悪役

佐佐木貂

基金編

01 幹部昇進

「ジーク君、幹部昇進おめでとう」

「どうも、上級幹部」

 首都の高級ホテルの一室でジークは直立不動の姿勢を取って、声を張り上げた。

 正面には上級幹部の一人オリヴェル・ロザート、そしてジークと上級幹部を囲むように幹部連中が並んでいる。

 ジークは幹部昇進を正式に認められるためにここまでやってきたのである。

「フム……幹部バッジだ。付け給え」

 金メッキに『反政府共闘基金』の文字と政府の紋章を逆さにしたマークが刻まれている。

「光栄であります」

 両手で受け取り、胸に付ける。基金の幹部になった印でもあり、ジークにとっては自由の証でもあった。

 同時に幹部連中からパラパラと拍手が飛んだ。

「エー政府打倒へ共闘あらんことを」

「共闘あらんことを」

 上級幹部が決まり文句を言うと、幹部連中も声を揃えた。

「ン、料理を持って来給え、祝賀会だ」

 上級幹部が手を叩き言うと、その声を合図に扉が開き、数人のウェイターがワゴンで食事を運んできた。

 幹部連中が上級幹部とジークを囲む包囲網を解き、それぞれ何人かで集まり話し始めた。その間をウェイターが回って、ドリンクを手渡している。

「時にジーク君、まだ加入してから1年経っていないそうだね」

 上級幹部がジークの肩を叩きながら言った。

「ええ、上級幹部」

「異例のスピードだな。上級幹部の間でも評判だ」

 含みのあるような言い方で上級幹部は尚もジークの肩を叩きながら言った。

「身に余る――」

 ジークの言葉を上級幹部は手を振って遮った。

「良いんだ、良いんだ。この調子で励み給え。アー共闘あらんことを」

 手を斜めに伸ばし、決まり文句を残して上級幹部は幹部連中の方に向かった。

「共闘あらんことを」

 上級幹部の背中に言葉を投げかけると、上級幹部はこちらを向かないまま軽く手を振ってみせた。

 上級幹部が幹部の輪に入ったのを見届けてから、ジークは背中を向け、ヴェランダへ向かった。

「ありがとう」

 ウェイターに差し出されたドリンクを受け取り、ヴェランダに出ると爽やかな風が頬をくすぐった。

『あれだけの金を積めば、多少の反感は買うか』

 ジークは細く息を吐いて、手すりに腕を置き、眼下に広がる首都の街並みに目をやった。ヴェランダからはこの空中都市のその端まで見ることができた。

 人間が食料、人口そして環境の問題から地球を飛び出し、火星を再構築した人工惑星を新地球星として移住をして早80年。新地球星は120のエリアに分けられ、頭上には気温を維持するためにパネルが設置されている。パネルを支える柱は地軸に2本、赤道上に4本立っている。その内、赤道上に立つ一際巨大な柱を中心として、空に浮いているドーナツ状の街。それが新地球星に1つしかない空中都市であり、首都であるエリア1、通称スペートピアだった。

 地球を離れる際、環境保全の観点から食料にするための植物プランクトンと動物プランクトン以外の生物の持ち込みを禁止されたため、植物一つない、建物が立ち並ぶスペートピアの街並みをジークは眺めていた。

『俺達は比喩でしか、動物を知らない……』

「よう、スーパールーキー」

「え?」

 聞き慣れない声にジークはハッと体を起こした。褐色の髪をオールバックに撫でつけて、メタルフレームの眼鏡を掛けた若い男が立っていた。

「君は」

「幹部アレッシオだ、宜しく」

 気を悪くした様子もなく、グラスを掲げるようにして、アレッシオは名乗った。

「ジークだ。宜しく」

 アレッシオはジークの控えめなグラスに、強引にグラスを合わせるとそのままヴェランダの手すりにもたれ掛かった。

『何処かで見た顔だな』

 その横顔を見て、ジークは内心そう思った。

 アレッシオはドリンクに口をつけ、一拍置いてから口を開いた。

「幹部連中は君の上納金に興味津々さ。マア僕も例外なく、そうだが」

「興味ね……それにしては視線が厳しいような気がするが」

 ジークが嫌味を込めて言うと、アレッシオは鼻で笑って見せた。

「幹部なんて皆成金さ」

「そうかな」

「そうさ……それにしても熱心に街を眺めるんだな」

 アレッシオは体を捻って街の方を向いた。

「ハハ、幹部昇進で感傷的になってるんだよ」

「そうは見えないけどナア」

 アレッシオは微笑を浮かべ、しかし視線だけは探るようにジークの顔を撫でた。ジークが肩を竦めると、アレッシオはヤレヤレという様子で口を開いた。

「君、故郷は」

「……スペートピアの端のほうだ。君は」

「エリア13だ、都会っ子め」

 目だけは睨みつけるようにして、しかし頬に微笑を湛えながらアレッシオは言った。

『エリア13……治安が特に悪化しているエリアの一つだな。空賊の街、パイレータプラがある……』

 ジークは脳内ではこう考えていたが、口では別の言葉を発していた。

「本当に端のほうなんだ」

「フウン謙遜する」

 アレッシオは面白なさ気に鼻を鳴らすと、再び部屋の方に視線を戻した。

「おっ君の幹部昇進を祝って、同志自治党の議員さんに同志民族解放機構の幹部がお見えだぜ」

 ジークも振り返ると、確かに上級幹部に挨拶をする議員が見えた。

「そうか、行かなきゃな」

「さっきはああ言ったが、僕は君に本当に興味がある。これから宜しく」

 手すりから体を起こし、室内へ戻ろうとするジークにアレッシオは言い、そして真剣な目をして、掌を差し出した。

 ジークはその手を握り、言った。

「ああ宜しく。そして共闘あらんことを」

「……共闘あらんことを」

 アレッシオは一瞬虚を衝かれたような表情をして、ただすぐに表情を戻し、同じ言葉を返した。

 と、上級幹部の声が飛んできた。 

「ジーク君! 同志自治党の議員さんだ、是非挨拶をと」

「はい、上級幹部」

 ジークがアレッシオをヴェランダに残して室内に戻り、いつの間にか空いたグラスをウェイターに渡し、バッジを確かめつつ歩いていくと、談笑していた議員がゆっくりとジークに目をやった。

「昇進おめでとう、ジーク君。自治党所属エフゲニーだ。以後宜しく」

「ジークです。宜しく」

 ガッチリと握手を交わすと、横からも声が掛かった。

「民族解放機構幹部サラーフだ。以後宜しく」

 ジークが目線をやると、光線銃を携行する護衛を携えて、軍服に身を包んだ壮年の男がやや厳しい表情で手を差し伸べている。

「宜しく」

「では」

 挨拶も手短にサラーフとエフゲニーはそれぞれ上級幹部に目礼して、部屋を出て行った。

「同志諸君の中には折り合いが悪い方々も居られるんでね、短めにと言うことだ。ン、次呼んでくれ」

 上級幹部は小声で弁明すると、咳払いをして大きな声で構成員に呼びかけた。

 それから代わる代わる来る同志と握手を交わし、最後の上級幹部の一言を締めに会は終わりを迎えた。


「上級幹部、こちらでございます」

 上級幹部付きの構成員が、高級スカイボートのドアを開けると、上級幹部は体を滑らせた。

「ン、ジーク君。より良い世の中のために励んでくれ。共闘あらんことを」

 もうすっかり暗くなった空に消えていく、上級幹部のスカイボートを見送って、ジークは道路に出た。少し立っているとタクシーが走ってきたので手を軽く上げて止める。

 住所を言うと、運転手が軽く頷いたのが確認できた。

 運転手がエンジンを掛けると少し浮かぶ感覚がして、そのまま滑らかに走り出した。オートモビルは磁気を活用し、地面から少し車体を浮かすことで摩擦をなくしている。

 タクシーは路上にテールライトを残して、暫くして幹線道路へ合流した。オートモビルの間を縫うように走っていく。やがて高層マンションが立ち並ぶ住宅街に入るとその内の一つの前に止まった。席の前にある小型のデバイスに手をかざすと指輪が微かに青く光った。

 広いロビーを横切り、いくつかのロックをキーで開け、階段で2階まで行くと、その一室に入った。

「フゥ……」

 玄関に入るとすぐにロボット犬が駆け寄って来た。このロボット犬はペットロボではなく、特作隊でも採用している戦闘用ロボット犬、セトの武装を解除したものである。センサーの異常で廃棄が決まっていたのを、無理を言って連れ帰ったのだった。戦闘用故の無機質さが何となく良い。

 犬を往なしながら靴を脱ぎ、廊下を通って、リビングに着くと、ジークは溜め息をついて、そのままソファーに倒れ込んだ。

『ヤレヤレ、幹部になっても肩の力は抜けないな』

 フッと気合を入れると、ジークは立ち上がり、乱暴にジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩め、そのまま服を全て脱ぐとジークは廊下に戻って、別の部屋に入った。

 そこには頭にヘッドギアを嵌めて、リクライニングチェアーに座っている男が居た。そしてその横には大人一人が入れるワインセラーのような機械があり、ジークはそこに躊躇なく体を入れた。

 機械の背面に寄りかかり、中から扉を閉めると、ジークは虚空に指を走らせた。すると、目の前に架空のモニターが現れる。電源ボタンを押すと、許可を求めるメッセージがポップアップし、許可すると視界が黒に染まり、体の感覚も遠ざかった。

 が、次の瞬間にはまた感覚が戻ってきた。ヘッドギアを外し、座っていた椅子から体を起こすと、何時間も動かしていなかったかのように、関節がバキバキと音を立てた。

『視界は良好だが、体はぎこちないな。ただレスポンスの速さはやはり落ち着く』

 そのまま体を捻って、横のワインセラー様の機械のメニューを開き、洗浄をタップした。すると上から洗浄液が吹き出してきて、ジークの体を濡らし始めた。

 続けて架空モニターに指を走らせ、次は電話を掛けた。発信音がルルルと鳴るが、それもすぐ止まり、目の前にはサウンドオンリーの文字と、中年の男の声が流れ出てきた。

「極秘回線だな……ウン。想定よりも遅かったな、レイン。まずはお疲れさんからかな」

「……お疲れ様です、警部。遅れて申し訳ありません」

 ジーク改めレインが謝ると、リャオ・ジェイムズはすぐ明るい声を出した。

「良いんだ良いんだ。幹部昇進、大きな一歩だな。彼奴の頭くらいは見えてきたか?」

「どうでしょう。今日はアレッシオという若い幹部が、接触してきました。エリア13の出だということなんですが……」

 急に喉の渇きを感じて、喋りながらレインは椅子から立ち上がり、キッチンへ向かった。

「何だね」

 ジェイムズが続きを急かした。

「いえ、どこかで見た顔なんですが、思い出せず、照会掛けてもらえますか?」

「エリア13……アレッシオ……ちょっと待ってろ、ホラ出た」

「どうですか」

 聞いてから、レインは流し台の蛇口を浄水に変え、近くに置いてあるコップを適当に取り、水を注いで、口に運んだ。

「パイレータプラで5年前に空賊の真似事やってた若い衆が、キレて土着マフィアを壊滅に追い込んだの覚えてるか? あれの中心になってたガキの一人だな。逮捕はされてない、名前だけだな、IDチップはサイボーガから抜いてる」

「ああ、シーフ13とか言う……それでか……」

 サイボーガとは、始めは新地球星の厳しい環境下で作業する宇宙開発作業員のために、意識を人工物に乗せようという試みの元開発されたものだった。全人口の6割近くがサイボーガ化していると言われている。

 また脳の機能を拡張するためにデバイスを埋め込み電脳にする事もでき、こちらはほぼ全ての人が電脳化している。電脳化することで、架空のモニターを表示して操作する、ということも可能になっているのである。

 また体を動かすのに電脳から信号を出しているので、電脳から出る信号を拾って別のサイボーガを動かすこともできる。レインもこれを利用して、ジークとしてのサブサイボーガを持っている。

 政府が制定した法では、個人情報の搭載されたIDチップはサイボーガに埋め込むことが義務化されているが、後ろめたいことがある人間はIDチップを抜くというのが恒例になっている。レインもジークのサイボーガからはチップを抜いている。

「アレッシオ……要注意だな。同志は来たのか」

「ええ。自治党、民族解放機構を始めとして、ハラブ首長国、エリア解放人民戦線など名だたる組織が構成員を派遣してきました」

「フム、やはり豪華。指定テロ組織は良いとして、自治党の議員まで来るとはな。除名スレスレのタカ派が関の山かと思ったが。やつらも痺れを切らしたかな? 何にしても同じ事だ。時が来たら根本から引き抜いてやろう」

「ハ!」

 レインは腹から声を出した。レインも正に思っていることだったからである。

「それと民族解放機構は護衛に光銃を持たせていました。末端まで光銃が行き渡ったと考えて差支えないかと」

 光線銃、通称光銃が登場してからというもの、従来の『銃』は実弾銃、通称実銃と区別されるようになり、覇権を完全に光銃に譲っていた。

「フム、戦力拡大も基金のお陰かな」

「……」

 相応しい言葉が思い浮かばず、レインは沈黙を選択した。

 多少意地の悪いジョークだと自覚しているのだろう、ジェイムズも特に深堀りすることはなかった。

「他に連絡事項は」

「なし!」

「よし、長話は怪しまれる。ここまでだ。明日は1日休養だったな、良く休むように。国家と国民のために」

「国家と国民のために」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る