妄想男 スタンド・バイ・ミー
@nakamayu7
第1話 高林真と剣先茜(1)
丸神大学工学部土木科。一般に土木工学科は工学部の中では他の学科より偏差値が低く入りやすい学科である。1番人気は建築学科かシステム工学科。まあ、大学によってはシステム工学科なんてないところもあるだろうし、学部内の偏差値順位も多少の違いはあるだろう。でも土木工学科が工学部の中で比較的偏差値底辺に位置するという点はおそらくどこでも同じではないだろうか。日本中の大学を調べた訳ではないし、そんな義理も興味も暇もない。だからこれは俺が高校のとき志望したいくつかの大学ではそうだったと言うだけの話である。
しかも土木工学科は女子にすこぶる不人気である。女子に不人気と言えば理系学部全般がそうかもしれない。でも建築学科には1年生から4年生まで毎年どの学年にも10名程度の女子学生がいる。翻って土木工学部に女子がいる学年は稀である。土木工学科の女子はどんなブスでも彼氏ができるというのが通説だが、おそらくそれは事実だと思う。
俺が高3秋の時点での模擬試験での合否判定では、志望する大学の工学部の中で土木工学科は言うに及ばず、一番偏差値が高い学部でも「A」判定だった。そんな俺が工学部の土木工学科を敢えて受験したのは土木工学こそが世界のインフラを支える技術だと信じているからだ。ダム、道路、橋、トンネル、港湾施設に飛行場などなど。箱ものなんて俺たちが作った基礎の上に建っているだけだ。俺たちがいなければ地上に限らず海上や水中でも建造物は存在しえないのだ。
2年生の後期になると専門課程の授業が徐々に増えて来る。その1つ『土木実験1』は毎週なんらかの実験を行い、取得したデータを分析してレポートを提出することが義務ずけられている。この授業は必須科目で、要するに卒業までに単位を取得しなければならない。もしこの授業の単位を取得していなければ他の単位をいくら沢山集めたとしても卒業はできない。つまり留年することになる。『土木実験』は『1』から『3』まであって、普通は2年生後期で『1』、3年生で『2』『3』を取得すればよい。逆に言えばどれか1つでも落としたら次年以降に再受講しなければならず、当然他の必須科目もあることから麻縄のごとく徐々に首が閉まって行くことになる。先輩の中には4年生になっても『土木実験』を年下の学生と一緒に受講している人もいたが、追い詰められ疲れ切った顔をしているか、もう吹っ切れて陽気になっているか、どっちかであった。
実験レポートは毎週行われる次の実験までに提出しなければならない。早く出来たら直接教授室まで持って行ってもいいが、多くの者は次の授業のときに提出するのが普通だ。
明日が次の実験日、つまり締め切り期限だ。レポートを1回でも提出しなかった場合は単位はもらえない。即留年ということはないが卒業までに取らなくてはならない必修科目である。ここで落としたら来年以降あらためて『土木実験1』を最初から受講しなくてはならない。
そんな『土木実験1』の授業から明日で一週間になろうとしていたある日のことだった。俺は当然のことながら実験当日には既に自宅のパソコンに実験データを打ち込んで処理し、自動生成されたグラフをワープロで作成した文章に貼り付けてレポートを完成させていた。あとは印刷して次の授業のときに提出すればいい。今どき紙媒体でレポートを提出させるような教授は珍しい。たいていはメール添付での提出が可だというのに『土木実験1』の担当教授は未だに印刷した紙媒体での提出を必須としている。印刷はOAルームに備え付けのプリンターを使えるから紙代はかからないが、まったく地球環境にやさしくない。あの教授、まるで化石だ。俺は脳内で毒づいた。
「おい、高林」
同じ学科の剣先に声を掛けられたのは、午前に取っている2つ目の講義が終わって大講義室から出たところだった。
俺の名前は高林 真(たかばやし しん)。俺に声を掛けた剣先 茜(けんざき あかね)は2年の土木工学科で唯一の女子だった。
「相談があるんだが、ちょっと時間をもらえないだろうか」
ちなみに『土木実験1』は毎回何人かでグループを作って実験を行う。剣先と俺はどこのグループにも誘われず、なんとなく「一緒にやるか」ということになって2人でぼっちチームを組んだ経緯がある。
別に友達がいないとか、いじめられてるとかじゃない。俺は性格上、俺より頭の悪い奴に強い言い方をしてしまって嫌われる。昔っからそうだから分かっている。直そうと努力したし今もしている。でもうっかりきつい言葉が口から飛び出して仲間が離れて行ってしまう。その繰り返しで未だ努力は途上のままだ。
剣先は工学部女子には珍しくボーイッシュではあるがかわいらしい顔、細身でスラリと長い手足。黙っていたらきっともてるんじゃないかと思える容姿を十分に備えているのだが、こいつは「俺」キャラで男以上に手が速い。機嫌が悪くなるとすぐ手を上げる癖がある。空手部に所属し、いつも空手着を肩に背負って歩く姿は凛々しく、文学部や教育学部、法学部など他学部から女性ファンが剣先目当てに工学部にやってくる。昼休みの工学部の食堂の女子率が異常に高いのはそういう理由による。おかげで昼時間帯の食堂が混雑して工学部生は迷惑をこうむっているのだが、女子がいっぱいるというただそれだけで満足な連中が文句を言うことはない。
工学部の学食は込み合うということで、「俺、昼ご飯おごるから」と言う剣先に導かれ俺たちは教養学部のカフェへと向かったのであった。
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