歩き続けよう、希望ある限り
@chauchau
第1話
「なにも旅をやめろと言っているわけじゃない。やり方を変えてみてはどうかと提案しているわけだよ」
かけられた、否、投げつけられた言葉はまっすぐに相手へと届く……寸前で直角に落ちた。もしも効果音が目に見える理がこの世界にあったとすれば、それはズドンかドボンかドグシャかバッチコーンか。ともあれ、女の言葉は先を歩く男には届かなかったことだけは事実である。なにせ一切男は歩みを止めようとしないのだから。
「策もない、金もない、コネもない、実力は多少ある。それだけでなんとかなるならこの世界はなんと優しくできているだろうか。実際はどうだい? 優しさに包まれるのは赤子だけの特権で、それすらも無くなりつつある悲しき物語じゃないか」
回る回るよ、回り続ける口であることよ。
返事どころか相づちすらも返ってこないとなればそれはもう会話ではなく独り言と言うべきなにかである。それでも女はあの手この手と振りかぶっては剛速球を投げつける。
「わかっているだろう? わかっているんだ、僕がどれだけ君を心配しているかということを。だって君はそういう人間だから。どれだけ鬱陶しい僕であろうとも君は決して僕を疎んじたりはしないだろう。ああ、そこまでわかって僕は君に語りかけるんだ。これこそが愛でなくばなにを愛と語ろうか」
酔い潰れていないことこそが恐怖である。どれだけ酔おうとも酒のせいでなければ足取りが揺らぐことはない。自分に酔えば酔うほどに気分だけが向上しつづける。周囲の迷惑さえ考えなければの話。
「あのさ」
「なんだい! 僕の愛する君!」
男の声を聞いたのは三日ぶりのことである。それはもう女は飛び上がらんばかりに、実際にはかなり飛び上がって、喜んだ。
「魔王討伐の旅なんだよ」
「そうだね!」
「勇者なんだよ、俺」
「そうだね!」
「……」
「どうしたんだい、愛する君。君の声が聞きたいんだ、さあ続きを聞かせておくれよ。焦らすのかい? それもまたいいだろうさ。君から送られるものはなんであれ僕にとっては」
「魔王が後ろからついてくるなよッ!!」
慟哭。
声をあげて激しく嘆き泣くこと。
顔を手で覆い隠して男は泣いた。蹲って男は泣いた。なんかもう可哀想になるくらいに男は泣いた。
「意味わかんない、もう意味わかんない!! 田舎で静かに暮らしていただけだってのに勇者の紋が出たからとかで王都に呼び出したくせにろくな説明もなくいきなりほっぽり出されたと思った矢先に魔王がずっとそばにいるとかもう意味わかんない!!」
「的確に状況を把握しているといえるね」
「ありがとう!!」
「どういたしまして!」
「嫌味だよくそったれ!!」
投げ捨てた。
王様から無理矢理手渡された勇者の剣(量産品)はバインバインととてもよく跳ね上がって茂みの向こうに消えていった。
「なんでゴム製品なんだよ!!」
「時代のせいかな」
「ここでもうおまえを倒せばいいんだよな!」
「……初夜が野外。ふ、面白いじゃないか」
「押し倒すじゃねえよ! ぶっ倒すって意味だよ!!」
「実力差があるから絶望的に厳しいね」
「最後のボスがいきなり出てくる物語のせいでな!!」
男はふらふらと茂みの向こうへと消えていった剣を探す。親切な魔物が剣を届けてくれたことで再度泣き崩れたこと以外は順調といえるかもしれない。
「おまえがいるせいで魔物が俺のこと味方扱いしてくる……」
「味方は多い方がいいじゃないか」
「敵が味方だとしたらもう俺は誰と戦えっちゅーんじゃ!」
「敵が味方なんだから味方が敵になるわけで……人間を倒せばいいんじゃないかな」
「悪魔かおまえは!!」
「魔王だから似て非なるものではあるね」
実際に旅に出て二日目で男は襲われている。人間に、というか兵士に。
女がケチョンケチョンにしてしまっているので命拾いしているが、そもそもは女が後ろからのこのこついてくるせいで人類の敵判定されているのでまさしく美しいマッチポンプであった。
勇者の旅とは孤独が付きものだ。
泣こうが喚こうが、どれだけの困難が勇者に待ち構えていようが、待っていなくて後ろからついてこようが! 希望という名の明日に向かって歩き続けなければならない。それこそが勇気を持つ者なのだから。
「もうやだ、誰か助けて!」
「ここに君の最大の理解者がいるよ」
まあ、泣いていいとは思う。
歩き続けよう、希望ある限り @chauchau
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます