第13話 死神の大太刀 什参

 餓狼がろうが漆黒の大太刀を振るう度に陣が崩壊していく。喧騒の中で態勢を立て直す為の指示が飛ぶ。並の者が相手の戦なら十二分に的確な指示だ。しかし、今回ばかりはそれでは対応が間に合っていない。


 兵の命が刈り取られていく。餓狼がろうの太刀はまるで死神の演舞。太刀筋に淀みが無く、足さばきが滑らか過ぎて鳥肌が立つ。不思議なことに、餓狼がろうの動きは目で追えるのだ。いや、追えてしまうと言うべきなのだろうか。神速の動きには無駄が一切無い。対峙した者ならば刈り取られる刹那に思うであろう。分かっていても防ぐことができないと。


 彼の動きに似たものはどの流派にも無い。戦いの中で研がれた戦場の技。だが、殺人剣で片付けるにはあまりにも美し過ぎる。


 餓狼がろうと相対するは死と対峙する事と同義だ。


 周辺には怒号と悲鳴が響く。血飛沫と破損した甲冑が舞う中に肉片が混ざる。間合いに入った者から大太刀で斬り倒されて行った。


 多くの兵が命を刈り取った。餓狼がろうの足元が深い赤で塗りつぶされた。強烈な殺気が向けられた。同時に斬撃が襲う。体が勝手に反応した。漆黒の大太刀が巨大な長巻きの一撃を受け止めた。大きな衝撃が身体に伝わる。


 薙刀を振るったのは巨漢。縦にも横にも餓狼がろうより大きい。


 渾身の不意打ちを防がれたその男は驚きの表情を見せた。その巨漢は軽い身のこなしで後ろへ飛退く。大太刀の間合いから出た巨漢が、頭上で長巻き振り回しながら名乗りを上げた。


「よくぞ防がれた。沙流川さるかわ家に仕える我が名は嘉島かしま冬廉とうれんと申す。お前を斬る者の名であり、沙流川に勝利をもたらす者の名だ。相当できる者とお見受けする。ここは我が相手になろう。いくら雑魚を斬ったところで武勇にはなるまい。」


 名乗りを追えた嘉島かしま冬廉とうれんが長巻きを餓狼がろうに向けた。腰溜めに柄を据えた青眼に似た構え。


 彼のが来たことで他の兵が後ろへ下がる。兵が周囲を取り囲み、自然と一騎打ちの形となった。


 餓狼がろうが漆黒の大太刀を一振。大太刀に付着していた血を地面に叩きつけると肩に乗せる。それから、嘉島かしま冬廉とうれんを名乗る男へ目を向けた。


「お前が俺の相手をするって?」


 餓狼がろうが口元を緩めた。


「そう言ったつもりだ。人の言葉を使ったつもりだったが言葉が通じなんだか。貴殿のような蛮族には、我等が扱う言葉は難しかっただろうか。」


 挑発ともとれる言葉。餓狼がろうはそれに対して何も反応を示さない。黙って担いでいた漆黒の大太刀を構える。特徴的な刀身を隠すように。


「言葉を返すこともできんか。礼儀を知らぬ蛮族が。これ以上恥の上塗りをする前に我がその素っ首を斬り落としてやろう。受けてみろ、秘技・疾風連撃刃しっぷうれんげきじん。」


 技名を叫ぶと長巻きが高速回転を始める。既に切っ先が目で追えない。だが、餓狼がろうにどうじた様子は無った。


「はっはっはっ、これが我が流派に伝わる最速の秘技。目で追うこともできまい。貴殿では見切れまい。」


 嘉島かしま冬廉とうれんが徐々に間合いを詰める。長巻きの間合いには少し遠い。餓狼がろうが瞬きをした。この刹那が好機。嘉島かしま冬廉とうれんが大きく踏み込む。長巻きの切っ先が餓狼がろうの前髪を揺らす。餓狼がろうはそれに反応して体を入れ替えて下がった。


「喰らえ。疾風連撃刃しっぷうれんげきじん・前鬼。」


 気合を込めて技名を叫ぶ。長巻きによる必殺の一撃。嘉島かしま冬廉とうれんに手応えは無かった。それでも、血飛沫が舞い散ったのを見て勝ちを確信する嘉島かしま冬廉とうれん


 「疾風連撃刃しっぷうれんげきじん・後鬼を繰り出すまでも無かったか・・・。」


 視界に太い腕が入る。それは見慣れた・・・そう、自分の腕。長巻きと腕が地に落ちる鈍い音がした。


「あぁ、あぐ、がぁぁぁ・・・我の、我の腕がぁぁぁ。」


 腕があった場所を抑えて悲鳴を上げた嘉島かしま冬廉とうれん。激痛。出血が止まらない。血溜まりが広がっていく。


 何が起こったのか理解出来すに後ずさる。視界に入ってくるのは漆黒の切っ先と鋭い視線だった。


 嘉島かしま冬廉とうれんの悲鳴に周囲が凍りつく。指揮官が撤退の命令を下す。だが、既に逃げている者は後をたたなかった。そこには秩序など無かった。各々が我が身可愛さに餓狼がろうへ背を向けた。


 一人を相手に部隊が瓦解した。


 餓狼がろうが漆黒の切っ先を嘉島かしま冬廉とうれんの太ももに突き刺した。引き抜くと嘉島かしま冬廉とうれんが転倒、尻もちをつく。


 餓狼がろうが見下す形となった。


 漆黒の大太刀から血が滴る。嘉島かしま冬廉とうれんは痛みと混乱で恐怖に満ちた顔をしている。


「ま、ま、待たれよ。参った。我の、我の負け・・・。」


 命乞いを始める嘉島かしま冬廉とうれん。後ろへ下がりながら無い腕で待つように促す。


 その様を餓狼がろうは黙って見下ろした。


 嘉島かしま冬廉とうれんの手に刀が触れた。既に持ち主を失った物。それを握って餓狼がろうへ向ける。餓狼がろうは漆黒の大太刀で刀の側面を弾く。刀は嘉島かしま冬廉とうれんの手を離れた。遠くから音がきこえる。


「こ、ここまで強い浪人が居るとは思いもよらなんだ。そ、そうだ。貴殿、沙流川さるかわ家に仕える気はないか?わ、わ、我が口利きをしてやろう。そうだ、それがいい。ろ、浪人では日々の生活にも困るだろ?貴殿ほ程の腕なら相応の待遇を約束しよう。」


 嘉島かしま冬廉とうれんが、どうだ、と言わんばかりに餓狼がろうを見る。


 餓狼がろうが大太刀をゆっくり振り上げた。嘉島かしま冬廉とうれんが慈悲をよこせと叫ぶ。その声は聞く者を不快にさせるような異音にしか聞こえなかった。


 漆黒の大太刀が振り下ろされる。頭を割られるまでの間、怒号のような悲鳴が辺に響いた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る