第4話 漆黒の大太刀 肆

 松明の炎を先頭に、暗い山道を走る三騎の騎馬。そして、それを追う一台の馬車。菊之助きくのすけは二人の部下と十吉とおきちとその家族と共に狗神いぬがみ家の屋敷をめざしている。


 月光の光量が少ない夜、松明の明かりが届く範囲でしか視界がない。原因はそれだけではないけれど、馬の速度を十分に上げることができないでいた。


「大将と剛は大丈夫だろうか・・・。」


 馬を走らせつつ菊之助きくのすけが呟いた。


 菊之助きくのすけは武術に関して二人のことを信頼している。だが、二人とも感覚と直感に頼ったものの考え方をする。時々、考えもつかない妙策で事態を治めることがある一方。直感に頼った考え方は状況をより複雑にしてしまう事もある。菊之助きくのすけは自分を凄く頭の良い人間だとは思っていない。だが、三人集まれば頭を働かせるのは自分の仕事だと自覚していた。


 報告の任があるとは言え、今の二人は頭がないのと変わらない。


「報告をさっさと済ませて戻らないと。今更だが、あの二人では職人達から事情を聞き出せるか分からないからな。」


 仲間と職人達の心配をしつつ馬を走らせる。


 しばらく走っていると、夜の静けさの中に微かな異音があった。鉄と鉄が打ち合っているような金属音。それと、悲鳴。一つや二つではない、もっと多く。この山道の先から聞こえてくる。


 菊之助きくのすけは部下と十吉に止まるように指示をだす。


菊之助きくのすけ殿、この音はいったい・・・。何者か分かりませんが、これは戦の音ではないでしょうか。」


 部下の進言。しかし、状況が分からない菊之助きくのすけは何も返答ができないでいた。


 菊之助きくのすけは頭の中で今の状況を整理し始めた。


 部下の言葉通り、この音は戦の音だ。戦っている両陣営については何も分からない。まさか敵国が進行しているとは思えない。仮に敵国だとして、相手にしているのは盗賊?戦力がありすぎじゃないか。盗賊達がそんな愚行をするとは思えない。次にこちらの戦力は、十吉とおきちを含めては四人。荷馬車の中には女と子供がいる。走り過ぎようにも荷馬車があっては速度を維持できない。おまけにこの暗闇だ。何が起ころうとも瞬間的な判断はできないだろう。


 菊之助きくのすけの頭の中で、どうする、その一言がグルグルと回っている。


 時間にして非常に短かったと思う。菊之助きくのすけが短く息を吐いた。決意の溜息だった。


「お前達二人は十吉殿をお守りしろ。路肩に寄せてなるべく身を隠すように。私はこの先の様子を見てくる。」


 部下に下した指示は短かった。それから菊之助きくのすけは馬を降りて山道の先へ向かった。部下の返事なんて待っていられない。思考の迷宮に迷い込むくらいなら動いて情報を集めろ、自分に考える指針をくれた犬神いぬがみ鋼牙こうがの教えに従ったのだ。


 脳筋は俺も変わらないのかもな、菊之助きくのすけが僅かにほくそ笑んだ。



 山道を進むと戦闘の音と悲鳴が徐々に大きくなってくる。さらに先へ進むと、道の先で複数の者達が見えた。菊之助きくのすけが林の中へ身を隠した。気配を悟られないように慎重に、音を立てずに、素早く、状況が理解できる距離まで移動する。


 首元に赤い布を着けた男たちが複数人見えた。この辺りの盗賊の特徴と合致する。だが、ここからでは盗賊しか見えない。


 あいつらは何と戦っているんだ。


 菊之助きくのすけがそう思うのも無理はない。悲鳴が上がる度に飛沫が上がっている。それが血飛沫なのは分かる。斬られているのは盗賊か、それとも他の何かか。


 嫌な予感がする。状況がまるで掴めていないにも関わらず。このまま逃げる事ができればどんなに楽か。残してきた部下と十吉とおきちの下へ早く戻りたいと強く思う。しかし、今は報告をしなくては。もしかすると狗神いぬがみ家の命運がかかっているかもしれない。この場を抜けなければ狗神いぬがみ家の屋敷にはたどり着けない。


 それであるならば、盗賊達と戦っている者が何なのかを知るのは必要だ。


 菊之助は暫く様子を見ることにした。


 時間の経過と共に盗賊達の囲いが薄くなっていく。不思議と逃げる者は居なかった。盗賊達が減っていくのが早い、もはや早すぎると言っても過言ではない。


 囲いの隙間から戦っている者を薄っすら確認できた。多くの盗賊達に囲まれているのは一人だった。正確には黒衣の外套で身を覆っているので性別までは分からない。しかし、盗賊達より頭一つは大きい身長ので男だろう。


 男は手にした武器を振り回している。槍ではない。おそらく太刀。闇と同化しているそれは太刀にしては非常に大きく、男の背丈はあろう長さであった。


 盗賊達が矢継ぎ早に男へ襲いかかる。その度に振るわれる大太刀が盗賊たちを文字通り斬り飛ばす。


「し、死神。」


 菊之助きくのすけは不意に出た自身の声を聞いて驚いた。


 進めば死を思わせる男の大太刀を見て盗賊達に逃げる者が現れた。一人、それを見てもう一人。次々に逃げ出す盗賊達。男は盗賊を追うことはしなかった。


 血の海の中に浮かぶ骸。そして、その中でただ一人立っている男。幾人を斬ったのだろうか。持っている大太刀は闇を固めたような漆黒。


「逃げずに留まった気概は褒めてやる。だが、それは蛮勇と知れ。」


 男が声を上げた。誰かに告げている。だが、その誰かは逃げるでも姿を見せるでもない。判断を委ねていたであろう男は業を煮やして気配を感じる方へ視線を向けた。


 まさかの私か。


 菊之助きくのすけは恐怖を感じた。男の目が赤く輝いていた。


 歩み寄る男。まだ距離がある。


 あの男、本当に私に気付いている?他に誰か隠れているのではないか?いやいや、ここは最悪を想定して・・・それならば盗賊の仲間だと思われているのか。このままでは斬り殺されてしまうじゃないか。そもそも、この男に話は通じるのだろうか。


 一瞬で様々な疑問が頭を駆け巡る。


 まだ大太刀でも届かない間合い。菊之助きくのすけは意を決して男の前に姿を表した。

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