第2話 少女のとある一日
灯台守の朝は早い。
水平線から朝日が昇ろうとするその頃には、目を覚ます。
現在の灯台守であり、今年十三歳の少女ベニーも、もちろん日の出の前にはしっかりと活動を始める。
「う~ん、よく寝た。さあ、今日も一日張り切っていきましょう!」
ぴょんとベッドを飛び降りたベニーは、早速魔法で出した水で顔を洗う。
顔を洗って目を覚ませば、寝間着姿のまま灯台の要となる導の灯の確認に向かう。
ベニーがたどり着いた灯台の頂上では、今日も導の灯がキラキラと光を放っている。
「うん、問題なしね。これが消えちゃわないようにするのが、私の家系の役目だもんね。よしよし、確認できたから朝ごはんだわ」
灯の確認を終えたベニーは、バタバタと灯台を駆け下りていく。
灯台守というのは、このオリゾンテ国だけに存在する特別な職業だ。
その昔、オリゾンテの近海には魔物がたくさん生息しており、そのために海を行き来することは困難を極めた。
オリゾンテ国の立地的には海運の要所であったがために、当時の為政者たちは頭を悩ませたものである。
それを解決したのが、当時のオリゾンテ国にいた一人の魔法使いだった。
特に海に突き出た場所に塔を建て、そこから魔物たちを見事に討伐してみせたのだ。その魔法使いは、二度と魔物が発生しないように結界を発生させる光と灯し、終生その塔で生活をしたのだという。
これが灯台守の始まりである。
この灯台守の血筋は代々その魔法の才を受け継いでおり、十歳の時点で一人でも生活できるようにあらゆる魔法を身に付けさせるのである。
今代の灯台守であるベニーも、ひと通りの魔法をすべて使えるようにはなっており、生活にはまったく困らない。
食料も歩いてそこそこかかる近くの港町で手に入るし、なんなら灯台から至近距離の森で調達することもできる。
灯台の導の灯が沈静化できるのは海の魔物のみ。陸の魔物は少々弱体化する程度である。
とはいえ、多少の魔物であれば歴代の灯台守からすればさした脅威ではない。ベニーも時折森で魔物を狩っている。
「ふんふんふ~ん」
適当な鼻歌を歌いながら、ベニーは朝食を作っている。
魔物に生息する魔物を狩っては干し肉を作り、今はその肉を調理しているのである。
朝食を終えれば、掃除に洗濯を済ませる。汚れがなくなってすっきりしたベニーは、服を着替えて出かける準備をする。
「さあ、野草を摘みに行きましょうね。食事にあると色がきれいになるし。それと、お薬の材料も手に入れなきゃ。先日寝込んだ時に使っちゃったもんね」
あれやこれやとすることを確認するベニー。
かばんも提げて灯台の入口に立つと、中へと振り返る。
「行ってくるね、おじいちゃん」
亡くなった祖父に挨拶をしたベニーは、近くの森へと向かっていく。
今日の予定は食事に添える食べられる薬草と、寝込んだ時の病気を治すための薬となる野草。これがないと一人暮らしはきつすぎるというものだ。
ベニーのご先祖たち一人でいることが多かったので、薬師としてもかなりの腕前を持っていたらしい。ベニーもそこはしっかり叩き込まれたので、十三歳にして基本的な薬を作ることができる。
魔法を使うにも体力は必要なので、病気やケガの治療はもっぱら薬だよりになるというわけだ。
この時に必要となる草に関する知識も、幼い頃から家族から叩き込まれる。ベニーの場合は祖父だった。
時に優しく、時に厳しく、どんな時でも一緒にいてくれた祖父は、ベニーにとってはとても頼れる人物だった。
「ふう、これくらいで十分かしら」
ベニーの目の前にはこんもりとした草の山ができている。
実はちょっと集めすぎたのではないかと思ったからか、タンタンと足を鳴らしている。
「まあいいかしらね。この森の草はすぐ生えるし、少しくらい予備が多くても問題ないわよね」
摘んでしまったのだからしょうがない。ベニーはそう考えて集めた草をかばんに詰め込むと、灯台へと戻っていった。
灯台へ戻って、まずは草を室内に干す。少し水分を飛ばしておかなければならないからだ。ちなみに屋外で干すとカモメに食べられてしまうので屋内なのだ。
それが終わればお昼を食べる。食べ終われば、摘んできた野草を使っての薬作りだ。
病気をした時の薬、ケガをした時の薬、変なものを食べた時の薬など、目的に合わせた薬を調合していく。これらも灯台守で代々受け継がれている知識だ。
これも祖父から教えられたこと。ベニーはそれを忠実に守り、薬を調合していく。
すべての薬の調合を終えたベニーは、ちらりと外を見る。外は夕暮れの赤色に染まり始めていた。
もうそろそろ日が暮れてしまうと、慌てたように朝干した洗濯物を頑張って取り込んでいく。
すべてを終えて落ち着くと、再び導の灯を確認する。
ちゃんとした明るさであれば問題ないが、弱まっていると魔法で明るさを充填する。
夕方の方が念入りなのは、魔物は夜の方が活発になるからだ。確認を怠れば、灯の効果が弱まって港町に魔物が襲い掛かる可能性がある。だからこそ、気が抜けない。
こうした念入りな確認をして、灯台守は海の安全を守っているのである。
灯の確認が終われば夕食。
お風呂を沸かしてすっきりすれば、ベニーの一日は終わりである。
少女一人で寂しくはないかと思われるが、ベニーは元気に過ごしている。この灯台守という仕事に誇りを持っているのだ。
「おやすみなさい、おじいちゃん」
今日の仕事を終えたベニーは、ベッドの中ですやすやと寝息を立てている。今日も元気に動いて疲れたのだろう。
けなげな少女が眠る灯台からは、今日も辺りを守る優しい光が放たれているのである。
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