わたしの初恋相手には好きな人がいた【ショートストーリー】
砂坂よつば
初恋の相手
じゅの「せんせ〜い。はやくあそぼうよ〜」
幼稚園の花壇に植えられたピンクや紫といった色とりどりに咲くパンジーに、ジョウロで水をあげる先生の服の裾をじゅのは引っ張りながら言った。
早く遊びたい。側に居たい。かまって欲しくて……つい困らせてしまう。
わたしには好きな人がいた。同じ幼稚園に通う園児達はわたしの好みじゃない。
だって子供っぽいから相手にしないの。
お母さん『一丁前におませな事を言って、おかしな子』
お母さんに冗談と思われたのだろうか。
本当に思ったことを口に出しただけなのに。
わたしの好きな人は幼稚園の先生。男の先生。お父さんよりも若い。
じゅの「せんせいっていくつ?」
去年の春、わたしが年長組にあがり担任に就任した時聞いてみた。
先生は笑顔で「20代半ばだよ」と教えてくれた。
ある日先生がひどく落ち込んでいる日があった。いつも通り先生の周りには園児達が集まっていてわたし以外にも笑顔を振りまいてみんなと一緒に遊んでいるのに。
今日はその笑顔が何故かとても悲しそうだった。わたしはいつものように先生の服の裾を引っ張った。
先生「じゅのちゃん、どうしたんだい?たまには皆んなと一緒に遊ぼう」
じゅの「……せんせい。どうしてそんなに、かなしそうにわらうの?」
先生は時が止まったように一瞬動きが止まった。でもすぐにわたしに笑顔を向ける。何かを隠している作り笑いだ。園児のわたしでもそれは分かった。だけど何も言えないままわたしはその場から逃げるように走った。
その日の夕方、お母さんが迎えに来るまで園内の遊具で遊んでいたら、子供を迎えに来ていた他の組のお母さん達が、わたしの近くで井戸端会議をしている。その話を黙って聞いているとわたしの好きな先生の話が議題に上がった。
先生は年少組を担任する少しぽっちゃりな年上の女性の先生が好きだったらしい。
その時点でわたしはショックだった。先生には好きな人がいたことに。
わたしは泣きたい気持ちをぐっと堪えて井戸端会議に耳を澄ませた。
すると先生が悲しい笑顔をする理由が分かったような気がした。
先生の好きだった女性の先生が今年の春、卒園式と同時に寿退社されるということを。
(終)
※
わたしの初恋相手には好きな人がいた【ショートストーリー】 砂坂よつば @yotsuba666
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます