第15話

15



(都会って本当に便利だ……。都会人に一時間にバス一本なんて考えられないんだろうな)


電車のつり革に掴まりながら、呑気にそんなことを考えていた。

勢いよく飛び出したからといって、目の前に目的の場所なんてない。何なら遠い。

勢い任せで上手くいくことはそうない。

世の中そういうものだ。


こんな時に都会の交通の便の良さを感じるとは思ってもみなかった。


(……わざわざ遠くに行こうと思うこともなかったからな……)


少し前までの自分に、今の俺を見せてやりたい。きっと生気のない目で有り得ないという顔をして、見下すに決まっている。

「なんでわざわざそんな体力を使うことを」と。


便利でも窮屈だ。人混みは得意では無い。

時折、大人数の乗客が車内に流れ込み、流れ出ていくを繰り返す。人の波に飲まれそうになる。


そんなことも想定くらいは出来ていた。それでありながら、それに乗り込もうとしたのだ。本当に今までなら考えられなかった。


ゆらりと揺れる、人に押され、引かれ、不安定な中、今更ながら俺は向かってどうするんだ、という気にさせられる。


国堂の『またな』は信じられたものではない。


前回はそう言い残し、逃げた俺を追うことはなく、影からケラケラと面白がっていたらしい。

結果的に、新しいバイト先へと来たが、あれは必然だったのか、ただの偶然だったのかも分かってはいない。


結局、あの男の真意を見抜くことは一度として出来ていない。


実は新しいバイト先を知っていたが、俺の逃げようとする姿勢を面白可笑しく遠目から見て笑っていたのか。


それともたまたま立ち寄ったところに俺がいたから、適当な言い分を並べ、また俺で遊ぶことにしたのか。


────『距離、詰められるんのと、放って置かれんの。……どっちの方が俺の事意識したん?』


あの言い方からは、前者に捉えられるが、あの男のことだ。突発的にでっち上げた可能性も捨て切れない。


頭の悪い男ではない。どちらかと言えば、頭の回転は良い人間だろう。俺なんかよりもずっと。

良い意味であるかは、どうとも言えないが。



人間の口約束なんて信じれたものではない。『またな』が本当に再会を願ってのものか、その場の雰囲気で口だけ出たものかなど、言った本人にしか分かりはしないのだ。


(会えるかも分からない……、会って何か言いたいのかも分からない。……でも、あの『またな』をアイツの気紛れな口先だけにはしたくない)


八つ当たりとはまた違うのだろう。

簡単な理由だ。そうしたくないのは。


────また会いたい、から。


(……本当に嫌だ。腹が立つ)


思うことはそんな言葉に釣り合わないことばかりだが、本能を要約すれば「会いたい」。だが、余裕そうに遊ぶ笑みを浮かべる男の顔を想像すれば「腹が立つ」。


髪の毛を掻き毟りたい。ぎりり、と歯軋りをしたい。

甘ったるい言葉一つで片付かない俺の国堂に対するこの気持ちの名前を教えて欲しい。



☆☆☆



早瀬に教えてもらった国堂組の住処となる最寄りまでやって来た訳だが。


それなりに身なりや、車からして中々の金ある人種たちなのだろうとは、薄々気付いていた。


(……立派なことで)


かなりの豪邸である、としか言えない。俺の住むアパートとは比べ物になる訳もない。


構えられた門。その横に伸びる塀は、トラックが突っ込もうが壊れることはなさそうな程に頑丈な見た目をしている。

門の上側を見れば、何だかカメラのようなものが動いた。


(……え、こわ……)


格好いいなどと呑気な小学生ならば思うところだが、ここまでくれば怖いとしか言えない。

頑丈過ぎる建物。監視カメラ。そんなもの常に誰かに狙われていると言っているようなものだ。

そして、そんな狙われるほどに誰かから恨みを買っているということだ。


息を飲む。門の前に立つことも出来ず、建物を見れるところまで来たは良いが、足が竦んでいるのが現状だ。みっともないとか、小心者と言われればそれまでだが、常人ならばこうなることが、普通とも思える。


(堂々と、訪ねたところで若頭が出てくるはずもない……、何か勘違いされてボコボコにされるとかは嫌なんだが)


これまた勝手な想像だが、ないとも言い切れない。俺は自分から危険を呼び寄せることがしたい訳ではない。怪我をするのは普通に嫌だ。


「ぐぬぬ」と近場で建物を睨みつけるようにして考える。


(……連絡する? メッセージで? いや、何かそれもそれでひよって入れないと小馬鹿にされそうで癪だ……)


怯えて足が竦んでいるのは事実であるが、あの男に出てきて欲しいと助けを乞うのも嫌である。

俺は案外負けず嫌いな性格のようだ。


前にも後ろに行けないまま、数分その場に入れば、門から誰かの影が見えた。


国堂か? と一瞬思ったが、違ったようだ。


「あ……」


色のついた眼鏡。国堂並に高い身長でスラリとした体型。背筋が伸びていて、姿勢が良い。


(……国堂、宗士……)


国堂の弟だ。心優しく、神のような対応をこの前はしてくれた。

そんな男を嫉妬深い面倒臭い男と勘違いしてしまっていたことに、今でも頭を下げたくなる。


すると、後ろからもう一人出てきた。次こそ国堂かと思ったが、それも違った。


「宗士さん、俺買ってきましょうか」


「いや、煙草くらい自分で買いに行く」


近場に煙草を買いに行くらしく、歩きで外に出たようだ。声を掛けたのは恐らく組員だ。主従関係にしか見えない。

やはり俺には遠い存在の組織だ。


組員は頭を下げて、門の中へと戻って行った。

つまりは宗士は、一人で外出したことになる。


(……こうなったら)


遠巻きの観察をやめ、行動に移ることにした。


と言っても、威張れることではない。


謝罪しなければいけないことも、感謝しなければいけないこともあるというのに、俺は宗士を頼って何とか国堂のもとに辿りつこうというのだから。

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