第八話

稲島さんよぉ、日本にはこんな言葉があるんだぜ?

……『バカ』って言ったほうが『バカ』なんだぜ!」

加藤は両手を広げて笑った。


稲島は膝立ちになって厳しい顔で加藤を見ていた。

「な……なめやがって…!」


すると稲島は突如香椎の方へ走り出した。


「…あっ!」

加藤は出遅れ、稲島が香椎のところへたどり着くのを許してしまった。


「ククク、コイツがどうなってもいいのか…!」

稲島は香椎の髪を鷲づかみし、鉄パイプの先を彼の頭に向けた。

「いっけねー、その手に乗られると厄介だぞぉ…」

加藤はその場から動けなくなってしまった。加藤は調子に乗った自分をとがめた。


「次俺に攻撃する素振りでも見せたら、このガキを始末してやるッ!」

「くそっ、どうすれば……!」


その時。突如社長室の窓ガラスが割れた。

「な、なんだ!?」


窓ガラスを割った正体はドローンだった。

「ド……ドローン!?」

社長室はドアの反対側の壁は全面窓ガラスになって一望できるようになっているのだが、ドローンがそのガラスを割って入ってきた。


「なんだ、あのドローンは!? まあいい、このガキをダシに使えば……ってあらッ!?」

稲島は先ほどまで自分の傍にいたはずの香椎の姿が消えていたことに困惑した。

「いったいどこに……あっ!」

稲島は右側の壁に香椎が飛ばされていることに気づいた。


「なんかわかんねえけど助かった! サンキュー、ドローン!これで戦えるぜ!」

加藤はドローンに手を振った。


「なぜだ!なぜそこまで俺の邪魔をする!?俺とお前らは潜入まで一度も面識がなかったはずだ! 無辜の人間をいじめて楽しいか!」

稲島はついに堪忍袋の緒が切れた。鉄パイプを机に打ち付け、机に傷をつけた。


「おうおう、反省ってのはねえのかジジイ」

「ジ……!」

加藤はもう稲島を強敵とも見ていなかった。


そして加藤はまた鉄やすりを構えてこう言った。

「すまんが俺はお前が太一さんを殺した以外の罪は知らねえ。 だが、俺にとっちゃあブチぎれるのには十分な理由だ。だからよぉ……」


加藤の剣幕が変わった。



「   地獄に堕ちろ、稲島!  」


加藤はそう言うと先頬度とは比べ物にならないスピードで稲島に襲いかかった。

「は……速すぎる…!」

右に行けば左に、左に行けば右に殴られ、稲島は鼻血をまき散らした。


「どーだァ!?これでどっちが"格上"かそのちっさい脳でも分かっただろォ!」

加藤の顔はもはや人間ではなく、嗜虐する悪魔のようだった。


「かくなる上は……! ぬぅああああぁぁぁっ!」

すると稲島は力を振り絞って加藤を突き飛ばした。

「わっ!?」

加藤は意表を突かれその場に倒れてしまった。



そして稲島は全速力で香椎のもとに向かい、鉄パイプの先を香椎に向けた。

「勝ったと勘違いしよったか!やはりバカはバカだったッ!」


「や…やべぇ!しまった!」

加藤は急いで稲島を追った。


「このガキ諸共地獄に送ってやるぜェェェーーーッ!」

そして香椎に向かって勢いよく鉄パイプを突き刺した。グシャッ、という音が聞こえた。


稲島は低姿勢にしていたため香椎の姿はまだ確認していないが、彼の中ではすでに確信していた。


「ククク……、人間を貫いた感覚がした……! これでこのガキは……」 

稲島に笑顔が見えたその時。


「おい、稲島ァ。」

加藤の声が聞こえた。それも稲島の前から。


稲島は不思議に思って前を見ると、なんとそこには身を挺して鉄パイプを自分の脇腹に貫かせた加藤がいた。


加藤は息切れしていた。

「今、人を貫いた感覚がしたつったよなぁ……? おめえ、日ごろから一貫いてるってことかぁ……?」


稲島は鉄パイプを持ったまま狼狽した。

「なぜッ!?なぜお前が貫かれている!?」

「俺のスピードならお前の前に入ることは全然できるんだが、そっからあれこれするのはちと難しくてな。 だからこうしたってわけ」

「ぬぅ……!」

稲島はまたコケにされたと唇を噛んでひどく悔しがった。


「……ほんで、今この鉄パイプ、俺を貫いてっから簡単には抜けねえよなァ?」

加藤は自分の脇腹を貫いた鉄パイプを指さした。


「はっ!? しまっ……!?」

「オルァッ!」

加藤は鉄パイプを膝蹴りで折った。


「な…なにィィィ!? …はぁっ!?」

稲島は加藤がその流れで逆足で飛び蹴りしようとしているのが見えた。稲島が認識したときにはすでに足は避けられる場所になかった。


「ぐぽぁっ!」

稲島はすっ飛び、地面にめり込んだ。


そして加藤は電気眼で鉄やすりを強く光らせた。

「 『エレクトロン・インパクト』ォォォッ! 」


加藤は鉄やすりを稲島の顔に目掛け鉛直落下し、稲島の顔に打ちつけた。

「ぐはああぁぁぁッ!」

攻撃をモロに食らった稲島はそのまま白目をむいた。


加藤はそれを見ると、時計をチラッと確認して宣言した。

「……はぁ……はぁ……午前7時17分、稲島鉄男……任務完了ミッション・コンプリート……!」


すると、後ろからドアを蹴破る音がした。

「……ん?」

「加藤!」

そこには佐伯とアルが息切れしながら立っていた。


「おお~佐伯さん、アル!」

「……加藤……!」

佐伯は痛ましいものを見るかのような目で加藤を見た。


「大丈夫っすよ。 稲島はしばらくは起きないだろうし、香椎のことは身を挺して守りやしたから……。」


佐伯は静かに頭を振った。

「そうじゃなくて……お前……、腹のそれ……」

佐伯は加藤の腹に刺さった鉄パイプを指さした。


「え?あ~これっすか! これも大丈夫……っす……」

加藤が気丈にふるまった瞬間、彼の視界が暗転し始めた。


「あ……あれぇ……?」

加藤はその場に倒れた。佐伯とアルが必死に近寄っているのが見えた。


「そうか……出血しすぎたのか……。 俺ってホント…、バカだよなぁ…………」

加藤はそのまま眠るように気絶した。

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