第2話二十歳

姉の二十歳の誕生日は盛大だった。


悪魔の愛し子として知らぬものは、付近には居ない。


悪魔が今日迎えに来るらしい。


「私の可愛い娘、どうか幸せにね」


空っぽの台本を見ている気分だった。


三人の家族が身を寄せ合い、抱擁。


そこにナサリーは呼ばれない。


遂にその瞬間が来た。


近所の人達に見守られながら現れた悪魔子爵。


「子爵様」


「迎えに来た」


(やっぱり、変)


子爵から甘やかな空気が感じられない。


どこか空返事。


ナサリーの悪魔は、あんなに愛してくれているというのに。


個人差ってやつなのか。


「行くぞ」


悪魔の居る国の馬なのか、漆黒の禍々しい、筋骨隆々とした生物が引く馬車が現れる。


顔にも、姉を見る目にも恋焦がれる熱が見受けられない。


こちらをチラリと見た時の悪魔と、目が合う。


(え、目が)


悪魔の瞳に情熱が垣間見える。


『大乱闘』


ノビスの言葉がよみがえる。


(あれは、真実?)


厳粛に、厳かに馬車は去っていく。


ぽかんとしていたナサリー。


その記憶は一年経過しても、変わらなかった。


残りの一年は目も当てられなかった。


両親は、せめて姉が嫁ぐまで純真でいようというつもりだったのか、特にお金を使用しすぎるくらいのことしかしなかったのだが、姉が居なくなった途端、ギャンブルに走る。


元々下手だったらしい。


どんどんプラスよりもマイナスが現実を帯びてきた支出。


二十歳の誕生日を迎える頃には、両親は家に借金を背負わせていた。


それに対して、多額で売られることになるナサリー。


どこかの愛人として売られるらしいと知った時、ギャンブルにハマった時から警戒していたので、国を出た。


悪魔にたっぷりの愛情を貰っていたので、両親の愛や情などとっくに捨て去っていたのだ。


国を捨てるのはいとも簡単である。


この身はノビスのもの。


他の誰のものになるつもりは毛頭ない。


逃げ出せたのも、愛人云々のことも全て悪魔情報だったが、こちらもしっかり裏を取り事実確認をした。


探偵を雇って確認したので間違いなく、ナサリーは親に売られる予定をしている。


そのせいか、逃げないように擦り寄ってきた両親に(ああ……この人たちは、怪物だ)と皮肉にも人間だと思えなくなった。


彼らの日頃の行いである。


国境を越えたのは五日後だった。


今日が誕生日だ。


一人でケーキを買って蝋燭に火を灯す。


「波瀾万丈な人生ね」


食べ終えて、一人満足しているとドアがノックされる。


追手かもと、購入しておいたライフルを手に取る。


「誰ですか」


「ノビスだ。物騒なものをしまってくれ」


微かに開けながら、引き金に指をかけて本人から確認。


「ノビス様……明日来るのかと。昨日なにも言ってなかったので、てっきり」


「驚かせようと思ってね。驚いた?」


「ええ。まぁ」


部屋に招き入れたノビスはライフルを見て、かっこいいねと褒めてくれる。


「追手が来たら詰みなので」


「もう心配ないよ。さて、じゃあ、行こうか?来てくれるんだよね」


初めて彼の不安を感じ取った。


「はい。しっかり、ちゃんと行きます」


「ふう、良かった。心を変えられたらとドキドキしたよ」


「ノビス様もドキドキするのですか?意外というか」


「それはそうだよ。なんたって、凄く好きな子に振られるってことは、僕にとって死活問題なんだから」


ノビスは、ナサリーの決して綺麗ではない手を、離さないというくらいの握力で握りしめる。


ちょっと痛いけど、それだけ逃したくないという気持ちの裏返しかと思えば、可愛い。


「ノビス様、分かってますよね。お約束の唇へのキス」


「え、いや、えーっと、挙式で初めてのキスをしたい」


夢と違って、なんだか押しに弱い。


「なるほど。では、今日は二十歳のプレゼントで、挙式は真実のキスということで」


どうしても欲しかった。


「私は七年も待ちました」


「僕は十年」


「なんだかズレを感じますが、いいですよ」


疑問が浮かぶが今は些細なことである。


とりあえず目を閉じて待つ。


手はこちらからもがっちり掴んでいる。


向こうの握力が意図的に緩み、瞬時にギュッとした。


逃げられまいと観念したのか、羽のような軽いものが唇を攫う。


「……わぁ」


目を開けると、冬の到来のように顔を赤くした悪魔がお目見え。


「見ないで欲しい。夢だと余裕だったのは、謝る」


「ふふ。いいじゃないですか」


頭を逆にポンポンと撫でてあげた。


「ぼ、僕の方が年上なのに、年下扱いしないでくれ」


今までナサリーを人間扱いして、格上の悪魔ぶっていた男の台詞だとは思えない。


「よしよし、よしよし」


嫌がるならば、やり続けよう。


「ノビス様は、可哀想で可愛いのがいいのですよね?私もノビス様の翻弄されて可愛いのが、堪りません」


「仕返し?仕返しなの?」


聞いてくるがその質問には絶対に答えず、笑みを浮かべた。

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