ユア・トレジャー

@anemono

その男、春山シンリ

 春と言えばフェニックス! なんて素っ頓狂な言葉にエデラの住人は首を傾げている。

『何故にフェニックス? 春だから蝶々とかじゃないか?』

『確かに、かつて存在したと言われるフェニックスは春ではなく死と再生の象徴です。季節の代表には合いませんね』

『そうだな――ウグイスとかどうだ?』

『まぁ! カタリナちゃんは可愛いことを言いますね?』

『うるさい!』

 エデラの住人は、東京の人間と認識として大差ないようだ。確かにウグイスならそれっぽい。


 そんなフェニックス改めウグイスが代表を務める春が変わることなく留まり続ける異常な気候のここは、伝説のユナの島、春エリア。

 時計回りに春、夏、秋、冬と四季が隣り合わせで同居している予言者ユナが残した伝説の場所だ。

 桜の花びらが木々を彩り、視界いっぱいに広がる森は桃色に染まっていた。


「――でりゃぁッ」

「ふっ――」

 桜並木の遠くの方から、覇気を込めた女性たちの声が聞こえてきた。

 花見中の喧嘩という訳ではない様子。


「ちぃ――」

「……甘い」

 どうやら、二人いるようだ。

 様々な音が混ざり合い、状況を伝えてくれる。


 大地を蹴り上げる音、金属同士がぶつかる音、風を切る甲高い音、桜吹雪を起こす風の音。森の奥から聞こえたかと思えば、その音たちはあっという間にここ、森の入り口とも言える浜辺にまで移動してきた。

 肉眼で姿を捉えることは不可能だろう。そう思うほどに、二人は素早く動き、浜の上で動きを止めた。


「冬のフクロウ。 ここを守るのは春の門番のはずだが?」

 全身黒のタイツに関節や急所を守るための赤い鎧を纏う少女が、鎧と同じく血のように深い朱色の槍を構え、ニヤリと笑う。


 対するセーラー服の少女は、肩あたりで切りそろえた黒髪を揺らしながら、

「……アナタには関係ない」

 淡々と答えた。

 彼女の名前は冬室優衣(ふゆむろゆい)。この伝説の島に住む、とある役割を持った女子高生だ。


 槍使いの少女とセーラー服の少女が、戦闘を繰り広げているようだ。

 優衣は背中から白一色の翼を生やしており、それを空気に打ち付けることで、羽根を弾丸のように飛ばしている。

 優衣が異常ならば相対する槍使いの少女もまた異常だ。

 常人離れした動体視力により、肉を貫く目的を持つ棘が生える槍の矛先で、翼の弾丸を難なく受け止める。金属同士がぶつかる音の正体は、この羽を弾く音のようだ。


「……諦めて帰った方がいい。もう直ぐ、連(れん)とずんが来る」

 連、ずん。この二名が優衣の仲間の名前のようだ。

 その情報を得たとしても槍使いの少女の覇気は変らない。それどころか、ギアを一つ上げさせただけ。


「ここは春のエリアの端の端。僅かな時間が稼げればそれでいい――エルマッ」

 雄たけびと共に、朱色の槍の矛先が伸びる。速度は瞬きの間、予備動作は槍を突き出す動きだけ。

 何度も繰り返してきた技なのだろう。流れるようなその動きに、優衣は虚を突かれた。


「――むっ!?」

 狙いは頭蓋。

 咄嗟に頭を傾けたことで、矛先は頬をかすめる。一筋の傷から流れる赤い血は、優衣が得意とする速度を上回れた証。


「……速い」

 優衣は、両手を伸ばしてもまだ足りないほどに大きく翼を広げると、砂を巻き上げながら高く飛び上がる。

 優衣の主戦場は空。距離を取りつつ、翼の弾丸で安全に優位を保つ。


「あぁも一瞬で飛べるとはな。阻止できんな」

 槍使いは、太陽の日差しを遮る程に高く上昇した優衣を見上げる。

 空を背負う天使のようであり、神秘的であるが、

「太陽を奪うのは私だ」

 その槍は不敬にも意気揚々と手元で回り、得物に矛先を向けた。


「――エルマの間合いは世界全てだッ」

 彼女の言葉を信じるのならば槍の伸縮に限界はない。

 その証拠に、地上からかなり離れた優衣の元にも、瞬きの間に銀の矛先が迫った。


「……大丈夫」

 翼の少女には、襲い掛かる槍の動きが見えていた。

 身体を傾け矛先を完璧にかわし、

「――射出」

 体制を整えることなくそのまま羽根を放つ。一連の流れに無駄はなく、一転、槍の少女に窮地が訪れたが、

「エルマァァァッ」

 槍による連続の刺突により、強固な羽根の雨を全て撃ち落とした。

 勢いそのままに、刺突の連続が地上から空を穿つ。


 両者の力量に大差はない。

 均衡を崩した要素は運と覇気。槍の少女の黒い瞳には、確かな殺意とその先の野望が宿っていた。

「ぬっ――」

 槍に貫ぬかれた白い翼はふわりと消失。バランスを崩しながら、ふらりふらりと砂浜に墜落した。

 膝を付く優衣の眼前には、朱槍を携えた少女がいた。多少の疲労はあるだろうが、優衣と比べたら余裕が見える。


「冬室優衣。ハートの秘宝の在処を言え」

「……知らない」

 砂に塗れた優衣は、苦々しく答える。


「イコン画に予言された子供はお前たち三人。ならば知っている筈だ。太陽の如き、エデラ最大の秘宝の所在を」

「知ってても言わない」

 取り合う気はないようだ。

 憮然とした態度に槍使いの少女が持つ嗜虐心が刺激されたようだ。不敵に笑うと、優衣が隠す真実のベールを一枚ずつ暴きにいく。


「”冬はフクロウ。秋は大猿。夏はイルカ。春はフェニックス”だったな。頓珍漢なこの歌は貴様たちを指している」

「……知らない」

「冬はお前だ。その翼は契約相手のフクロウの翼。報告によれば秋葉原大和(あきはばらやまと)は白色の大猿。夏木連(なつきれん)はイルカの妖精。言い逃れは出来ないだろう?」

「む……だったらなに?」

「であれば、いるのだろうフェニックスが? ユナの島、この桜を守る死と再生の幻想種が?」

 翼を貫かれても、堕とされても変わらなかった優衣の表情が僅かに曇った。

「む……」

 そんな彼女の眉がピクリと不快そうに動いた。


「あの桜の大樹にはそれなりの幻想種が集まっている。だが、お前の危機にもかかわらず増援に駆け付けるでもない」

 この砂浜から続く桃色の森の中には、ひときわ大きな桜の木がある。ここからでも僅かにだがその先端が確認できる。

「奴らは意図してそこにいる。敵の襲撃時に何故いるのか――春の秘宝があるからだ」

 優衣の眉間にしわが寄ってくる。

 口を力強く真一文字に結ぶ力も強くなっているようだ。


「なるほど、違うな。秘宝ではなくフェニックスの方か?」

「――ッ!?」

 優衣の瞳が見開かれた。まさかそこにたどり着くとは思ってもみなかったようだ。

「やはり、フェニックスは不完全な状態か」

 どうやら、ある程度はこの島の状況を把握しているようだ。優衣との問答はこたえあわせのようなもの。


「ユナの予言は未だ完成せず。であれば、私が春の門番の役割を貰うことも可能かもな」

「……無駄。門番の席はずっと前から埋まってる」

「では、その椅子を確認しようではないか。桜の森を切り開き、荒らし回ってな?」

「……ダメ」

 細かい砂の粒が、優衣の力のこもった指の隙間から洩れていく。

「それはダメ……」

「万能と言われた春のそれだが、今の私ならどうとでも――」

「――ダメッ」

 人形のようだと言われる優衣が、頬を切られても、翼を貫かれても変わらなかった表情が、途端に怒りに変わった。


「……あの子は待ってる。十年もずっと、その人を呼んでる。もう直ぐあの子が笑えるようになる――だからッ」

 喉が裂けるほどの声量だ。

「邪魔しないでッ」

 怒りの感情がすべて込められていた。

「”あの子”とやらを蹴散らすだけさ」

「――桜はアナタを出迎えない」

「っは、桜が出迎えるものか。ただの花に意思などない」

 槍使いの少女の言葉に間違いはない。

 この場所が、異世界でないのならばの話だが。


「……桜は、この場所全てが、待ってる人がいる」

 奥歯を噛みしめ、砂を踏みしめ立ち上がる優衣。肩を大きく上下させ、荒い呼吸を整えようとしている。

 まだ余力はある。どこまでできるか不明だが、ここを守るためにも主義を捨て去ろうと覚悟を決めたようだ。


「だから、それまでは――」

 力強く細められた優衣の瞳から、

「――えっ」

 吹き抜ける春風が覚悟を奪い去ってしまう。

 優衣の頬を優しく撫でるそれは、浜のみならず桃色に染まる森全体に吹き抜けているようだ。


 ”ここからは任せてくれ”。

 そんな言葉が優衣の耳に届く。

「……桜が、喜んでる」

 暖かい風に乗り、春のエリアに咲き乱れる桜の花びらが浜の景色を染め上げる。

 桜吹雪は優衣の頭を撫で、その向こうに悠然と立つ槍使いの少女を包み込む。 

「――なんだっ!?」

 突如として吹き荒れる桜を伴った強風に、少女は思わず目を覆う。


 数枚の花弁が十枚、二十枚、三十と続々と増えながら、その全てが風にのり槍使いの背後へ流れていく。

「ただの突風ではないのか……」

 ”桜が出迎えるものか”。

 吐いた言葉が否定されているかのように、花弁は意志を持ったかのように揺れている。


 桃色の歓喜の舞はその主を出迎える為にあり、槍使いの背後から迫るそれを目撃した優衣は、

「……よかった」

 気が抜けたように、ふにゃりと笑った。

「なぜ笑う、冬室優衣……」

 優衣の笑顔の先に何かが現れたのは確かだ。少女は背中に突如として熱を感じている。

「……後ろに、太陽が落ちたとでもいうのか」

 ポニーテールを慌ただしく揺らしながら、熱源を確かめると、

「桜がの奥に何が……」

 辺り一面を彩る歓喜に揺れる桜吹雪のその奥に、

「――まさか!?」

 真っ赤に燃える火柱が見えた。


「――最後の門番か」

「――っしゃぁぁぁッ!」

 雄叫びと共に自らに迫る業火の塊。

「――ぬぅッ!?」

 驚愕に塗れる槍使いの少女は、燃える飛び蹴りにより吹き飛ばされた。


『おい!! なんだそのぶっさいくな蹴りは!!』

「いいじゃねぇか、蹴れって言ったのはハートだろうがよ」

 全身を包む炎がボウッと消えると、学ラン姿の青年が現れた。


「暴力的な荒々しい力、マナの奔流――貴様は何者だ」

 桜吹雪に迎えられ、肩に止まる小さな火の鳥と喧嘩をする青年は、

「おうおうおうおう、名乗れというのなら聞かせてやろう!」

 空を穿つようび右手を天高くつき上げる。


 ボタンがないためマントのようになびく学ラン。

 風になびく炎の如き赤い短髪と同じ色の赤いシャツがトレードマーク。

 形のいい凛々しい眉、ランランと輝く力強い瞳。可愛らしいより男らしい、精悍な顔つきの快活児。

「生まれは東京、千代田区生まれ! 泣く子も黙る榊学園、第一学年特攻隊長」

 桜の花が空に踊り、祝福しているその男の名は、

「――春山シンリ、ただいま見参!」

 春山シンリ。

 春の名を持つ少年が、この異世界エデラに招かれた。

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