勘違いと意識
第8話
8
都会の大学生活。俺の育ったところもド田舎ではないが、活気はあまり無い。
そんな俺にとっては、十八の時に大学へと進学し、上京したての頃は、全てが新鮮に思えた。
それと同時に、こんな恐怖体験もするとは思ってもいなかった。
☆☆☆
「……え、進藤……さん、停学……?」
「んぁー、あとつるんでた四年の先輩何人かも。何か後輩を病院送りにしたとかで……。まぁ、命に別状はないって話だけどなぁ」
進藤と数人の仲間が、四年生の卒業間近となる今、停学になったと早瀬に聞いたのは、国堂との一件があった数日後のことだった。
いつも通り講義を受け終わると、早瀬が嬉しそうな、微妙なような顔をして話しかけてきた。
「こりゃ、就職に響くだろうな。もう内定決まってるって話もあったけど」
(……暴力沙汰。病院送り、となれば内定取り消しもおかしくはない、か)
彼らに対して罪悪感なんてものは微塵もないが、自身が関わった事だ。考える事が無いわけではない。
あの時、進藤に殴られて意識を失った彼はどうなったのか、というのも気にはなっていた。
(これでもし、命も危ういってなってたら──)
警察を呼ぶことを躊躇い、無駄な時間をかけた自分にも非はあると罪の念に駆られていたかもしれない。命に関わる状態ではなかったことに、ホッとするが、それもそれでどうなんだろうか。
「何でも深夜のコンビニでって話だし、窪塚もコンビニで深夜働いてるって言ってたろ? まーじ怖えから気ぃ付けろよー」
「…………あぁ」
無関係者を演じて、空返事をする。自分のバイト先、しかもそこに居た、なんて言えなかった。
そっと俯き、早瀬の顔から逃げる。知らないフリをすることは、嘘を吐いていることと変わらない気がするので、何とも気まずい。
「何か窪塚、暗くね? 眠い?」
「あぁ。そうかも」
適当な返答ばかりして、その場を凌ぐ。早瀬はあまり気にした様子もなく「ふーん」と言って、会話を終わらせた。
後輩君を病院へと連れて行ったのは間違いなく国堂組の人間。
運転席から出てきたスキンヘッド、サングラスの黒スーツ。……そして頭から顔にかけて彫られたモノがある、あの男だ。
ヤクザが人助け? 病院? きっと殴ったのは、ヤクザとなる彼だと病院では、疑われたのではないだろうか。
しかし早瀬の口から『ヤクザ』の三文字を聞くことはなかった。早瀬がその話を聞かなかっただけか、どうにかして上手く揉み消したか……。俺の知った事では無い。
あの日の眠る前のメッセージ以降、国堂からの連絡はなかった。
結局観念して、無駄にバイト先を新しく見つけるのも、引っ越すのも、番号を変えるのもやめた。馬鹿馬鹿しくなるに決まってる。
本当にあの男が俺を逃がさないとすれば、すぐに個人情報を手に入れることが出来そうだ。ドラマや漫画なんかの知識でしかないが。
顔を暫く上げずにいれば、早瀬に気を遣わせてしまったのだろう。
「んー、何をそんな落ち込んでんのか知んねぇけど、そんな窪塚に楽しいお誘いでーす」
「……は?」
早瀬は、呑気にハキハキと陽キャ独特の話し方をして俺の肩を強く叩く。突然強く叩かれたものだから驚いて、反射的にパッと顔を上げてしまった。
「まぁ、四年生には申し訳ないが、こっちからすれば飲み会の場が平和になったってことで。……何人か呼んで今日飲みに行こうと思うけど、窪塚も来ない?」
「え、いやっ、俺は……」
煩いところは苦手だし、人付き合いもそこまで得意では無い。飲み会なんて飲み食い強制させられる場面もありそうで嫌だ。
断ろうと口を開く。
「ホントに数人。五、六人くらいだからさ。……あんまり、窪塚の苦手そうじゃない奴ら、集めるし」
眉尻を垂れ下げて、今度は優しく二回だけ肩を叩いてきた。俺は断りの言葉を飲み込んだ。
早瀬は俺と正反対と言っても良いほどの陽キャだが、決して悪い奴ではない。だから俺も上手く接していけてる節はある。
元から飲みに行く予定だったのかもしれないが、俺の様子を見て、へこんでいると捉え、わざわざ俺を誘うためにそんな事を提案してくれていると思うと、バッサリと断ることも躊躇われる。
優しい目を向けられれば、自分が事の全容を知っているのに口にしなかった罪悪感が湧き上がってきた。
(せっかくの誘い……。しかも俺のことを気にして……)
より罪悪感が重くなりそうだった。
それに、何だか気晴らしにそれくらいしてみても良いのかもしれないとも思えた。
今一人で部屋に帰ったとしても、嫌な狐の顔がチラつき、この前の出来事で頭がクラクラしそうだ。酒でも喰らって浮ついた方が今は楽なのかもしれない。
「……じ、じゃあ……少し、だけ……」
「おっ、まじ? 何気に窪塚と飲むの初めてじゃね?」
そう言えばそうだな、と思い、そのまま口にした。
親友とは呼べないが、友人ではある。しかしプライベートでの関わりは一切ない。あまり趣味は合わないだろうし、無理して合わせる必要も無いと思っていた。
「でも俺、あんまり騒がしいところは得意じゃないぞ……」
「ん? あぁ、大丈夫大丈夫! ウチん店だから! 気軽に飲めって」
軽く聞き流したが、数秒後にふと頭に『ウチん店』という言葉が残った。
しかし、それを聞く前に早瀬は立ち上がり、颯爽と講義室の出入り口へと向かっていた。
「んじゃ、何人か集めてくっから、待ってろー」
(……やっぱり、違う世界の生き物だ……)
今さっき決めた飲みの場に今から誘いに行く。俺には到底そんなことは出来ないだろうと、しみじみ感じながら、眩しい彼の背を見ることしか出来なかった。
(……早く、あんな会話、忘れてぇ)
一人になれば蘇る近くに寄った端正な顔で、吊った目元からこちらを見る視線は色っぽく、何かを目論んだ瞳。悪意とは違うが、良い意味を持っていたかと問われれば、それでもなかった。
綺麗過ぎる顔に備え付けられた、端正な顔に似合った薄い唇の隙間から放たれた爆弾発言。
そして、未だに消せない額に触れた感触。
思わず額に手を当て、前髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。眉間に勝手に皺が寄る。
(これからは、変に好かれないようにしなくては……、というか、マイナスなイメージを持ってもらうくらいの接し方にしよう)
嫌われるとまではいかなくても、これ以上国堂の中での自分の気に入られ具合を上げる訳にはいかない。下げる方が良いに決まってる。
(だけど……強く、嫌とも言えない……)
きっとそう考えてしまうのは、電話越しの一切の迷いも企みもない声で、俺を助けようとしてくれた国堂がいたのも事実だからだろう。
早瀬の言った『ウチん店』の意味は、連れられて来られれば、何となく察した。
何せ店に入った途端、バーカウンターの中にいた女性三人が
「あれ、八重ぇ、おかえりー」
「今日はお友達連れてきてるのー?」
「わっかーい! 大学の子?」
なんて言う。早瀬は少々鬱陶しそうな顔をしていた。
彼女たちと早瀬の話し方には、客とその相手ではなく、家族、といった雰囲気が漂っていた。
(……なるほど。家族が店をやってるってことね)
聞けば彼女たちは、早瀬の姉三人らしい。四人兄弟のうち、彼だけが男で末っ子という話だ。
こういう店を持った家族がいるから、飲み会が好きというのもあるのかもしれない。
狭く数席のカウンター席しかない、なんて店ではなく、奥へ行けばテーブル席も何席か置いてあった。
あの後、颯爽と消え去った早瀬は、本当に五人ほど友人を引き連れて戻ってきた。
(しかも、言っていた通り有難いことに俺の嫌いなタイプでは無さそうな人達で)
大人しいとも言えないが、馬鹿騒ぎするタイプではない。変に人に無理強いするタイプにも見えない。そこに胸を撫で下ろす。
「窪塚、何飲む?」
「あ、じゃあハイボール……」
二十歳を過ぎれば、飲みの場が得意では無い俺でも酒を飲んだことは数回ある。
これといって好みもなければ、度数が強いのがいける訳でもない。が、全くダメという訳でもない。
早瀬が全員に聞いて、それをカウンター内にいる三人に注文する。適当に食べ物も頼んでいたようだった。
(……いくら、苦手なタイプではないといえ……)
ほとんど初対面。何回か授業が被っていたような気もするが、話したことはない。顔と名前が一致しない。
俺とは違って早瀬の周りにいる奴ら同士で関わりがあるらしい。一人浮いているというやつか。
しかし、俺としては交友関係を広めたいと言うより、他に意識を逸らしてあの出来事を思い出さないようにしたいだけ。
酒で良い感じ酔っ払って、家に帰れば、即寝くらいしてしまいたいものだ。
黙ってる俺の前にハイボールの入ったグラスが置かれる。
「窪塚案外渋いな。何か甘い酒とか飲むかと思ってた」
「何でだよ」
「雰囲気?」
よく分からないことを言いながら、早瀬は俺の横に腰を下ろす。ビールジョッキを片手にゴクゴクと飲み干した。特に宴会なんてものでもなく、乾杯などというものもなかった。
「新鮮新鮮。窪塚がこういう所にいるの」
「俺もそう思う。友達と酒飲みに行ったことなかったし」
一言言ってハイボールを一口喉に通すと、早瀬は目を見開いて「マジか」と驚きを示していた。
酒を飲むとなれば大概夜。俺のバイトも夜だ。遊びよりも金。そんな考え方をする大学生は少ないらしい。
「……俺の奢りー……、とか言いたいけど、ちゃんと金払ってくれな」
「……言われなくてもそうするけど」
ビールを一口飲んでから、俺を見て早瀬は口にする。確かにこの店を選んだのも早瀬だし、それが自身の身内が経営しているとなれば、奢りなんて話になってもおかしくないのかもしれない。
しかし、それを強要するのは変な話だろう。普通は金を使って飲むものなのだから。
「……最近さ、店に変な輩が来るって姉ちゃんたち言っててさ。ガラ悪い奴とか口悪くて横暴な態度な奴とか。そんでバイトで雇ってた子たちも怯えて辞めちまって。普通の良い客も消えていって、経営が難しかったって。……俺に出来ることって言えば、こうやって友達連れてきて、少しは店の金を落とさせること。……狡いだろ」
最初は深刻そうに言っていたが、最後は「へへへっ」とヘラヘラ笑う。
「大変なんだな。バイトは今、一人もいないのか? 三人ともお前のお姉さんなんだろ」
「前は一回そうなったな。でも今は雇ってるよ。今日が休みなだけで。……そういう奴らが来なくなって、ようやく経営も少しは楽になってるってさ」
「来なくなった?」
聞くと、早瀬は「うーん」と一度悩む仕草をする。
「なんか、姉ちゃんたちは、ニコニコしながら『良い人たちが追い払ってくれた』って言っててよぉ」
世の中には本物の善人もいるみたいだ。
話を聞く限り、正論を言って易々と受け入れるような輩ではなかったのだろうが……。時間をかけて説得でもしたのだろうか。
まだ世の中も腐ってはいないな、なんて考えながら喉にハイボールを流し込む。
「しかも顔も良いとかなんとかで、今もたまに店に来てくれてるらしくて。三人ともその人たちにベタ惚れよ」
早瀬のお姉さん三人は、一番上で三十かそこらだろう。普通に綺麗な人たちだな、という薄い感想しか出てこないが、そこら辺にいる女性よりは上物だと思う。
化粧をしているからというのもあるが、肌は綺麗だし、身体も太り過ぎず痩せ過ぎず。男を魅了する場所だけが育った、という感じだ。
それを強調させるような服を纏っている。見る人によっては、だらし無いと言うかもしれない。
だがまぁ、世の中の男の多くは、こういう風貌の方が気分が上がるに違いない。
「姉ちゃんたち狙うのは勘弁してくれよ。友達と姉ちゃんが付き合うとか考えたくねぇから」
「狙ってないから安心しろ」
ごく一般的に言えば上物。しかし、俺のタイプかどうかは別の話。
(…………タイプ)
言葉一つであの男の顔が過ぎる。声が鮮明に思い出される。
首を振り、忘れることに努める。早瀬は頭に疑問符を浮かべていたが、特に何も聞くことなく、彼も喉にアルコールを通す。
酔いが回るほどは飲まずとも、気楽に知り合いとも言えない早瀬と付き合いがある奴らと、多少は話せるくらいには、俺の気分も上がっていた。
人付き合いが苦手だからと言って、話せない訳では無い。こちらから行くのが苦手なだけであって、向こうから来てくれれば跳ね除けることも、躊躇うこともない。
「窪塚ってコンビニのバイトなのか。四年生のこともあったし、怖くね? 辞めねぇの?」
「新しいところ見つけるのも面倒だしな」
「そこのコンビニが運悪くってことだもんな。そんな事そうそう無いか」
適当に話に乗りながら相槌を打って、彼らに合わせる。こういうのは苦手では無い。雰囲気を壊さず、自分が堂々と前に出ることもない。
いわゆるモブ的立ち位置。それが俺の場所。
数杯飲んだところで、カウンター席に二、三人客が入っているのが見えた。確かに今居るのはガラの悪い輩ではなく、ただのサラリーマンと言ったところだろうか。
既に二十時を越していた。仕事帰りなのだろう。
また一つ、店の扉についた鐘が鳴った。それなりに客は戻りつつあるようで、早瀬も安心しているに違いない。
俺は自分の酒を見下ろして、あと一口でこのグラスが空くな、とぼんやり思いながら、口をつける。ゴクリ、と飲み干せば、次は何を頼むか、もうやめるかなんて選択肢が出てくる。
すると、何だか一気に向こう側が、賑やかになる。
扉を開けたのが大勢連れた団体だったのか。あんまり宴会などが出来そうな店では無いが……。
「あら、また来てくれたの?」
「良かったら一杯飲んでって! サービスするわよ」
「お話しながら飲みましょー」
団体の賑やかさではなく、従業員である早瀬のお姉さんたちの声が高くなったようである。
親しげな喋り方からして、常連だろうか、と考えた。
「本当に助かったわよ! 二人のおかげで変なのもパッタリ来なくなって、お客さんも戻ってきたんだから」
それを聞けば、何で三人が一段と騒がしくなったのかが分かった。
実にタイムリーなこともあるものだ。先程の早瀬が言っていた『良い人たち』が、来たのだろう。しかも顔が良いという噂の。
「早瀬、もう一杯ハイボール貰えるか?」
「お、分かったぁ……って、姉ちゃんたちに何してんだ……」
「あれだろ。ほら、言ってただろ。変な輩追い出したっていう────」
早瀬は他と話していて聞こえていなかったらしく、俺が説明しつつ、扉の方へと視線を向ける。
「あ、じゃあ、一杯だけ飲ませてもらってもええか?」
変な訛り方。ねっとりとした温和さの篭もる喋り口調。
それはついこの間、家に押しかけ、目の前にいた男が、俺の耳元で響かせたものとよく似ている。
故に悪寒が再発する。
視線を向けた方には、早瀬のお姉さん三人と、黒いスーツを着た男が二人。
一人は、薄く色の入ったレンズの眼鏡をしていて、目元がハッキリとは見えない。
シュッとしていて、スーツもキッチリと決まっている。
しかし、もう一方は、スーツを着こなしてはいるが、ネクタイが結構緩んでいて、だらし無さが見える。
────特徴的な狐目で、髪を後ろに一つ結っている。
思わず、顔を逸らす。
知らない方の男が手前にいたから、全身がハッキリと見えていた訳ではない。顔も右半分くらいしか見えなかった。
見間違いであると思いたい、思いたいが……。
「国堂さんにはお世話になりましたから一杯と言わずに何杯でもどうぞ」
あれは早瀬の一番上のお姉さんだ。ほんのり甘く誘う声色を遣い、片腕を男たちの方へと伸ばす。
彼女の一言のおかげで、そこにいる人間は思った人物と同一人物であることが確かとなった。
(…………国、堂……)
そうそう居る苗字ではない。
それにあの胡散臭い関西弁に、ゆったりとした話す速さ。ふわふわとしていて、温厚さのある喋り口調。
俺と話している時の国堂麗士そのものだ。
本人と分かれば、まっすぐに見ることも出来なくなってしまった。
「あー、あれが……。俺からも礼言っておくか……、確かに格好良いな。なんか少し怖そうな人たちだけど」
そう言った早瀬は俺の隣から腰を重たそうに上げる。思わず俺は彼らの方へ向かおうとする早瀬の腕を力強く掴んだ。
そんなことされるなんて思っていなかった早瀬はガクンと膝を折り曲げ、こちらに顔を向けた。
「な、なんだよ、急に……」
「っ! あ、あ、いや……えっと……」
早瀬が国堂に話しかけて、こちらに意識を向けられたら、困る。俺だと気付くに違いない。そしてまたニヤニヤしながら馴れ馴れしく声を掛けてくるのだろう。
「……った、楽しそうに、話してるし……、変に横から口挟まない方がいいんじゃないか?」
(そんなこと微塵も考えてないが……)
視線を気取られないように、チラリと向こうに目をやれば楽しそうな雰囲気で話している光景が見えた。
国堂の顔が良いとは、男の俺でも思っていたこと。異性となれば尚のこと、そう感じるのかもしれない。
早瀬のお姉さんたちがベタ惚れ、という話なのも頷けた。
四人が楽しそうに話している。国堂が彼女たちからの誘いに乗る話をして、扉に一番近いカウンター席で机を挟んで話し込んでいた。
ほぼ、国堂一人に対して、早瀬のお姉さん三人という形だ。
(もう一人の、眼鏡の方は……話さない、な……)
こういった場が苦手なのか、口を開く素振りはない。目元は見えないが、オーラで少し不機嫌なのがこちらからも見て分かる。
大人しく席に座ったが、出されたウィスキーに口をつけ、グラスを置き、数秒後にはまた口をつける。
(まぁ、俺も普段は好き好んで来る場所ではないし、気持ちが分からなくもない……)
国堂と並んでもほとんど背丈が変わらなかった。似たような体型。つまりは、顔がどうかは知らないが、モデル体型といったところだ。
(……不平等な世界だ)
見た目が良い奴の傍には、見た目の良い奴がいる。
俺と国堂があんな風に隣に座っていたならば、きっと周囲からは変わった組み合わせに見られるのだろう。
名も顔も知らない隣の男が、国堂と並んで座れば違和感というものはなかった。
結局、普段は来ないような所に気晴らし、余計なことを考えたくないからという、あやふやな理由で来たというのに、それがどんな巡り合わせか、俺の心を乱す本人が店に居合わせるのだから、俺は不幸体質なのかもしれない。
(気付かれたくは無い、が、話の内容は気になってしまう……)
扉前の席に座られてしまえば、店から出ようにも出られない。俯いて少し離れたテーブル席から聞き耳をたててしまう。
何のことは無い世間話をしているだけだった。それに意味も無く耳を傾ける俺。
一体、俺は何をしているのだろうとなったのは、五分ほど彼らの他愛もない会話を聞き続けてからだった。
お姉さんたちが国堂たちに夢中になっていることで、早瀬がわざわざ俺のグラスに新しいハイボールを注いできてくれた。
それを、グイッと一気に飲み干す。
国堂はあちらで話を続けてこちらに気を向けることもない。
安心をした、といえばそれは嘘では無いが……。
(あの人だってエスパーじゃないんだし、四六時中俺を探している訳でもあるまいし……)
何だか自分が恥ずかしくなった。
気付かれないように、などと願ったことも恥ずかしい。
自意識過剰という言葉が当てはまると冷静に考えられたのは、ハイボールを飲み干してからだった。
国堂の話の内容から、前から自分に気があったという意味で理解していた。
きっとそれは全部が全部間違いでは無い、と思う。さすがにわざわざ遠くからコンビニに通い詰めるほどだ。
しかし俺はあの男を全て知っている訳では無い。
今だってそうだ。
早瀬のお姉さんたちの店にだってこうやって足を通わせている訳であって。頻度は知らないが、俺のコンビニに来るくらいの頻度かもしれない。
国堂の言うことは曖昧で、同性愛者というよりも、どちらもイけるという話。それはつまり女でも良いってことだ。
早瀬のお姉さんたちも、隣の男も、早瀬も……、今テーブルを囲む同じ大学の奴らも、カウンター席に座るサラリーマンですら……。
ここにいる全ての人が彼の恋愛対象となり得る。
(本人も言ってたわ、好きっていうよりも、興味だって……。それなのに何でこんな狙われた獲物みたいにコソコソと……)
国堂の言い方というのもあって、獲物だから逃げねば、なんて逃走本能が働いていた。
しかし、彼の獲物や好物が一つとは限らない。雑食という可能性だって大いに有り得た。それなのに、自分は────と、考えれば考えるほど、頭を抱えたくなる。
(恥ずかしい……、恥ずかしい!!)
国堂本人の口から出る言葉が嘘か誠かなども俺には分かり得ていないのではないか。勘ぐればそうも思えてしまう。
タイプとか関係なく、あまりにも無関心な死んだ魚の目でレジ内に立つ店員を面白がっていただけなのではないか。
(なん、か……、モヤッとする……)
窪塚澄華という一人に対してではなく、俺を含めた数多に対してそう接していると分かれば、何だか心が靄に覆われた。
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