01-11.と、友達をクズに渡したくないだけで……!
当然だが、馬車はそう速いわけではない。昼から行動していたとはいえ、昼食、往復と教会でのやりとりを含めると、次の予定に間に合うかはギリギリであった。二人は近道をするために今、王城の敷地内を制服姿で通り抜けている。王都から貴族学園に入り、王城の小道を行き、聖女学院に出ることができるのだ。なお普通は門番に止められるが、二人は黄道十二聖女なので王城出入りは自由とお墨付きをもらっていた。
「急ぎましょう、カルミア様!」
「やる気ねぇ、プラム……」
「はい! これが通ればカルミア様とライブとか、できるかもしれないですし!」
プラムの聖力が強すぎて、音聖具を操れない――この点が問題となり、二人は王国教会での仕事を断られてしまっていた。これに対してプラムは、新しい聖具の作成を思いついたようである。
「仮想学のパラレル先生なら暇してますし、機材使って実験させてもらいましょう! あれもやって、これもやって……」
(楽しそうなのはいいけど……それいいのかしらねぇ)
隣を歩くプラムが笑顔で、カルミアもつられて少しほほ笑む。
「これ成功すれば教会だけじゃなくって、研究所もいけますよ! 活躍を見せられる場所も増えますし……カルミア様が自由になれる日も、近いですね!」
「そう――――」
カルミアは無意識に答えようとして、口ごもった。
「……ん? どうかなさったんですか? カルミア様」
無邪気に覗き込んでくるプラムを見て、カルミアはさらに戸惑う。視線を逸らし、胸元を押さえた。
「どうってわけじゃ、ないんだけれど……」
「はぁ」
「あなたはそれで、いいのかなって」
カルミアはなんとか言葉を形にし、絞り出す。出しきってから。
(プラムは……一緒に聖女を辞めることには、賛成してくれたけど。そもそも、それでいいのかしら。私、全然考えてこなかったけど……辞めようとしてるのは、私が恋をしたいからで、あって。それだって今は、自重した方が、よくて)
少しの不安が、渦巻き出した。
(なのにこの子は、こんなに前向きで……)
「良いに決まってるじゃないですか、そんなの」
軽やかな声を耳にして、カルミアが顔を上げると、笑顔のままの相棒の姿があった。
「でもプラム。あなただって、頑張って聖女になったのに……」
「聖女は手段ですし。私の目的は叶いました。まぁまだ道半ばですけど」
プラムの右手から下がる紐が少しだけ、カルミアの左手の甲に、触れる。
「あなたが救われるなら、それで――――」
「――――俺の婚約者でもなくなった女が、何の権利があって王城にいる。金でも恵んでもらいにきたか?」
挑発的な声が、プラムの言葉を遮った。
「クエス王子!」
緊迫したプラムの声を受け、カルミアも足を止め、振り向く。庭の小道の奥から二人の少年たちが、近づいてきていた。一人は先日プラムに求婚を跳ねのけられたばかりの、クエス第一王子。もう一人は彼の取り巻き、宰相子息のジャスパーであった。
(あの程度では膝を折らないと思ったけど……本当に何の動揺もない。図太い人ね。ジャスパー殿も一緒ということは、国王陛下にでも会ってきたのかしら。それにしても)
視線を冷たく向けるカルミアの視界の端には、明らかに王子を睨んでいる様子のプラムの顔が映った。
(プラム、殿下が嫌いだからって、随分と敵意丸出しで――――)
「私たちは国王陛下にお認めいただいてこの場にいるのです!」
カルミアが止める間もなくプラムがいきり立ち、王子に詰め寄る。
(ちょっとプラム遠慮なく噛みつき過ぎでしょ!?)
「それとも、王国は黄道十二聖女を軽んじるというのですか? 王子」
動揺を押し隠すカルミアを他所に、プラムの口からは煽るような言葉が飛び出した。
「権威を笠に着て、父を脅しているということか? プラム」
「減らず口を……!」
(プラムったら、遠慮なく……。というか殿下。プラムに求婚したにしては、何か様子が変ね? 振られて気持ちが変わったとか?)
冷淡に見つめるカルミアを、悠然とクエスの碧眼が見返してくる。一方のプラムはさらに詰めかけ、背の高い緑髪の少年に阻まれていた。
「このっ……! どいてください、ジャスパー様!」
プラムの言葉を受け、今度は王子が少年の前に立つ。
「退け、ジャスパー。そこまでして自ら俺の元に飛び込むというなら、受け入れてやろうではないか」
腕を広げる王子を見た瞬間、プラムの肩が僅かに震える。
(っ! この男! プラムは渡さない!)
カルミアは思わず手を伸ばし――――。
「か、カルミア様!?」
プラムを抱き寄せた。
「…………何のつもりだ、カルミア。王太子のこの俺に、逆らおうというのか?
ジャスパーは咄嗟に身を庇っていたが、クエスは堂々とカルミアを睨みつけてきた。彼に相対し、カルミアもまた胸を張る。
「――――プラムは、この私の物です。あなたには指一本、触れさせない」
「なに?」「はぇ!?」
鋭く睨みつけるクエスを、カルミアは不敵な笑みを浮かべて見つめ返す。
「そうそう、殿下。先ほどお金がどうのと仰っておられましたね?
プラムを抱き寄せたまま、カルミアは床をかかとで鋭く踏みつけた。
「婚約が破談になったとあれば……あれだけ衆目で私を貶めた王太子殿には、ローレス公爵家からさぞ多額の慰謝料請求がいくのでは、ないでしょうかね?」
「ハンッ、この俺がそのような浅はかな圧力に、屈するとでも思っているのか?」
空いた右腕を大仰に振ったカルミアに対し、クエスは不遜な態度を崩さない。だが、彼と長年つきあって来たカルミアは。
(……ふふ、わかりやすいお方。痛いところを付かれると、相手を挑発するのよね。先ほどの金銭を引き合いに出した発言はやはり、それが今の痛い腹だから。殿下も貴族学園があるのに、抜け出して王城にいるのは……国王陛下にでもご相談なさったのかしら)
王子の動揺を、見抜いていた。
「ええ、屈しますとも。何せ……第一王子派を潤している数々の事業。あなたが私に管理を丸投げしたあれらに投資していたのは、父ですもの。慰謝料名目で資金を引きあげられたら、どうなさいます?」
「事業主は我が父、国王アクアだ。そのような理不尽は通用しない」
「しますよ? クエス殿下の有責は、明らかです」
カルミアはにこやかにほほ笑む。クエスが半歩、引いた。
「あなたが功績を上げて権勢を強くしたばかりに、国王陛下の権力基盤は弱まる一方。このまま公爵家に詫びの一つもせねば、示しがつかぬと貴族たちから離反されてしまいます。息子に筋を通させるに、決まっているではありませんか」
「ぐっ、王国を脅すというのかっ! 卑劣な女め!」
「いいえ? 私が脅しているのは」
プラムから手を離し、カルミアは詰め寄ってきた王子にすっと近寄る。
「あなたですよ、殿下」
囁きを受けて固まった彼の視線に微笑みで答え、カルミアはその横を堂々と通り過ぎた。
「き、さま……!」
「ご入金、お待ちしております。殿下」
慄きと動揺を見せる取り巻きの少年たちが開けた道を、颯爽と歩き去る。プラムもまた、これに続いた。
「さっすがカルミア様っ! これで一件落着――――」
「にはならないわ」
「へ? でも」
カルミアはちらりと振り返る。
「カルミア! これで済むと思うなよッ!」
王子はまだこちらを睨みつけていた。地団太を踏まんばかりに、彼の顔は怒りに赤く染まっている。その口元が、言葉を発さず動いて――――。
(『お前を諦めない』……? まさか、私のことじゃないでしょうね?)
軽く肩を竦めて、カルミアはプラムに視線を向ける。
(プラムのことなら……望むところよ。相手になってあげるわ。私の友達は――あなたには渡さない)
カルミアは赤い瞳を一瞬ぎらつかせ、にこやかにほほ笑んだ。
「だってお父さまとはまだそんな相談、してないし。今のはただのはったりよ」
「え、えぇ~……?」
明らかに引いている様子のプラムを尻目に、カルミアは軽やかに踏み出す。
「でも筋は通った話。せっかくだからお父さまにお手紙、送っておこうかしらね」
彼女の顔には、笑みが絶えなかった。
(ふふ……思ったより心地よいわね。自由にやり返せる、というのは)
長年屈辱に耐えてきた女の赤い瞳は、愉悦に濡れて弧を描いている。
(……………………あれ? さっき私、何か大胆なことをしなかった?)
そして微妙に頬の赤いプラムを目にし、大いに視線を泳がせた。
(プラムまで赤くならないでよちょっとー!? あ、あれは殿下憎しでつい、ついよ!)
心中で言い訳するカルミアと、どうしてか無言のプラムは、二人肩を並べて王城を後にした。
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