第46話

そこが迷宮の中心部分であることを、オデットは知っていた。一度だけ父に連れて来てもらったことがある。


「ねえこの赤い石の柱はね、ものすごい魔力を秘めているの。それに見て、天井の魔法陣。ここはクナイシュの大地を守る魔力の核そのものなのよ。でもね、ちょっと力が弱まってしまっているわ、なぜかしら?」

「そんなことより、わたくしの夫はどこにやった?」

「あなたの本当の夫はこの壁の向うにいる御方でしょう? 貴方は自分の役目を果たしなさい。ユリウスのことなら心配しなくても、ちょっと地下で迷子になってるだけよ。あなたが神の怒りを鎮めれば、外に出られるでしょう」


 また身体が勝手に動き出す。オデットは強い力に引き寄せられ、咆哮の聞こえる大きな扉の前までやってきてしまった。

 そこでサンドラはオデットの右手に小さなナイフを握らせてくる。ナイフはまっすぐに左の手のひらに切っ先を向けて動き出す。


「お前、その力、どこで手に入れた?」


 意志と無関係に人を操れる。ユリウスを一瞬でどこかに消し、壁を崩壊させ地下の道を変えることもできる。三百年前ならともかく、今世にそんな力を有している魔術師は存在しないはずだ。


「試してみたのよ。私でも扉を開けることができるのか。……扉は開かなかったけれど、神の声を聞いた。私を使者に選び、力を与えてくださった」


 クツクツとサンドラは笑い出した。以前から好きではない笑い声に、今まで以上の不愉快なものを感じ、オデットは眉根を寄せる。

 そして、サンドラの赤く光る瞳を見た。


「待ッテイタ、待ッテイタ、扉ヲ、ハヤク」


 サンドラの口を借りて、けらけらと笑っているのは誰だ。背筋が凍りつく。

 オデットの手のひらには強い痛みが走る。自ら突き立ててしまったナイフは、加減をしらず深く食い込んでいた。


「血ノ契約ヲ」


 血を流したオデットの左手は、勝手に石の扉に向かい伸びていく。

 抵抗しても無駄だろう。オデットはすべてをあきらめた。

 ここで秘宝の力を使えば、おそらく十年くらいの猶予ができる。後のことは新しい統治者がどうにかするだろう。


 オデットの手が扉に触れると、何かが外れるような衝撃音とともに、ゆっくりと扉は開かれていった。しかし――、


「――そこまでだ!」


 声を上げ部屋に飛び込んできたのは、ユリウスとマクシミリアンだった。

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