第3話
<黒木の告白1>
オレの目の前から、アイツが消えた日のことを今でもはっきりと覚えている。
あの日、アイツの目は最初から虚ろだった。
「黒木くん、さようなら」
そう言って、オレの顔を見て少し笑顔になった。
ほとんど見たことがなかった笑顔だった。
そして、3階の音楽室の窓から飛び降りた。
それから、学校は大騒ぎになった。
女子の悲鳴。多くの人が走る音。先生の叫ぶ声。救急車のサイレン。
アイツは、意識を失っただけで、奇跡的に無傷だった。
ただ、倒れたアイツの傍に、白猫の亡骸があった。
オレが行ったとき、まだ暖かかった。
その白猫をオレは知っていた。
オレはバスケ部のキャプテンをしていて、プレッシャーとストレスが多く、一人になりたいときがあった。
練習終わりに、体育館の裏によく行った。
火照った体に、風が涼しく気持ち良かった。
そんな夕暮れ時に、白猫は現れた。
勝手に『ミイ』と名付けて、おやつを上げていた。
ミイは、オレに懐いていた。
近づくと、よくゴロゴロと喉を鳴らした。
アイツが助かって、ミイが死ぬなんて。
オレは始め、そう思っていた。
アイツは、意識が戻ると、言葉が話せなくなっていた。
記憶もだいぶ忘れてしまったらしかった。
そのため、高校を1年間休学していた。
オレは、アイツの家をよく訪れるようになった。
最初は、友達数人と行っていたが、徐々に人数が減っていき、オレだけになった。
アイツは、もうオレのことも忘れてしまったようだった。
なんだか知らないけどよく来る兄ちゃん程度に思っているように見えた。
オレは、申し訳なさから、高校の授業のノートのコピーを持参していた。
後になって、それはとても感謝された。
アイツは笑わない奴だった。
だが、あれ以来人格が変わってしまい、よく笑うようになっていた。
溶けるような笑顔を見せられると、オレはドキドキしていた。
体温が上がる感じがして、頬や耳が腫れぼったくなった。
それに相反して、苦しい気持ちもあった。
オレがアイツにやってしまったことは、償えば許されることなのだろうか。
変わる前のアイツは、全てを見抜いているような目で、時々オレを見ていた。
告げ口されても、バレない自信みたいなものが、当時のオレにはあったのかもしれない。
でも、アイツはそれをせずに、淡々と過ごしていた。
オレは、悔しかったのかもしれない。
大人びていたアイツに、見下されているような気がしていたから。
言葉を忘れ、記憶を失ったアイツを馬鹿にして差別していたのか。
いや、そうじゃない。
少しずつ回復していくアイツのことが、愛おしく感じていたじゃないか。
先に高校生になっていたオレは、自問自答を繰り返していた。
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