告白

第17話

17


自分なりの説明をしているつもりだが、誰もが頷けるようなものではない。

他人には理解し得ないことなのかもしれない。

実際、今現在、そうなのだと言わんばかりの顔をする宗士。


(……目元がよく見えなくても、訳わかんねぇって顔してるのは雰囲気で分かる)


宗士の咥えていた煙草は既に短くなっていた。

それを置かれていた銀の灰皿へ押し当て潰した。


「…………変な奴だな」


(そんな答えくらいしか返ってこないと思ってた)


俺は宗士に向けていたバカ真面目な視線を逸らした。そして、自分の靴を見つめるようにして俯いた。


(自分でも、おかしいと、変だと、思うのだから)


心底笑いたくなった。

普通な人間ていたくて、皮を被っていれば、自分すらも騙されていた。

だが、その皮を取り払った男のせいで、いびつに歪んだ自分が、本当の自分の心であることを知ってしまった。


暫し長い沈黙が続く。どちらも話すタイミングを伺っている訳ではなかった。

何を言えば、話せば良いのか分からなかっただけだ。


「……俺たち」


先に口を開けたのは宗士だった。俺はそれに驚いた。変な力説のようなものを口走ったものだから呆れられていると思っていた。

無言で立ち去られたとしても、文句はつけないし、呼び止めようとも思っていなかったのだが。


「金貸しもする俺たちの中で、取り立てるのも仕事の一つだ。だから相手に舐められちゃいけないし、そうすることが当たり前だと思っている。そういう相手にだけ、そう見えれば良いが、上手くいかない。普通の人からすれば、怖いモノを見た気分になるだろう」


次は宗士が長ったらしく話し始める番のようだ。別に聞くのが億劫でもない。何を言えば良いのか考えつかない俺にとっては、今、口を開いてくれていることは正直有難い。


「怯えられようと、泣かれようと、仕方ないと考えるようにしていた。そういうモノだと思っていた。……でも、麗士は誰にでもヘラヘラ笑うし、舐められることもある。ただの馬鹿で、おかしな奴だと思う」


(普通に馬鹿って言ったな……)


この兄弟が仲が良いのか悪いのかは俺が知ったことではなかった。

口喧嘩らしいものはするが、目立った激しいものでもないし、共に行動することもあるのだから、特段仲が悪いという訳では無いのだろう。

兄弟のいない俺には、よく分からない。


「それに、執着しない。人たらしと言えば分かりやすいのかもしれないな。……表情や話し方、あとは、まぁ……見た目。色んな奴に変な気を持たれた。……そう仕向けたのはアイツなのかもしれないが」


それはそうだろう。

ヤクザだと言われなければ分からない。ただの世間一般的な職に就いている男であったならば、余計にモテて大変だっただろう。

ヤクザという少し恐ろしい肩書きが、それを僅かにでも減らしているはずだ。……多分。


「好かれるのは面倒臭いだなんだと言っておいて、そうさせているのはアイツ自身だ。理解が出来ない。……君もそれに付き合わされて、気を持った類かと思ったが……、どうやら外れみたいだな」


こちらに顔を向けられたことに気付いた。目を合わせるか迷い、横目で宗士のこちらを向いた眼鏡のレンズをチラりと確認する程度だけ視線を動かした。



「……俺には、麗士も、澄華君、君も理解し難い考えを持つ人間だ。……好かれるのが面倒なのに、わざわざ好かれようとする行動ばかりする麗士も、平穏に過ごしたいのに、それを壊されたいと願う君も。……どちらも変人としか思えない」


(……本人を目の前に、変人なんて言うか、普通)


機嫌を損ねた訳ではない。単純な疑問だ。俺からすれば、堂々と本人にそれを言える宗士も、多少なりとも変人な気がしてならない。


「……単純にアレに騙されて気を持っていたなら、止めようと思ったが、どうにもそういう訳じゃなさそうだな」


別に国堂の顔や話し方で、気を持った訳では無い。それならば、働いていた時に既に純粋な気持ちを持っていたはずだ。

あの男が過去に見てきたそういう視線を向けてきた人たちと同じように。


「……俺はあの人のことを知っている訳ではないです。今でもどうしてあの人なんだろうと思います。……だけど、直感的にあの人の中にある何かを良いと思ったんだと思います」


俺は無心の目をしながら、真面目に言った。


「良い、か。……好きとは、言わないんだな」


「国堂麗士という人間が好き、というよりも、あの人がソレを持っていたから好き、という方が正しいのかもしれない。……過去に、ソレを持っていた人に出会ったことがない。だから、あの人しか好きと思えない、他はそれを持たないから」


ここで言う"ソレ"は、俺のねじ曲がった欲を満たすことが出来るということだ。


「……難しい話だな」


「純粋な好きが、この人だから好き……というものなら、俺の好きという感情は、やっぱり歪んでいて、おかしなものという話なだけですよ」


「もしも、麗士以外に、君の言うソレを持っていれば、気移りするということか?」


宗士に聞かれて、俺は瞬きをして口を閉ざした。


(……もし、もしも、国堂以外に、俺の平穏な生活を壊して欲しいと望む本能を見抜いて、それをしてくれる人が────)


「……どう、なんでしょう……。想像出来ないです……。だって、俺は今まででそんな人に国堂さん以外に出会ったことがないので……、もう、出会えないとすら思ってしまっていて」


想像がつかない。だから頷くことも、首を振ることも出来なかった。


あの男以外に、これから先現れるのだろうか。そんな事を考えている目をしていた。その事を叶えてやろう、と楽しそうに言う人間が。


現れる気がしない。少なくとも、これまで生きてきた二十年。現れたことは無い。


想像を巡らせても何も出てこず、確かな答えを出せない俺の回答を聞けば、「ぶふっ」と隣から低く吹き出す音が聞こえた。


「っくく……、歪んだ恋愛感情だ何だと言いながら、気持ちは一途なもんだな……。あいつ以外に好きになれる気がしないと言っているみたいだ」


「……ちょっと、一途とか言われると気持ち悪いので、やめて欲しいです……」


こんな欲の恋愛感情に、一途なんていう煌めかしい言葉は似合わない。

自分が一途と言われれば、背筋に寒い風が通る。


ふてぶてしくなった顔で、ボソリと言えば、宗士は「すまない」と少々笑いの込み上げる声で謝罪した。



「……変な奴同士、お似合いというものかもしれないな」


横で宗士が俺にすら届かない声で何かを言った気がした。

低い声はちゃんと発さないと、通りづらい。上手く聞き取れなかった。


「……今、何か言いました?」


「……ふふ、いや、なんでもない。しかし、まぁ、二十歳そこそこなのに、そんな風に考えるんだな。まだ、捻くれる考えになるには若いだろう。俺らと違って」


こんな風に重圧のない笑い声を聞くと、やはり兄弟似つくところもあるんだなと思えた。


(……そういえば)


今更一つ、知らなかったと思うことを思い出した。


「……国堂さんたちって何歳なんですか」


俺を若いと言った。年上だとは分かっていたが、正確な歳を聞いたことは無かった。別に気にすることでもないが、知っておいて悪いことはないだろう。


純粋な疑問として投げかけたが、宗士はすぐには答えない。

見れば、口を半開きにしてこちらをポカンと見ていた。


シン、と一時の沈黙後、「ぶはっ」と手で抑えようにも抑えきれなかった宗士から吹き出した唾と笑い。


「……え、何ですか……」


驚きつつも、聞くと「くくくっ」と身体をカタカタ揺らしながら笑う宗士は、顔に手を当てていた。


「……っいやぁ、歳も知らないのに、アレが欲しいだとか言っていてのか、と思って……ふふ」


(……やっぱり似ている。激似だ。人を少し小馬鹿にした笑い方は、国堂の顔を思い出す)


笑われたことに不貞腐れる俺を見て、少しだけ目に笑い涙を浮かべた宗士は、「すまない」と、未だに笑いながら謝罪を述べた。


「俺は、二十九……。アイツは、三十一……だったか……?」


そんな疑問形で問うように言われてもこちらは答えを知らない。

──────というか。


「……さ、三十一……? 二十代じゃ……」


「よく言われてたな。童顔な訳ではないが、歳を取っても顔に傷が出来ない奴だからな」


自分と十以上も歳が離れているとは思わなかった。離れていても、二十五、六かと。

宗士も二十九。この男も普通に実年齢より大分若く見える。

知れば知るほど嫌味な容姿を持つ兄弟だ。


「そこまで離れていると圏外か?」


「……」


何だろうか。この試すような言い方。

……いや、分かって言ってるのか。同じ住処に住む狐はやはり狐だな。


顔を一瞥すると、「ふっ」と、口に出さずとも分かりきったというように、俺から視線を外した。


(圏外になんてならないと、分かっていたくせに)


宗士は咳払いをすると、話を戻した。


「……あぁ、そうだ。麗士に用があったんだな。そろそろ戻ってくる頃だろう。……中に入れてやる、どうせ来たは良いが、家には近寄り難かったんだろ」


言い当てられれば「うぐっ」と潰れた蛙のような声を出して、図星だと言う顔をしてしまう。


そうすればまた宗士は、手を口元にあて、微かに笑った気がした。



☆☆☆



先程は前に立つことにすら臆した国堂組の門の前。それをズカズカと先に宗士が中へと足を踏み入れていくものだから、それに追い付かないといけないと思い、俺も足を速めて、躊躇いなく入れてしまうのだから怖いものだ。


門の横には先程はなかった黒光を放つ高そうな車が一台停車していた。なんか見た事がある。


「おい、麗士は戻ってるか?」


「うす、さっき親父と一緒に」


近くにいた額に傷の入った男に宗士は、躊躇なく質問すれば、一秒の間もなく、その男は返答した。

言い終えれば、後ろにくっ付く俺を不審な目で見てきた。


(……当たり前か)


組の人間でもない普通の若僧が、国堂組の実の息子の一人の後ろを追うのだ。宗士が近くにいるから、何も言われないが、一人になっていれば、何をされるか分かったものではない。

ぶるりと身体が震えた。


足が長い分進む歩幅も俺より広く、足を進めるのが速い。

精一杯に追いかければ、建物内に足を入れ、床板の上をペタペタと音を立てながら歩いていた。競歩のような速さで。


ピタリと宗士が急停止するものだから、危うくぶつかるところだった。


「……麗士の部屋だ」


一つの扉を前にして、宗士がくるりと振り向けば、一言そう告げてきた。

無言のまま進んで行ったかと思えば、国堂の部屋の前まで連れてきてくれたらしい。


「……あの、普通に俺入って来て良かったんすか……」


「煙草に付き合ってくれた礼だと思え」


色のついた眼鏡の柄に手をかけて、それを外す。痛々しい瞼に残る傷跡が目を引く。

しかし、狐目を吊り上げながらも、笑った目元が見えたことに安心する。


(やっぱり、この人は良い人だ)


ヤクザだ何だで人を判断するものじゃないな。

国堂宗士という男は、単純に善人だ。主観に過ぎないが。


宗士は笑みを見せれば、扉の前から避けて、そのまま元来た廊下を戻っていく。


俺はゴクリと喉を鳴らし、片手の人差し指の関節部分を扉にあててから、震えながらも、三度叩く。


「はぁい」


 中から胡散臭い声の小さな返事が聞こえた。

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