私の知らない時間

後藤 蒼乃

第1話

 私は、鈍い腹の痛みで目を覚ました。

 辺りは暗く何も見えない。

 あの世に来たのだ。

 そう思った。


 こっちに来ても、痛みは感じるのだな。

 少し笑えてきた。

 痛みは、長く続かなかった。

 解放された私は、いつものように起き上がろうとした。

 しかし、簡単には出来なかった。

 そこで初めて、体の異変に気付いた。

 お腹がとても大きく膨らんでいた。

 何が起きているの。

 慌てて、手足をバタつかせた。

 掛かっていたタオルケットを跳ね除けた。

 体が重い。

 やっとの思いで起き上がった。


 不意に、周りが明るくなった。

  

 見慣れぬ部屋。頭上では、蛍光色のLED照明が光っていた。

 私の好みではない、黒で統一された家具。

 一人では広すぎるベッドに私は寝ていたようだ。

 枕が2つあった。

 上半身裸で、パンツ1枚で寝ている男の姿が、隣にあった。

 思わず両手で顔を覆い、指の隙間から、男を覗き見た。

 半裸の男は、背を向けていて、顔が見えなかった。

 リモコンで、部屋の照明を付けたのはコイツだった。

 枕元に置いてあったスマホで、寝ながら何かを確認していたが、こちらを振り向くと簡単に起き上がった。


「どうした?」

 寝ぼけ眼で、のんきな声を出した男の顔を私は知っていた。

 少し大人びて見えるが、間違いない。アイツだ。

「く、クロキ、タク……」


 私は、そう言いながら、黒木卓を指さした。

 黒木は、キョトンとした表情で私を見ていた。

「オマエも死んだのか?」

 いや、待て。

 アイツが死んだとして、私と同じ場所に来る筈がない。地獄の中の地獄に行く奴だ。

「何言ってるの」

 黒木は、指さす私の手を払いながら、優しく笑った。

「ヤメロ……」思わず片言になる私。

 コイツもこんな笑い方をするのか。

 悪魔の申し子みたいな奴だったのに。

「また悪い夢を見たんだな。ほら、目を覚ませ!」

 両方の手のひらで、私の頬を挟んだ。

 冷たい手だった。


 黒木と目が合う。

 黒木の瞳に映る私の顔。

 私の目にはコイツの顔を映したくない。

 目を細める私。


 再び、お腹が痛み出した。前より鋭い痛みだった。

「うっ。イタタタタ……」

 前屈みになり、声を出さずにはいられなかった。

「え!ええ?」

 落ち着いていた黒木が、動揺しだした。

「や、や、予定日より1週間早いじゃん」

「予定日?」


「今、何時?」

 黒木はスマホを見ながら、訊いてきた。

「午前1時32分」

 私は、壁時計をちらっと見て答えた。

 黒木は、スマホに何やら入力していた。


 ———予定日、腹痛、大きなお腹……


「私は、これから子供を産むのか?」

「何言ってるの?そうに決まってるじゃん」


「嫌だ」


 私の心からの叫びだった。








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