どこにでもいる

星埜銀杏

*****

「うんこ、うんこ、うんこ」


 ああ、うるさい。うるさい。うるさい。阿呆が!


 男子が、しょうもない事で盛り上がっている。ワイワイ、キャキャ、なんて猿の惑星的な擬音〔チンパン〕が、お似合いな会話だ。大体、あたしらは高校生だ。小学生じゃないんだから。なにが面白いんだか。うんこ、とか大声で言うなや。


 まあ、IQの低いチンパンには、お似合いの会話なんだけどさ。


 私はギフテッド。IQが130を超える天才だ。


 正確には136なわけだが、どちらにしろ天才だという事に異論はないだろう。


 そんな私が普通の高校〔一応は進学校で県内の頭の良いヤツらが集まる学校ではあるのだが〕で過ごす日常は苦痛でしかない。周りは勉強が出来るだけの阿呆ばかり。それどころか何を間違えたのか、うんこ、なんて言って喜ぶヤツがいるのだ。


 どこかから落雷を呼べるハンマーを仕入れ、うんこ野郎の頭を吹き飛ばしたい。


 と殺意の波動を発していると友達ではない知り合いの女の子が話しかけてくる。


「ねぇねぇ? 知ってる?」


 何を知ってる? と聞いているのか。こんな聞き方をするのは阿呆のする事だ。


 まあ、決して友達じゃないけども話し相手な知り合いだから無理に笑顔を作る。


 加えて。


「何を?」


 と丁寧に聞き返してやる。


 とういうか、この話し相手、毎回、毎回、会話が下手すぎて話が長い。三行にまとめて出直してこい、と、こいつの頭も吹き飛ばしたい。氷の拳でな。また聞こえる、うんこ、うんこ、うんこ、という意味のない会話。ああ、イライラする。


 兎に角。


 知ってる? なんて聞き方をしてきた女子の言いたい事を、短く、まとめると、こうだ。どうやら天才達が集まるサークルのようなものがあるらしい。一応、入会試験的なものもあるのだが、あたしならば突破できるんじゃないか、との事。


 まあ、私のIQだったらいけるかもね。多分。ギフテッドだし。


 というか、そうだね。このイライラを解消できるのかもしれない、と思い立つ。


 天才達が集まるならば、ともすれば会話もエスプリに富んでいるのではないだろうか。いや、少なくとも、うんこ、うんこ、うんこ、で盛り上がるような阿呆はいないだろう。加えて会話が下手過ぎて話が長い輩もいないのではないだろうか。


 それ、すなわち天国。現世に顕われし桃源郷。春のうららの二度寝出来る幸せ。


 オッケだ。オッケーだせ?


 ともすれば彼氏も出来るかもしれない。あたしに似合うような天才のそれだぜ?


 この瞬間を待っていた。瞬間と書いてトキと読ませるのだわよ。


 などと考えていた瞬間〔時〕が懐かしい。脳天気にも天才達が集まる会に、ごく自然に入れる前提で行動していた阿呆〔あたし〕を殴りたい。そうなのだ。あれから、色々と調べて、その会が主催する試験の募集要項をネットで見つけた。


 そうして無事に試験会場までは来る事は出来た。


 無論、揃えるべき書類も全て揃えて準備は万端だった。だがしかし、試験が始まり、問題を見て絶望した。難しい。難しすぎる。なんというか、パズル的な問題なのだが、卓越した機転と集中力、反証などが必要で、どう頑張っても難しい。


 どんな問題なのかの詳しくは、ご想像にお任せするとし、ともかく難しいのだ。


 しかも時間制限もあり、焦る、焦る、マジでか。


 試験官的な人もいて忙しなく腕時計を確認する。


 くそっ。


 自分のIQを過信していた。いや、世の中には、あたしよりIQが高く天才と呼ばれる人が、沢山、いて、その輪の中に入りたいと思ったのだ。すわ人類の上位2%だけが入れる会。これくらいの試練は当然。だったら乗り越えるしかない。


 あたしはあたしに許された脳細胞を全て動員して目の前の問題解決へと勤しむ。


『うんこ、うんこ、うんこ』


 クソう。


 あの阿呆な男子の言葉があたしの脳細胞から湧き上がってくる。


 あんな、うんこ連呼野郎達とは金輪際関わりたくない。天才達の仲間になるッ!


 それから時間がどれくらい経ったのか、それすらも曖昧模糊になってくる。目の前が霞んで問題が見えにくくもなる。集中力が途切れて逆に欠伸が出る。首に力を入れて両頬を叩く。気合いだ。根性だ。知力とは、おおよそ逆の要素に頼る。


 頑張る。


 必死で。


 クソが。


 ぴぴぴ。


 試験の終わりを伝える電子音。終わりだ。終わったぞ。うおぉ。


 眠っていた脳細胞すら、たたき起こして酷使したつもり。それだけ全力で問題を解いた。無論、結果は後日発表だから、今は、お疲れ様、あたし、と自分を労りたい。そうして、その日は、ある意味で肩を落として試験会場をあとにした。


 少年のようにも微笑んで。


 あなたの還る場所は私の胸でしょうね。見果てぬ夢がある限り。


 なんの話か。いや、合格したのだ。あの天才達が集まる会にだ。


 嬉しすぎて頭の片隅にあった詩〔うた〕を口ずさんでしまった。


 まあ、あたしが作詞したわけじゃない〔確か何かの歌詞だ〕けど、なんの歌だとかは分からない。不思議と口から漏れ出した言の葉達だ。それだけ嬉しくて、これから起こるであろう天才達とのセッションを楽しみに待ちきれなくなったのだ。


 鼻歌まじりで早足で天才達が集まる会場に急ぐ。


 コツ。コツ。コツと靴音を立てて軽やかにもだ。


 そして。


 目の前に現われた木で出来た重厚なる扉を開く。


 この先に天才達がいる。あたしと同じ天才が。人類の上位2%を占める人達が。


 あたしは、ようやく、その仲間になれたわけだ。


 ギギギ。


 少々、軋みながら、ゆっくりと扉が開いてゆく。


「こんにちは。初めまして」


 扉を開け、目の前には上品なる女性。軽く会釈。


 私も恭しくお辞儀をする。


「イケメンサに、ようこそ」


 上品な女性とは別の紳士。


 知的で落ち着いた、おじさん。目を細め微笑む。


 イケメンサとは天才達が集まる会の名だ。そう。扉を開けた先にはシックな部屋があり、その部屋には、ざっと50名ほどの人がいた。その全てが微笑みをたたえており、ひと目、見ただけで皆が知的だと分かる。ああ、ようやく、あたしも。


 などと改めても実感した。


「私は、この支部の支部長をしております。自己紹介の前に不躾で申し訳ないけども答えて頂きたい事があります。どの程度の会員なのかを知りたいものでね」


 名刺を差し出しながら、あたしに質問をぶつけてくる、ここの支部長らしき人。


「はいッ」


 焦りつつ額に汗を滲ませ背筋を伸ばす、あたし。


 紳士然とした支部長らしき男性が微笑み続ける。


「あなたのIQは、ずばり、いくつでしょうか?」


「……あ、あ、136です」


 と、あたしも微笑み返す。


「低ッ!」


 と、凄く低い声で発する支部長だと言った男性。


 いきなりにも態度が変る。


 言葉遣いも荒くなり、むしろ益荒男とさえ思えるような上から目線。いや、それどころか、どこか小馬鹿にした態度で周りにいた男女三人と笑い合う。ちょっと待て。これって、あたし、馬鹿にされてない? 136で低いって。マジか。


 こみ上げる笑いを堪えられないと口に手をあて、あたしの疑問に応える支部長。


「申し訳ない。本当に申し訳ない。いやいや、ここでの平均のIQが150から160くらいでね。136ってチンパンかよ、などと思ってしまいまして……」


 チンパン。チンパンって?


 聞きたいけど聞けない。恐くて。チンパンって、やっぱりチンパンなんだよね。


『うんこ、うんこ、うんこ』


 聞きたくない嫌な言葉が頭に中に蘇る。鮮明に。


「いやいや、失敬、失敬。136程度の方にチンパンって言っても通じないですよね。チンパンジーの略です。チンパンは。こう言えば分りますか。お嬢さん」


 クソが!


 クソが!


 クソが!


「うんこ、うんこ、うんこ」


 と、あたしは大声を出して、うんこを連呼して涙を浮かべ、その場から逃げた。


 あたしは馬鹿だ。馬鹿ッ!


 IQが136程度しかないのに天才達の輪の中に入りたいと願った、あたしがいけなかった。上位2%である天才達の輪の中にだ。高望みだったのだ。無論、それでも悔しかったから、敢えて、うんこ、を連呼してやったんだけども。クソが。


「うんこ、うんこ、うんこ」


 まあ、そうこうして、阿呆が、うんこ、などで盛り上がる日常に戻っていった。


「てかよ」


 うんこ連呼野郎が微笑む。


「なによ」


 まあ、付き合ってやらんでもない。どうせ、あたしは天才なんかじゃないから。


「お前、イケメンサの試験を受けたんだろ。しかも合格だって。そう聞いたけど」


「まあ、受けたわよ。もちろん合格した。けども」


 もう忘れたい出来事だ。そっとしておいてくれ。


 と、あたしはふて腐れる。


「すげぇな。お前。見直したわ。喜べ。うんこ魔神の称号をやる」


 うんこ魔神ってなんだ。いらんわ。そんな称号。なんて言っても聞きやしないんだろうな。あたしがチンパンだって見下してた、うんこ連呼野郎は。でも、あたしもチンパンなんだけど。彼ら〔天才達〕から見れば。もう本当に何でも良い。


「というかよ。イケメンサで、なにあったんだよ」


「なにもないよ。なにもね」


 本当にどうでもいい。あそこであった事なんて。


「ウソつくなよ。俺は阿呆だからさ。分かるんだよ。嫌な事があったんだろうなって。というかよ。あの会のヤツらってIQがそこそこ高いだけで阿呆じゃん?」


 ほへっ? 阿呆だって。それは、あり得んだろ。


「大体、イケメンサって選民思想っぽいじゃん。だって上位2%とか言わなくてもいいのに、敢えて言ってる時点で、俺らは凄いって言ってると同義じゃん?」


 ……そうとも言えるわね。


「それどころか、そこそこの天才達が集まって、なにをするわけでもない。懇親会みたいのだけを開く。何故か。普段出来ない会話を楽しむって事なんだろ?」


「うん。少なくとも、あたしは、そう考えていた」


 あたしは怖ず怖ずと、うんこ連呼野郎に答える。


 なんとなく答えたくなったんだ。なんとなくね。


 うんこ連呼野郎が珍しく静かに落ち着き続ける。


 ……会話は色んなヤツがいる中でするから進歩や気づきがあるんだぜ? それを天才達だけで集まってだって? そんなの昔の王族や貴族達だけで集まって話し合うの一緒じゃん。結局、庶民の気持ちなんて微塵も分かんねぇってだけの話。


 それに。


 そもそも論なんだけどな。


 イケメンサのヤツらはIQがいくつだとか天才だとかに興味があるって事だろ?


 本当に頭の良いヤツって、他人と比べ、自分が、どれくらいの位置〔頭の良さ〕なのかなんて興味がないんだよ。だって頭の良さなんて生きる為に利用するだけの要素でしかないじゃん。他人と比べて優越感を感じるようなものじゃない。


 なんて事を言い出した。うんこ連呼野郎が。……あたしが馬鹿にしてたヤツが。


 チンパンなんて言って小馬鹿にしてヤツが……。


 もしかして、と、あたしは静かに押し黙ってスマホを手渡した。


 イケメンサの試験を模した問題を解けるサイトを表示したまま。


 うんこ連呼野郎は面白そうと大口を開け笑い問題を解いた。しかも2分少々で。


 イケメンサ会員でも解くのに4分はかかる問題を。さっさとッ!


 果たして、うんこ連呼野郎のIQは、いくつだ?


 209。


「まあ、アレだ。ネットで手軽に受けられるテストだ。正確じゃないんじゃねぇの。それに宣伝だろ、これ。IQが高いですよ、としておけばいい気になるから」


 ふふふ。


 もはや笑うしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

どこにでもいる 星埜銀杏 @iyo_hoshino

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説