第29話

宮殿の大きな敷地の一角にある聖堂で、クナイシュ帝国最後の皇帝の葬礼はひっそりと執り行われた。


 オデットがユリウスに付き添われ聖堂に入ると、そこにはすでに目立つ赤い髪の男が待っていた。


「息災か?」

「……」


 マクシミリアンとは、これが二度目の対面となる。

 オデットは罵りの言葉しか出ないであろう口を、かろうじて閉ざし、お辞儀だけする。黒いベールを付けていて良かったと思った。ベールの下の顔を上手く隠すことができるから。


 歴代の皇帝の棺は、この聖堂の地下に納められる決まりになっている。石でできた棺は重く、マクシミリアンの騎士たちが地下へと運んでいく様子を、ただ黙って見ていることしかできない。


 地下には石造りの灰色の空間が広がっていた。整然と並ぶ石棺は、歴代の皇帝と皇妃のもの。また若くして亡くなった皇子のものもある。


「オデット、これを」


 ユリウスが持っていた白い百合の花を差し出す。それを受け取り、冷たい石棺の上に置いた。オデットに与えられた役割はたったそれだけだ。


 最後の祈りを捧げていると、風のない地下室なのに、ベールが揺れた。百合の花の甘い香りが鼻につく。






  耳鳴りがする


  どこかで誰かが呼んでいる

  もう、行かなければ

  きっと、わたくしを待っている





「オデット、大丈夫ですか?」


 ユリウスに肩を叩かれ、オデットは我に返った。


「大丈夫だ……」


 大丈夫。ユリウスにも、マクシミリアンにも気付かれてなどいない。最後の別れに時間をかけても不自然ではなかったはずだ。

 ユリウスはオデットを心配そうに見つめているが、この地下に流れる気味の悪い風を、感じてはいないようだ。


「もう、戻りますか?」


 促され、地上に向かう。オデットだけが感じる風の流れに逆らって歩きはじめると、悲鳴のような叫びが聞こえたが、今度は完全に聞こえないふりをして、その場をあとにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る