話だけはやめてくださいよ!」と潔癖症の学生が耳を塞ぎながらヒステリックに叫んだ。

「誰もそんな話してないけど...」

「そもそも『あなたの感想』って何だったんですか?」

質問と議論が入り乱れ、もはや誰が何を話しているのかも分からない。

小林教授はついにマイクをテーブルに投げ捨て、静かに会場を後にした。研究発表会は前代未聞の混乱のまま終わりを告げた。

翌日、村上は研究室で一人コーヒーを飲みながら呟いた。『……あれって本当に感想だったのか?』」

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