第5話

<2話>

■秋墨の家・書斎

小さな部屋にいくつもの本棚があり、本がきっしりと詰まっている。床の上にも本が積み上げられている。

机の上にも紙と本が乱雑に置かれている。


秋墨、パソコンに文字を打ち込んでいる。

部屋の外から物音がする。


秋墨<そういや、今日はバイトの日だったな>


■秋墨の家・リビング

良一は散らかった荷物をまとめ、掃除機をかけている。

洗濯物を干すなど、黙々と家事をこなしていく。


秋墨<良一はあれから何度かバイトに来ているが、俺が部屋に籠っていたら、来た時と帰る時くらいしか会話をしない>


良一、掃除機を棚の中に仕舞う。


秋墨<何がどこにあるんだとか、最初に説明して以降聞かれることもない>

秋墨<確認とかで、会話する機会は結構あると思ってたんだけどな>

秋墨<いや、最低限の確認はしてくれるけど>


(回想1)

秋墨、良一に鍵を預ける。

良一、驚きつつも少し嬉しそうな顔。


(回想2)

秋墨、掃除されたリビングを見て驚く。


秋墨「片付いてる!?」

(回想終了)


■秋墨の家・書斎

秋墨<鍵を預けたら、いつの間にか来て掃除して帰ってたこともあったな……>


秋墨、手を止めて腕組みをする。


秋墨「いや、俺が部屋に籠ってるせいか」


秋墨<邪魔をしないように。細かく聞かなくても察する。たぶん、家でもそうしているんだろう。なるほど、会話がないはずだ>


秋墨「まず、話ができる状況を作らないとな」


秋墨、立ち上がって部屋を出る。


■秋墨の家・リビング

秋墨「お疲れさん」


急に現れた秋墨に驚く良一。


良一「お仕事は片付いたんですか?」

秋墨「いや、休憩」


秋墨、リビングのソファーに腰掛ける。

周りを見渡すと、雑誌類が部屋の端にまとめられている。


良一「そこの雑誌、かなり前の物なので、不要でしたらあとでゴミに出しておきます」

秋墨「ああ。よろしく」


秋墨<いやだから、これで会話が終わっちゃ駄目だろ>


秋墨が腕を組んで唸っていると、良一はコーヒーカップを持って秋墨の前のテーブルに置いた。


良一「よければどうぞ」

秋墨「……ありがとう」


良一はキッチンに戻り、洗い物をしている。


秋墨<何も言わずに飲み物を出してくれる。理想の嫁かよ>

秋墨<いや、ジェンダーレスの時代にその言い方はおかしいか>

秋墨<それに、俺に嫁は縁のない存在か>


秋墨「っと、そうだった。良一、この前来てもらった分、まだ払ってないだろ。来たならちゃんと声掛けろよ」

良一「えっと、それなんですが……。やっぱり高い気がして、月額とかにしませんか?」

秋墨「遠慮すんなよ。貰える時に貰っとけばいいんだって」

良一「でも……」


秋墨、立ち上がり良一に近付くとポケットからお金が入った封筒を取り出して渡す。


秋墨「いいんだよ。金がいるんだろ? まあ、何に使うか知らねえけど」


良一、受け取った封筒をじっと見つめる。


良一「……学校に行きたくて」


良一に言葉に驚く秋墨。


秋墨「…………話してくれんの?」

良一「こんなにお金を貰ってるのに、話さないのは申し訳ないと思って……」

秋墨「そりゃ、話してくれるのは嬉しいが、無理に話さなくてもいいんだぜ?」

良一「いいんです。でも、店長には言わないでください」

秋墨「りょーかい」


秋墨、良一をソファーまで連れて行き隣に座らせる。


秋墨「それで、なんの学校に行きたいんだ?」

良一「調理師専門学校です。店長のお店を手伝いたくて」


秋墨、驚いた顔。


秋墨「それ、誠に言ったら喜ばれるんじゃねえの?」

良一「話せません。店長なら学費を出すって言い出しかねませんから」

秋墨「まあ、あいつなら言うだろうな」


良一、頷く。


良一「店長は、母に放っておかれてる俺を哀れに思って世話をしてくれてるだけです。これ以上、迷惑はかけられません」


秋墨<迷惑はかけられない。けど、恩義を感じているから仕事を手伝いたい、ってところか?>

秋墨<そうか。誠は嫌われているとかじゃなかったのか。それがわかっただけでも良かったな>


秋墨「だったら尚更、俺から金を貰い渋るな。学費、結構かかるんだろ?」

良一「……はい」

秋墨「そうだ。そんなに罪悪感があるなら、仕事少し増やしていいか?」

良一「はい!」


秋墨<いい返事。ほんと、何かを貰うってことに慣れてないんだな>


秋墨「料理も作ってほしい。作り置きでさ」

良一「料理、ですか?」

秋墨「ゴミ見られてるからバレてると思うが、デリバリーばかりでな。さすがに、この年じゃ健康も気になってくるわけだ」

良一「でも、今は店長の手伝いでたまに作るくらいしかしたことないので、味の補償はできませんよ」

秋墨「学校に行きたいって思ってるくらいには、料理に興味があるんだろ? 練習がてら作ってくれると助かる。最初は失敗しても、時間が掛かってもいいからさ」

良一「……わかりました」

秋墨「よし、んじゃ決まり。じゃあ俺は仕事に戻るから、今日も適当なところで帰っていいからな」


秋墨、立ち上がろうとするも、良一に話しかけられて留まる。


良一「あの、何の仕事をされているんですか?」


秋墨、良一から話しかけられて内心嬉しいが、それを顔に出さないように平静を装う。


秋墨「言ってなかったっけ? 作家だよ。純文学のな。お店には、飯ついでの気晴らしとネタ出しがてら通ってる」

秋墨「まさか、ニートだと思ってないよな!?」

良一「いえ。何か在宅のお仕事なのかと」


良一、微かに笑って。


良一「お店に来たら、ずっと外を見ているから何を見ているんだろうって思ってました」


(回想)

■カフェ店内

良一が見つめる先に、外を見ている秋墨の姿。

秋墨は、テーブルの上に置いたメモ帳に何かを書き記している。

(回想終了)


■秋墨の家・リビング(夜)

秋墨「人間ウォッチングだな。ずっと家に居たら、書く登場人物が全部似通って来る。そうならないように、な」

秋墨「なんだ。結構俺の事、気にしてくれてたんだ」

良一「ほとんど毎日来られるので。けど、こんなに話す人なんだって最初は驚きました」

秋墨「あー、確かに。店だと仕事中だから悪いと思って、話したりしないからな。けど、夜とかよく誠と電話してるぞ。あいつの愚(痴)……」

良一「ぐ?」


秋墨<やっべ。良一の事を愚痴られてるってバレるのはマズい>


秋墨「具材! メニューの具材の希望聞かれてんだよ」

良一「本当に仲が良いんですね」

良一「(呟くように)……いいなぁ」

秋墨「仕事も落ち着いてきたし、明日にはまた店に顔を出すよ」

良一「はい。お待ちしています」


良一、ニコッと微笑む。

その顔に、秋墨ドキッとする。

立ち上がり珈琲を持って書斎に戻りながら、少し照れる秋墨。


秋墨<初めて笑顔を見れた気がするな>

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